モバイル忍者
胸がときめいていた。
今まで感じたことのない、熱く込み上げる何か。
これは恋か、嫉妬か、それとも、……それとも何なんだ?
ただ、言えることは1つだけあった。
それは、――「今さらだけど、ニセコイめっちゃ面白くって単行本全巻三周ほどしてしもうた」ということなんだ。
……。
◇
「こんがりブラックオムレツ焼けたよ~」
俺ことモバイル忍者は、すっかり聞きなれた声で目を覚ました。
こんがりブラックオムレツ。
そう。それは一見すると単なる焦げた卵の残骸。
だが実際は限りなく焦げかけているけど、ほんのり半熟卵の部分が残っているという奇跡的に下手ウマ下手ウマ下手い料理なのさ。
「お味噌汁イン・ザ・レイニーブルーもあるよ~」
「ガッデム芝浦工業団地。せめて、お味噌汁くらいは、ちゃんとした味覚を安心して楽しめる、なめこ汁に取っ替え引っ替えよろしくだぜェ」
俺は、ついついそんな感じでクールにクレーム入れちまうんだが、俺の嫁、――厳密にはいつか嫁・ザ・グランド・ファニー・グレイトたり得るはずの三日月ワカバさんは、ほんわかスマイルでアロンアルファ並みに瞬間的に俺を癒しちまってる。
「忍者、そろそろ慣れてきたかな?」
「おいおい。笑わせるんじゃあねェぜ。俺は生まれてこのかた、ずっと忍者さ。そりゃ、正式に忍者二種免許を取れたのは3ヶ月ほど前だけどさ?」
俺はワカバさんに負けじと、情熱笑顔を振り撒いてみせた。ただ、そこでうっかり俺はモバイル忍術・稲光ニシテ究極ナル情報嵐を炸裂させちまった。
「きゃああ~」
「す、すまねっちワカバさん!」
ワカバさんは検索エンジンに対する秘めた恐怖心をくすぐられ、完全に顔面蒼白だ。
まったく。俺としたことが、これじゃあモバイル忍者じゃあなくワンクリック詐欺忍者だぜ。
「トラウマ画像は嫌。トラウマ画像と、あとやたら危険そうな色合いの動物の写真はやむなしだけど時々、無性に不安なのおお」
「壮絶なるまでに強く共感。よし、かくなる上は、せ、せっぷ、せっ、ぷ……」
せっぷん。
いわゆるキッスだ。
俺は慌てふためくあまり、ついつい気持ち悪い顔面をモバイル忍術・天地ナル空前絶後イケメン画像合成でハンフリー・ボガードにし、「昨日のことは忘れちまったぜ」と某カサブランカの名セリフを決めることにした。
だけど結局、せっぷんはしないことにした。
だって、ワカバさんはモバイルじゃなく、据え置き電話が好きだからっ。