06 初めてのお客様
「これ、あのドラゴンの魔力で間違いないってことかな」
この無色透明の魔力パテ、あのときと一緒だ。
やっぱり、この鱗の持ち主はあのドラゴンなんじゃないかなって思う。
あのときは核の魔石の修復用だったから触れられなかった無色の魔力パテを、つんつんと指先でつついてみる。
「触った感じは、他の魔力パテと変わらない……? いや、ちょっと弾力が強いかも」
でも、違いは微々たるレベルだ。
押した後にちょっと戻りがあるような気がするけど、ほとんど誤差の範囲。
「なんか作ってみよ」
くにくにと捏ねてみる。
指輪用の芯棒が目の前にあったので、そこに巻きつけて、さっきと同じように指輪を作ってみることにした。
「あー、やっぱりちょっと戻りが強い」
形を作るとき、魔力パテに少し抵抗されているような感覚がある。
力を入れれば思った形にすることはできるんだけど、この形になることを望んでいないような――そんな不思議な意思を魔力パテから感じるような気がする。
「面白すぎるでしょ、これ」
こんなの、初めての経験だ。
魔力パテがなりたがっている形を探しながら、造形するなんて――でも、わくわくが止まらない。何ができあがるのか、作っている私にもわからないなんて、こんなの楽しみ以外ない。
「お前は何になりたいの? 指輪で大丈夫?」
思わず、声に出して聞いていた。
相棒の杖と同じだ。意思があるような気がする。
強い魔力を持つものは、こうして強い意志があるのかもしれない。
「これはこっち? ああ……じゃあ、こういうデザインかな」
指先で対話しながら作りあげていく。
そこからはもう夢中だった。
私は夜が明けているのにも気づかず、ひたすら造形に打ち込んでいた。
◆◇◆
「できた…………」
すっかり朝になっていた。
なんなら、日が出てからもう結構経っている。
異世界に来てから徹夜をしたのは、これが初めてだった。
師匠はスパルタだったけど、食事と睡眠と――あとおしゃれには、結構うるさい人だったから徹夜をしてまで何かを取り組んだことはなかった。
「……やっばい。頭くらくらする」
集中が切れると、一気に疲れが全身を襲う。
椅子から立ち上がろうとしたはずなのに、思いっきりふらついてしまう。作業机に手をつくこともできなかった。
――転ぶ……ッ!
完成した指輪が机の上にあることは確認した。そっちは大丈夫。
応急手当魔法で治るレベルの怪我ならいいんだけど――そんなことを考える余裕だけはあったけど、転倒を免れることは難しそうだった。
「――……あれ?」
衝撃と痛みを覚悟していたのに、それはなかなか襲ってこない。
もしかして、転ぶ途中で気を失ってしまったのだろうか……いや、そんなことないはずだけど。
「大丈夫か?」
「……は……ぇ?」
声変わり前の少年の声が、すぐ近くから聞こえた。
ぎゅっと閉じていた目を開くと、大きな金色の目がこちらを覗き込んでいる。全身黒ずくめの少年が私の身体を支えてくれていた。
「……え、あ……はい。大丈夫です」
思わず敬語になってしまった。
だって、さっきまでここ……誰もいなかったよね?
造形に集中しすぎて、この少年が訪ねてきたことに全く気がついてなかったのかな。私ならありえないことじゃない。集中したら本当に周りの音が何も聞こえなくなるから。
だとしたら、悪いことをしちゃったかも。
せっかくうちの工房に初めて来てくれたお客さんなのに。
「えっと、君……お客さん、かな?」
「無理をして話すな。魔力切れを起こしているんだから」
「魔力……ああ、これ。魔力切れなんだ」
ステータスを開いてみる。
少年が言うとおり、私の残りMPは一桁になっていた。
あれからもレベルは上がっていて、私のMPの最大値は五桁を越えていたのに……まさかの一桁。あのドラゴンの魔力が混ざった魔力パテ、造形中にも魔力を吸われていたのか。
「失礼する」
「え……わわッ」
こつん、と少年の額が私の額に触れた。
前にも師匠に同じことをされたことがある。これ、魔力譲渡だ。
触れた場所から魔力がじわりと熱になって流れ込んでくる。身体全体がぽかぽかして、なんだかお風呂に浸かっているみたい。
――そういえば、こっちの世界に来てから湯船に浸かってないな。
思い出したら恋しくなってしまう。
今度、魔術造形で湯船作ってみようかな。魔力がちゃんと回復してからだけど。
ふわふわ、ぽかぽか。
徹夜明けなのも祟ってか、一気に眠気が襲ってくる。
――いや、少年に支えられたまま寝るって…………。
一応、抵抗してみたものの、強烈な睡魔にあらがうことはできなかった。




