ギルドマスターの依頼(3)
「ところで、お名前は」と、ペリープシの正面に座っている女ドワーフが口を挟んだ。
冷ややかなトゲのある言い草だったが、声の主は幼い子供のようにみえた。
他のドワーフと違って背筋をピンと伸ばし、立ち振る舞いに気品がある。小麦色の頬に真っ赤な瞳がルビーのように輝いていた。
それに似た赤ワイン色の髪を一つにまとめて、腰まで長く伸ばしている。髪は根元から青い紐で複雑に結ばれ、文様のような美しい装飾が毛先まで施されていた。
俺はギルド受付のサインが署名された受諾票を見せる。手前のドワーフがそれを受け取ると、バケツリレーのように長老のもとへ届いた。
「ギーク・アントリッジさんですか……」
保安官の身分を隠すため、偽名で受諾票を作っておいた。このクエストでギルド保安官の身分がバレると、王国の陰湿な文官どもが嗅ぎつけて、衛兵隊長の弱みを握られるかもしれない。
返す波のように、受諾票が俺の手元に帰ってくる。
「私は……」と女ドワーフが立ち上がろうとしたので、俺は手で遮った。
ここに来て、聞きたいことは一つだけだった。
可能であれば誰とも会わずにさっさとクエストを終わらせたいところだ。
「……ダンジョン内部の地図はあるか?」
そう問うと、女ドワーフはあからさまに憤慨した様子でこちらを睨む。
どうやら喋っている途中で割り込まれたのが癪だったようだ。
ペリープシはご立腹の女ドワーフを相手にせず、後ろの棚から大きな巻物を何軸か取り出した。
「大坑道の地図はここにあるだけじゃ……大切なものなので持っていかれるのは困るが、見る分にはいくらでも見てもらって構わん」
いくつかの地図をバケツリレーで受け取った。
広げると細かな線が所狭しと描かれている。かなり精密な地図だ。さすがドワーフ、手先の器用さと几帳面さで、人間は太刀打ちできないのが分かる。
俺はすべての地図を見ると、一番手前のドワーフに返した。
「……助かる」
俺は長老の家を後にした。
地図の規模と深さからして、大規模なダンジョン化が発生していることは間違いない。ドワーフが掘った穴なので崩れる心配はないが、どこから入るかをよく考えなければならない。モンスターと鉢合わせるのは得策ではないだろう。
「ちょっと! ギークさん!」
呼ばれてしばらく歩いてから、ギークが俺の偽名であったことを思い出して止まった。
息を切らして走ってきたのは、女ドワーフだった。
「私はハネンって言います……!」
わざわざ走ってきて、遅れた自己紹介をすると、訝しげに俺を見上げる。
「本当に大丈夫なんですか? 今までたくさんのギルドの方が亡くなりました。祖父はそれが契約だから、と言って割り切っていますけど……。あなたが今までで一番頼りなく思えます。
……だって、前に来たギルドの方々は、祖父にたくさんの質問をされていましたよ?」
帰らぬ人々を見送ってきたハネンというドワーフは、互いの了承があったとはいえ、自分たちのせいで亡くなったと負い目を感じているのだ。見上げる凛々しい瞳に良心が滲み出ているようだった。
きっと俺が本当に強いことを証明してほしいのだろう。そういう、他人に対する愛は、尊いものだと思う。
俺は屈んでハネンと目の高さをあわせた。
「まだ見たことがないものを、恐怖で怯えた人から聞けば、恐怖の刷り込みにしかならないんだよ、お嬢ちゃん。大丈夫だ。俺は強いから」
ハネンは俺の言葉が意外だったのか、棒立ちしてぼーっと俺の顔を見つめる。そんなハネンを置いて、ダンジョンの入口に向かった。
――しかしながらギルドの奴らはみんなきっちり事前準備をしているのか……。もうちょっとペリープシから聞いとけばよかったな。
後悔し始めたのは、村を出た後だった。
***
村から最も近い第一坑道の入口は、ちょうど人の高さほどに半円形で掘られていた。崖下にはその真っ黒な穴があるだけで、あたりは灰色の採掘場になっていた。
緑の森林はドワーフの力で根こそぎ剝ぎ取られたようだ。殺風景で只々平坦な岩肌が広がっている。
俺は焚火をしながら左目を取り出した。
映し出される大坑道の地図を改めてじっくりと見る。西に少し歩いた先には、奥でつながる第二坑道の入口があるようだ。
第一坑道と第二坑道が接して、そこから北に向かう道で採掘は止まっていた。
おそらく未完成の地図の先でダンジョン化が発生していたのだろう。
鉱山や森がダンジョンになってしまう原因は魔石の出現だ。
永い年月をかけて蓄えられた魔力が、鉱石や樹木に流れ結晶化して魔石になる。魔石は魔物を呼び寄せたり、魔物を生み出したりする。
しかし魔石の特徴は悪い面だけではない。腕のよい職人と材料さえあれば、希少なマジックアイテムの動力源になったりする。
地図を見る限り、かなり大規模に掘り進めているようで、魔物がいる大空洞を掘り当ててしまったように推測できた。
報酬の金貨百枚以上も妥当な金額だ。モンスターの量、そしてドワーフが掘り起こした金銀と魔石を考えれば、少し安いぐらいだろう。
地図を見終えると、明日のために少しばかり横になった。




