三人目
昼休みになり、皆が購買やらに行き教室内の人数が減った中、俺は隅っこで細々と弁当を取り出す。静寂の安らぎの時、窓から吹く風を感じながら心を落ち着かせる。
だったら、いいんだけどな……。
「だから私は言ってやったのよ。そんなに言うならかかってきなさいって。そしたら普通に襲ってきたらボコボコにして返り討ちにしてやったのよね」
「なるほど、私だったらとりあえず軽いやけどをさせる爆弾でも投げ込んでやるんだけどな」
「お前らはいったい何の話をしているんだ」
俺は一人で、食事をしていたはずなのだがいつの間にか近くの椅子と席をくっつけ一緒に食べていたのだ。いつもの事なので俺は抵抗するのを諦めている。最初はいろんな場所に逃げたりトイレに隠れたりもしたのだが、こいつらは何故か必要に追いかけてとらえようとしてくるわ、男子トイレにも普通に入ってくるわでもう諦めた。
お嬢様のくせにどういう身体能力をしているんだとか、そこまで執念深く追いかける必要はあるのかと、色々ツッコミどころがあるが変人のことは理解できない。
「なんで毎日ここに来るんだ。俺は静かに一人で食べたり、まともな奴と食べたいんだよ! 友達だと思われるだろ」
既に仲間扱いされているので、効果は無い気もするが小さな事からコツコツと意識を変えてさせていくのは重要だ。
「そっちこそ考えなさいよ、私が他人に話しかけようとしたら最初に出るのはたいてい悲鳴か罵倒、はたまた皮肉よ? そういう失礼な奴しかいないのよ、だからここに仕方なく来ているのよ」
「なにそれ、ちょっと気になるからやってみてくれないか?」
加山一人程度なら逃げれるかもしれないしな……。そんな期待を胸に見守ることにした。
ちなみにクラスに残っているのは女子のカースト上位のグループとボッチの男子だけであり、他の人らは加山と寒風澤を恐れて皆クラスを出て行ってしまっているのだ。つまり話しかけるならその男子か女子グループのどっちかになるが……。流石に、男子の方に話しかけるよな。陽キャ集団からは完全に嫌われてる事くらいは知っているはずだ。
そんな俺の期待を打ち砕くように――
「ちょっといいかしら」
寒風澤は女子グループに向かって言い放った。
コイツナニヤッテンノ? 別に反応を見るだけならそこら辺の男子でいいじゃないか。もう既に何かしらの問題が起こるとしか考えられない……。少しは問題を起こさない努力をして貰いたいものだ。
「何、ああ寒風澤さんじゃない。親のコネで学校に入学して、親の金でみんなからちやほやされている」
そう罵倒したのは、去年同じクラスだった時に、カーストトップでクラスのマドンナ的存在だった弐北だ。その頃は、加山しか居なかったので、鬱陶しいと感じつつも主導権を握られるような事はなかったが、このクラスになってからは寒風澤という金の力で嫌でも目立ち自分勝手な存在が居たため、弐北が主導権を取れるはずもなく、クラスの中心人物にはなれなかったみたいだ。
可愛さも加山達には叶わず、マドンナという確立されたポジションも性格の悪さもこのクラスになってから露見し、好き好んで話しかけに行くようなやつは居なくなった。
「ね? 皮肉でしょ」
こっちを見て言わないでもらいたい。弐北からしたら、寒風澤は自分の世界をぶち壊した相手だ。そりゃ罵倒の一つも言いたくなるだろ。
「なんなのよあんた、あたしらに何か用でもあるの?」
「いえ、普通に軽蔑してるだけよ」
「はあ⁉」
そう叫びながら立ち上がる。身長は弐北の方が高く寒風澤からすると見下されている形だ。それが気に障ったのか、
「そんなゲスな目で私のことを見ないでくれるかしら。不愉快よ」
「言わせておけば! あんたなんて、ちょっと親が金持ちなだけでしょ」
「ちょっとじゃないわ、たくさんよ。そんなことも分からないから、不愉快なのよあなた」
こいつ、一体何を言っているんだ。一言目に罵倒は当たり前ってか。
「ま、まあそんなに言わなくても」
この状況を見兼ね、喧嘩を止めようと間に入ったのは加山と寒風澤と同じ推薦で入った三人のパンドラメンバーの最後の一人、宮端だ。
「あんたは黙ってなさい! ジュースでも買って来て」
「……う、うん。分かったよ」
そう言って、肩の力を落としてトボトボと歩いていく。加山と寒風澤とは違い、お世辞にも個性的とは言えない普通の生徒。
「なあ、加山。ちょっとあいつの様子を見て来るわ」
「了解した。口説きに行くのかい?」
「何故そうなる。ちょっと気になっただけだ」
「性的に?」
「もうお前黙ってろ!」
そして俺は逃げるようにドアの方へと向かい、その少女の後を追うように廊下へ出た。
☆☆☆
校舎の外にある自販機近くまで行くとちょうどそこで頼まれたジュースを買っていた少女が目についた。
「おい、宮端」
その言葉に反応した宮端は、ジュースを取るためにしゃがみながら、こちらを見て来る。
「あ、下川君。どうしたの突然。こんなとこに来てよかったの?」
「ん? ああ、あの馬鹿共とずっと一緒に居たら疲れるからな。お前を理由にして逃げてきた」
「そうなんだ……」
そう言いながら、笑顔を向けて来る。
こいつの名前は宮端千和。少し背が低く、それとは反比例して胸もある程度あり殆どの男子から慕われている存在でもある。しかも他の変人とは違い、この学校で唯一まともなパンドラメンバーだ。そのせいで、パンドラメンバーから外されたりむしろ俺こそが真のメンバーだとか言うやつも居たりする。
ついでに言うと俺の幼なじみだ。中学の時に転校し、高校で再開するというなんともラブコメじみた展開になったのだ。とはいえ、さほど家も近いわけでもないので一緒に帰ったりすることは無い。
「まさか、同じクラスになるとはね。1年生の時は中々会えなかったし」
「あんまり話す機会もなかったしな」
よく噂だけは耳に入ってきてたりはした。他の奴らに比べてものすごくまともで、優しいと。告白しても断られたとか、常にかわいいかわいいと……。今のクラスでもかなりの人気があるのだが、その分一部の女子生徒に嫌がらせをされているという話も聞いた事がある。
「なあ、人に嫉妬したか分からないが。直接言わずに嫌がらせしてく奴って嫌だよな」
「突然どうしたの?」
「いやさ、朝エ……」
待てよ、宮端相手にエロ本の話をするのはどうなんだ。あのバカ共のせいで女子の感覚がバグっているがこういう時にエロとかそういう話題を出すのは倫理観がおかしいと言われてしまう。
「どうしたの?」
「ああ、えっとな。朝からさ、なんか変なのが靴箱の中に入っててさ自分の物じゃないんだけど」
「プレゼントとかじゃないの?」
エロ本をプレゼントするような奴がいるなら一目でいいから見てみたい。それを知らないからこういう反応になっても、仕方が無いとも思うんだけど。
「お前も結構いやがらせされてるよな? そういう時どうしてるんだ」
「……そんなこと言われても、嫌がらせなんてされてないけど?」
宮端は下駄箱の中に物を入れられる系の嫌がらせを受けたことはないのか……。いや、嫌がらせが俺よりも多すぎてその程度を嫌がらせと認識してないのか。
「お前も色々と苦労してるんだな」
「どう思考を巡らせたらそうなるの?」
言わなくても分かる。痛いほど俺にはな…‥。
「そういえば加山さんと寒風澤さんと仲良いよね?」
「お前はあれが仲良いように見えるんだな……。嫌がってないような」
「嫌がってはいるし、断ってもいるんだがな……」
あいつらが居ないと全くと言ってもいいほど友人と言えそうな存在が居なくなるし、とはいえあいつらと居続けても友達は出来ない。距離を置いて一定期間置くという手もあるが、パンドラプラスと呼ばれている以上その噂が消えるようなこともないのでそれも難しい。
この噂を挽回するようなことをするくらいしかないが、そもそも近づいただけでも悲鳴をあげられてしまうから意味ないな。
「もしかして嫌いなの?」
「嫌いだ」
「それならなんでいつも一緒に居るの」
「だから俺だって一緒に居たくないんだって!」
こいつがそういうってことは他の一般人から見てもそう思われているってことだ。そりゃあ、俺に近づこうとはしないわけだな。
「でもなんでみんなそこまで嫌ってるのかな? 加山さんも寒風澤さんもいい人だと思うんだけど」
「お前って、あの二人と関わりがあったのか?」
「うん、結構色々と話してるからね。私も特別推薦で入ったからそれ関連で呼び出されたりする話し相手になってくれたりするんだ」
あの二人と宮端が楽しそうに話していると事は想像できないな……。
「それじゃあそろそ戻らなきゃ! 弐北さんに怒られちゃうよ」
「弐北ってあのー、お前がいつも仲良くしてるグループのリーダみたいなやつか?」
「そうだよ、それじゃあね」
そう言って立ち去ろうとする宮端に、俺は念のために釘をさす。
「もし何かあったら相談しろよマジで」
「ん? どういう意味か分からないけど、了解した。じゃあね」
足早に去って行ってしまった……。まさか、あいつは自分がいじめられていることに気づいて居ないのか。
うちのクラスに居る問題児二人と同じ特別推薦で入りメンバー入りしている宮端。問題児らとは違い、人当たりもよく誰とでも仲良くなろうとし男子からも人気。そして、何より怒らない。表立って怒りの感情を出したりしようとしない。そのため、問題ばかり起こして目立つ二人を嫌う奴らから目の敵のようにいじめられている。特にそれが顕著なのは、宮端がいつも仲良くしているグループのリーダー的存在で、クソ陽キャの象徴弐北だ。
今もパシリのように使い、宮端の事を心底嫌っているようで常に突っかかっている。
「このまま何ともないといいんだがな」
下手に加山達に被害が起こったら本気で学級崩壊を起こしかねないぞ……、いやもっと最悪なら学校自体無くなるかも…………。
金の力と技術の力、いや流石にこれは考え過ぎだな。あいつらにも最低限度レベルの倫理くらいはあるだろきっと。
そう考えていると、ちょうどそこにうちのクラスの担任がやってきた。
「おい、下川。こんなところに居たのか」
「どうしたんですか?」
「どうしたんですかって、昼に呼ぶって言っただろ? ほら、早く来いあいつらは既に呼んであるんだ」
「分かりました、分かりましたから耳を引っ張らないでください! それ、普通に体罰ですからね」
「いいか、体罰というのはバレなきゃ体罰じゃないんだよ」
そんな、バレなきゃ犯罪じゃないみたいに言われても……。それに、廊下で堂々とやって他の先生にバレてないと思うのか。
「そんなんだから、独身なんですよ」
「ほう、殺されたいようだな」
「心の底からごめんなさい」
アラサーの先生相手に独身をいじるのはまずかったらしい。
「先生というのは、色々と多忙なんだ。生徒指導に始まり土日の部活や会議。とてもとても恋愛出来るような状況じゃない。わかるだろ?」
「そうですね」
即答してやると、不満そうにすぐさま問いかけてきた。
「なんだ、何か言いたげだな」
「別になんとも思ってませんよ。ただ、それでも彼氏とかはいないのかなと」
「よし、言ってはいけないことを言ってしまったな」
「やめて、頭を砕こうとしないでください! うおぉぉぉ、頭が割れる!」
アイアンクローをガッチリと決められてしまう。この人の握力どうなってんだ、りんごくらいなら簡単に握りつぶしそうだぞ……。
「ほら行くぞ」
「待って、流石にこの状態で行こうとしないでください!」
アイアンクロー状態で体を持ちあげられ、その状態を維持されつつ俺は本日二度目の生徒指導室へ行くことになったのだった。