26 大ピンチかもしれない
「嘘だろ? は?」
そんな間抜けな声が、すぐ近くで聞こえた。
剣が自分の体を貫く瞬間なんか見たくなくて、目をぎゅっとつぶっていた私には今の状況が全然わからない。
ただ一つ言えることは、体は全然痛くないっていうことだけだ。
――剣が刺さったはずなのに??
おそるおそる、瞼を開く。
目の前にはあの男勇者が立っている。ここまで間近で見たのはこれが初めてだけど――なんだろう。整った顔ではあると思うんだけど、この世界の顔面偏差値が高すぎるせいか、中の中か……もしくは中の下ぐらいの顔だ。
その平凡フェイスの男勇者が信じられない表情を浮かべて見つめているのは、私の胸元――あ、別にエッチな意味ではない。
さっき、聖剣で貫こうとしたあたりだ。
「……んん?」
同じように私もそこを見て、思わず唸っていた。
だって……それ、もしかして。
「聖剣、折れた?」
「ああああああああああああ!!」
私が告げた真実に、固まっていた男勇者が急に雄叫びを上げた。
さっき、切りかかってきたときよりも数倍大きな声だ。うるさいんだけど。
でも、確かにこれはびっくりするかも。だって、聖剣がぽっきり根元から折れている。勇者が持っているのは、豪奢な装飾の持ち手部分だけになった聖剣の残骸だった。
剣の部分は地面に落ちている。
「……偽物だったの? それ」
「ひッ」
壊れた聖剣を見ようと近づいたら、男勇者に怯えた声をあげられてしまった。
それ、ちょっと失礼じゃないかな。
人のこと魔族って言ったり、そんなビビった声出したり……って、もしかして――君、漏らしてる?
ツン、と鼻に感じたアンモニア臭に顔を顰めながら、下に視線を向けると、男勇者も自分の状態に気が付いたのか、目玉が落っこちそうなぐらい目を見開いている。
慌てて外套で濡れている場所を隠したかと思えば、地面に落ちた聖剣の残骸を拾って、その場から逃げ出した。
「な、なんだったの……?」
いろいろ、急展開すぎて訳がわからない。
広場で馬鹿にされた報復に勇者が私に攻撃を仕掛けてきて……自滅した感じ?
いやでも、なんで聖剣折れちゃったんだろう。やっぱり偽物だったのかな。
「あ、これ」
男勇者が拾い忘れたのか、少し離れたところに聖剣の先っぽだけが落ちていた。
近づいて、拾ってみる。
「鑑定……っと、ん?」
その切っ先に鑑定魔法をかけてみる。
一応、便利そうだから師匠に習っておいたんだよね――って、これ。
「本物の聖剣じゃん。なんで折れたの?」
鑑定結果には、紛れもなくこれが聖剣だと表示されている。
なんか、ものすごい強い敵と戦った後で亀裂が入っていたんだろうか。でも……結界を無視するなんて知らなかったから、びっくりした。
やっぱり、油断は大敵だ。
こんな戦い方をしたって師匠に知られたら、絶対に怒られてしまう。
「……そういえば、一応勇者と戦って勝ったことになるのかな……これ。経験値とかどうなるんだろう」
人間相手でもレベルは上がったりするのかな?
なんとなく気になって、ステータス画面を表示してみる。
「……ええ?! 何これ!!」
表示された私のステータスは、目を疑うようなことになっていた。
◆
家がなくなってしまった私は、王都に向かうわけにもいかず、途方に暮れていた。
近くに村がないわけじゃないけど、もしまた勇者が攻撃を仕掛けてきた場合、他の人の迷惑になってしまう。
「今日は、野宿かなぁ」
結界魔法をうまく使えば、家よりも快適な空間は作れるだろう。
魔術造形で必要なものだって作れるだろうし。
でも、やっぱり工房がなくなってしまったのはショックでしかない。
きらきらと星が輝く夜空を見上げながら、はあっと大きく溜め息をつく。師匠がせっかくくれたのに――きっと師匠は笑って許してくれるだろうけど、実際のところ、これが一番堪える。
「……それに、これ」
もう一度、ステータス画面を表示させる。
それはさっき、私が見た状態と何も変わっていなかった。
「……VIT38(+999999)って、一体なんなの」
――限界値なんじゃないかな、これ。
王都であの二人と指輪の検証をしているときにも、何度かステータスは確認したけど、こんなことになっていなかったはずだ。
ってことはその後に、何かおかしなことになったってことだ。
聖剣が折れた理由も間違いなくこれだろう。
こんなバカげた防御力の相手、剣で貫けなくて当たり前だ。
「魔術造形の指輪の影響じゃなかったし」
真っ先に可能性を考えて、戦闘前につけた指輪を外してみたけど、VITには何も変化はなかった。私が適当につけた指輪はINTとDEXを上げるものだったらしい。
もう、その二つのステータスは結構高いから補正する必要なかったんだけどね。
じゃあ、これはどうしてこうなっているのか……という話になってくる。
「何か、おかしなこと……おかし……あ!! お菓子!」
あの子がくれた飴玉のせい?
白金貨をじゃらっと大量に代金として支払おうとしていた彼が代わりにくれた飴玉だ。ただの飴玉じゃないって、早く気づくべきだった。
絶対にあれだ。あの飴玉、こんな効果があったなんて。
「そんなもの食べて、私お腹壊したりしない……?」
急に不安になってくる。
だって、工房がなくなってことは、トイレも一緒になくなっちゃったんだもん!!




