三章:勧誘
一
沈清と姜月が邸に戻ってくると、これまでにない慌ただしさに邸中が、包まれていた。
「沈清様。お召し物をお着替えください」
沈清は自分の耳を疑った。
ーーー今、何て?
沈清が呆然と立ち尽くしていると、下女(女奴隷)がもう一度言った。
「沈清様。お召し物をご用意しております。お着替えください」
「あ、うん···」
沈清は慌てて頷き、下女に連れられるがままに邸に入った。残された姜月はしばらく呆然としていたが、ふと気を取り直すと沈清のあとを追うように邸に入った。
生まれてからたったの一度だって着たことのない絹の衣。白い襦袢と内衣に、紺色に銀糸で細やかな刺繍の入った上衣。沈清の黒檀の髪は結われ、銀のかんざしで留められた。
「あ、あのさ···。本当にこんなにいいもん着て良いのか?」
「はい。旦那様のご命令です」
よくよく見てみれば、この着物は姜氏の三男である姜陽の物で、着付けをしてくれる下女たちは姜永曹付きの者だった。
ーーー俺たちがいない間に一体何があったんだ?
戸惑いと疑問ばかりが増えていった。
二
着替えが終わるとすぐに姜永曹の執務室に通された。執務室には姜永曹ともう一人、またもや別の見慣れない男がいた。
「見違えたな」
沈清を見て姜永曹は笑った。
「お陰さまで」
沈清はペコリと頭を下げた。
「こちらは、天帝侍郞の敏恩様だ」
姜永曹は彼のとなりにいた男を紹介した。
「天帝侍郞···?」
「ああ。礼部尚書に礼部侍郞がいるのと同じ原理だ」
沈清は頷いた。
「お前には、私のあとを継ぎ、次の天帝の天帝侍郞となってもらう」
敏恩の言葉に沈清と姜永曹は目を見開いた。
「そなたに決定権はない。とにかく、天后の選んだ天帝侍郞に勝てばよい」
敏恩は淡々と述べた。
「沈清。早く決めろ。ここに残って一生下男として、国の最下層を這いつくばるか、天界へのぼり、長い余生を送り、この世で二番目に貴くなるか」