君との婚約は現時点を持って終わりとする!
偶にはこんな婚約破棄があっても良いんじゃないかなって思って描いてみました。
それはベンジャミン王国の貴族学園、卒業パーティーでの事。
私達在校生は卒業する先輩方を持て成そうと各種趣向を凝らしたお陰で、大いに盛り上がっていた最中。
卒業生の一人であり、この国の第1王子であり、そして私リーゼロッテの婚約者でもあるルーベルト殿下が懇意にしている友人を連れて中央のステージへと上がった。
何かの余興かと期待する人たちとは裏腹に、イレギュラーが発生したと内心焦る私達。
そんな私達の想いを全て無視して殿下は声を張り上げた。
「リズ。リーゼロッテ・ベルクリン公爵令嬢。俺の前に来なさい」
「は、はい」
って、私!?
いったい何事でしょうか。
殿下の表情はムッとしていてどこか怒っているように見えます。
もしかして昨夜このパーティーの準備が忙しくて会いに行けなかったことを怒ってるのでしょうか。
それとも先月プレゼントしたハンカチの刺繍が気に入らなかったのでしょうか。
それとも……。とあれこれ考えてみたのですが、それくらいいつもの殿下なら笑って許してくれそうなのですが。
「その顔は呼ばれた理由が分かっていないようだな」
「はい。申し訳ございません」
「ふんっ。良いか良く聞け。
俺は今日この時を以て君との婚約は終わりとする!」
「は?……」
突然の宣言に頭の中が真っ白になりました。
え、え?どういう、ことですか?
え、つまり、婚約破棄?あの時々戯曲で繰り広げられるあれですか?
会場も突然の事態にしんと静まり返ってしまいました。
「殿下。なぜ突然そのような事をおっしゃるのですか?」
「突然ではない。もうずっと前から考えていた事だ」
ずっと前から!?
そんな素振りは今まで見たことがなかったのに。
誰かの入れ知恵でしょうか。そう言えば殿下の後ろに一人、あまり見かけない女生徒が居ますが。
殿下は事もあろうにその女生徒を隣に呼び寄せて話を続けた。
「理由など沢山あるが、まず1つめはこちらのアップルトン男爵令嬢から話は聞かせてもらった事だが、君は学園内で素行の悪い者たちを集め派閥を作り、様々な行事を裏で操っていたそうだな!
学園祭を始め、国際交流会、剣術大会など。お陰でどれも大成功だ」
「は、はぁ。成功したのであれば良いのではないですか?」
「馬鹿者。成功させるのは本来俺を始めとした学生代表の仕事だ」
言われてみれば確かに。
でもあれ、待ってください。
確か学園祭の時は他国のスパイが学園に紛れ込んでいるとかで殿下は日夜走り回っていましたし、国際交流会の時は隣国の姫君がお忍びで遊びに来たと連絡を受けて捜索に走り、剣術大会の時も暗殺者に毒を盛られて寝込んでいましたよね。
何故か殿下の周りには事件が多発するので、代わりに私が他の活発な学園生たちに声を掛けて行事を盛り上げていったのですが。
「お陰で今年の学生代表は役立たずなどと言われる羽目になったのだ」
「え、ですがそれまでの段取りや準備は全て殿下たちがやってくださって私はそれを活用しただけなのですが」
「そんなもの、一般の者たちに分かる訳がなかろう」
それはそうですが、そんなことを言われても困ります。
「他にもあるぞ。
去年の6月にあったゼーベル伯爵領とグリンデ侯爵領の間に蔓延っていた盗賊団の討伐。
あれだって本来は俺が第2騎士団を引き連れて討伐する予定だったのだ。
それを君はたった数名の供だけを連れて殲滅してしまったというではないか」
「え、でも確かあの時は別の場所で魔物が大量発生したという知らせを受けて、殿下は先にそちらの討伐に向かわれたのではなかったのですか?
だから私が代わって盗賊の討伐に向かったと記憶しているのですが」
「そして君は後から合流した第2騎士団を引き連れて周囲の村落の救済を行なっていった結果、現地では戦乙女の再来だとか呼ばれているそうだな。
そして俺は盗賊討伐にも遅れ、救援活動にも参加しない役立たず扱いだったのだぞ。
そもそもそんな危険なことをして君の体に傷の一つでも出来たらどうするんだ!」
「それを言ったら殿下なんて魔物討伐の際に部下を庇って大怪我をしてたそうじゃないですか」
「俺の事は良いんだよ」
「良くありません!」
外見だけを無事に装って私の心配ばかりをして、全てが終わった後に実はあの時は立っているのもやっとだったんだと騎士団の人に聞かされた私の身にもなってください!
村の人たちから持てはやされていい気になっていた私はただの馬鹿じゃないですか。
私なんて殿下が以前くださった防護結界の指輪のお陰でドラゴンが相手でもない限り早々怪我なんてしないんですから。
「ちっ。ならこれはどうだ。
8月に起きたイモジャン男爵領での旱魃。
あれだって君が天候魔法なんていう大魔法を使ったお陰で現地は助かった。君は今度は女神様扱いだ」
「……ちなみにその時、殿下はどこで何をされていたのですか?
私の記憶が間違ってなければ確か山を隔てた隣のバチック王国に行っていたはずですが」
「ああ。水の国なんて呼ばれてる国だが、雨期になると河川の氾濫やら大洪水で大変らしくてな。
支援要請を受けて第3騎士団の連中と一緒に泥にまみれて灌漑工事だ」
「あ、それで付いたあだ名が『泥の王子様』ですか」
「言うなみっともない。あの国のセンスの無さにはほとほと呆れ果てる」
あのそれ、あの国にとっては最上級の賛辞だと伺っているのですが。
身分に捕らわれず民の為に泥にまみれて一番苦しい事を率先する者への尊称ですよ。
「それに殿下。私が天候魔法を使ったのは確かですが、それが上手くいったのは山向こうから大量の雨雲が送られて来たお陰なのですが」
「そんなのは偶然にすぎん。大切なのは君が魔法を成功させてその地を蘇らせたという事実だ。
お陰で俺は婚約者が頑張っている時に泥遊びに興じていた悪ガキだとまで揶揄されたんだぞ」
「あ、そう言えば一瞬だけそんな噂が流れてましたね」
でもそれも第3騎士団の方々が動いてすぐに鎮静化されたらしいですが。
一般の方にはあまり知られてないですが、殿下って騎士団の方々にも絶大な敬意を寄せられているんですよ?
確かに、華やかな場面では私が表立って動いているので、私の方が市井で人気があるのは間違いないのですが。
「そして極めつけは」
「ってまだあるのですか?」
「むしろこれが一番重要な話だ。2月の内乱未遂事件!
俺が国を留守にしている間に馬鹿な一部の貴族たちが弟のランダンを擁立して王位の簒奪を計画していたのを、君が王都内の貴族たちに声を掛けたお陰で未然に防ぐことが出来たと聞いているぞ」
「それも殿下が色々と根回しして下さっていたから話がすんなり進んだんです。
それにもし内乱になっていても殿下が戻ってくればすぐに鎮圧出来たでしょう?」
「そうとも言い切れん。俺はあの時帝国との和平交渉の最中だったからな。
仮に内乱が成功して奴らが残してきた第2第3騎士団を俺の背後に差し向けて来ていたら、俺の行っていた交渉は決裂して最悪帝国の者に首を刎ねられていただろう」
「そもそも第2第3騎士団の方々が殿下を裏切る未来が私には見えないのですが」
その頃、第1騎士団は殿下と共に帝国との国境に赴いていて王都には陛下を守る近衛の他は第2第3騎士団が居るのみだった。
内乱を計画していた貴族の中にはそれらの騎士団に息子を送り込んでいる者も居たが、騎士団の彼らはその悉くが親を見限り情報を私や殿下に流してくれていた。
私がやった事なんて、その情報と殿下が出立前に独自に集めてくださっていた資料やコネを使って交渉を行っただけ。
だから誰の功績が一番大きいかと言えば間違いなく殿下なのですが。
殿下はそうは思っていないみたいですね。
「あれのせいで、君を手に入れたものが次期国王になれるという噂が立つほどだ」
「いえ流石にそれはただのデタラメでしょう」
「いや。そうでもないと俺は考えている」
殿下はふぅ~~~と長い息を吐いてから、改めて真剣な顔で私を見据えた。
「よって現時点を持って婚約などというまどろっこしいものは終わりだ。
今すぐ俺の妻となれ。今すぐだ。いいな!
返事は『はい』か『イエス』か『喜んで』しか受け付けん!」
ってそれ全部同じ意味ですから。
というか、え?婚約破棄ってそういう意味、なんですか?
私の返事なんてもうずっと前から決まってますが。
「……謹んでお受けいたします」
「ええい、『はい』か『イエス』か『喜んで』だと言っただろう。
そういう所がお茶目で可愛いというのだ!!」
そう言いながら私をぎゅっと抱き寄せる殿下。
というか、え?結局これはいったい何なのですか?
断罪されていたというよりも、ここ最近の功績を改めて讃えられただけのようにも感じるのですが。
「えっと、殿下?抱きしめてくださるのは嬉しいのですが、この茶番はいったい……」
「決まっているだろう。公開プロポーズというものだ。
ここ最近、君に近寄る馬鹿どもへの牽制も兼ねてな」
「それだけの為に、ですか」
確かにこのところ学園内でも私にアプローチしてくる人が何人か居ました。
殿下の後ろに立っている宰相の息子もその一人なんですけど、殿下の話を聞いて顔を青くしてますね。
いい気味です。
あの程度で私が殿下から鞍替えするなんて思われていたんですから、馬鹿な人です。
そっちの男爵令嬢は逆に殿下を狙っていたんでしょうか。身分違いも甚だしいですよ。
ですが殿下。公衆の面前で突然こんな恥ずかしい想いをさせられた仕返しをちょっとくらいしても良いでしょうか。
「殿下。私からもお伝えせねばならないことがございます」
「ああ、何でも言うがいい」
「では、今年の年越しは家族3人でゆっくりと過ごしましょう」
「年越しか。そうだな。例年ならパーティーに呼ばれたりして忙しいから偶には……って、3人?」
「はい。私のお腹に殿下の子供を授かっておりますれば。
雪の降り始める頃には生まれる予定です」
「ななな、なんだって~~~」
ふふっ。いつもながら良い驚きっぷりですね。
というか、さっき挙げてたのって、殿下が私の事を心配して飛んで帰ってきてくださって、その、ごにょごにょしてくださった時じゃないですか。
婚礼前だというのにあんなに何度も激しくされていては子供が出来るのも当然です!
婚約破棄して結婚?良かったですね、子供が出来たと聞かされる前で。
あぁこら。私のお腹をさすらないでください。
まだ皆見てるんですからっ。