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第二話

野宮社長は、

 「おお、こちらこそよろしくな。鈴木くん」

 「た、田中です」

 「冗談だよ」

と言った。それから俺は、自転車をこいで帰宅した。


 次の日、俺は朝七時前に出勤した。職場はすでに従業員の多くがいた。彼らは自販機の前でタバコを吸ったりしながら世間話などをしていた。俺は即座に、

 「今日からお世話になります。どうぞよろしくお願いします!」

と言った。だがいかにも元不良っぽい感じの人が、

 「お前、名前は?」

といきなりのカウンターパンチを食らわせてきた。こ、こわい。そう思ったが何とかこらえて、

 「はい!田中ともうします!」

と言った。すると別の人が、

 「下は?」

と二度目のパンチを食らわせた。

 「は、はい。ヒロカズです!」

 「ふーん、あっそ。とりあえずチャリンコそこに置いて他の連中に挨拶して来いよ」

という命令通り、俺は素早く自転車から降りて事務所に入った。中にはさらに気合のありそうな職人さんたちがいて、俺を見るなり、

 「お前、新入りか?」

と聞いてきた。俺は即座に、

 「はい。今日からお世話になる田中ともうします!よろしくお願いします!」

と深々とお辞儀をした。すると誰もが「おう」とか「ああ」とかテキトーな相槌を打って俺を凝視した。な、何だこれは。みんなすごい目線が鋭い。こんな気合入った人間、学生時代にはいなかったな。あまりの恐怖心から二、三歩後ずさった。俺がおっかなびっくりしているところで、階段から「ドタドタドタ」という音がした。野宮社長だった。

 「おお、田中くん来たかあ!みんな、今日から入ることになった田中くんだ!ええっと、下の名前なんだったっけ?」

 「ひ、ヒロカズです」

 「そうヒロカズくん。みんなよろしく頼むよ。ほらほら、彼びびってんじゃん」

 「『オヤジ』、新人が入るなんて聞いてねえぞ」

 「ああ、悪い『カトーちゃん』。言うのすっかり忘れてたわ」

すると「わはははは」という声が事務所内を包んだ。そして野宮社長に「カトーちゃん」と呼ばれていた人がニッコリ笑って、

 「よろしくな、にいちゃん。俺は加藤だ。この会社の番頭を務めている」

 「ば、バントーですか?」

 「分かるか?」

 「いえ、すみません」

 「まあ簡単に言うと社長の次に偉いってことだよ」

 「そうですか。では加藤番頭、お願いします!」

 「いいよ、加藤で」

そう言って加藤さんは照れ臭そうに笑った。横では野宮社長がニコニコしている。とりあえず、第一関門突破かな?


 という訳で何とか朝の恐怖を乗り越えた俺だったが、現場ではさらなる恐怖が待ち受けていた。最初ということもありその日の仕事は楽な場所へ連れて行かれたが、右も左も分からん状態の俺はミスを犯しまくった。その都度親方や先輩の怒号が飛んだ。

 「くおらあ、何やっとんじゃわりゃ!」

 「ぼさっと突っ立ってないでそれ運べ!」

 「おいこら、ちげえだろが!」

俺は「はい!」「はい!」「はい!」と言いながら必死で食らいついた。恐ろしい、これが「現場の世界」「職人の世界」か、と思った。野宮社長に言われた通り、逃げ出したいわ。その日は親方の一人、「板橋さん」と一緒だったのだが、彼が何度赤鬼に見えたか分からない。正直(こりゃあ一週間くらいが限界かな)というのが本心だった。だが、昼休憩の時に板橋さんが、

 「どうだ?きついか?」

と言ってきたので素直に、

 「いやあ、思っていた以上でした。すみません、足引っ張りまくって」

と返したら、

 「気にすんなって。初めはみんなそんなモノだよ。ああ、そうだ。そこのラーメン屋に行こうぜ。何かおごってやるよ」

と言われた。涙が出るほど嬉しかった。


 入社して三ヶ月が経ち、俺は一通りの仕事を覚えていっぱしの職人になっていた。・・・はずもなく、相変わらず過酷な毎日を送っていた。現場では親方にいつも怒られていた。だが、少しづつだが楽しさも感じていた。職場の方々とも軽口を叩き合えるくらいに打ち解けられていた。何より毎月の給料が、自分が働いているという実感を与えてくれた。当社の給料日は月末。まだ日給は八千円だが、大体週五〜六出ているので月換算で約二十万という収入を得ていた。これは高校を出たばかりの若造には多すぎる額だ。欲しいモノを買ったり食いたいモノを食った。それでも数万は余る。そういう時は貯金した。毎日汗水垂らして働いてお金を稼ぐことに俺は満足感を抱いていた。


 野宮社長の下で働くようになり半年が過ぎた頃、仕事が終わり事務所に戻ると二階から声がした。

 「おおい、田中くん。ちょっと来てくれい」

野宮社長だ。俺は「何だろう?」と軽く緊張しながら階段を駆け上っていった。

 「失礼します!」

と滅多に行かない二階のドアを「コンコン」とノックして俺は入室した。部屋には数名の女性スタッフがパソコンと格闘していたが、俺が入ると「お疲れ様でーす」と言ってくれたので、俺も、

 「あ、暑い中お疲れ様です」

と返した。野宮社長はソファに座り手招きをした。顔が笑っているので悪い知らせではなさそうだ。それから彼は言った。

 「今日もご苦労様。これ、今月の給料。中、開けてみ」

そうだ。今日は月末だった。ちなみに我が社は今時珍しい「手渡し制」である。俺は社長から給料袋を受け取り、

 「ありがとうございます。では失礼します」

と言って中身を確認した。お金とともに明細書が入っていたので見てみると「ん?」と思った。あれ?多いぞ。日給・・・一万二千円?ふ、増えてる。

 「しゃ、社長。これはどういうことでしょうか?」

 「どういうことって、そういうことだよ。つまり昇給だ」

そう言って彼は「ワッハッハ」と大声で笑った。これは野宮社長お得意の技だった。本人は特に意識していないと思うが、彼がいつも笑ってばかりいるので職場も自然と明るいのだ。俺は密かに「社長、大笑いの術」と呼んでいる。それよりこの給料アップ、いいのか?

 「いいんですか、こんなにもらって!」

 「田中くん、入社当初言っただろ?俺は気前いいって。田中くんの頑張りは聞いてるよ。カトーちゃんや他の人間からな」

 「いや、しかし」

 「何だ?やめるか?また八千円に戻すか」

 「いえ!それは・・・。せっかくだからいただきます!」

 「そうだそうだ、それでいいんだ。グワッハッハ!」

来た、得意の大笑い。何はともあれ、俺は昇給した。しかも四千円もアップした。めっちゃ嬉しいぞ!まだ成人にもなっていないのに、仕事もまだまだなのに。俺は給料袋をしっかりカバンに入れて、自転車を思い切りこいで帰宅した。


 その夜、突然の昇給で舞い上がっていた俺は部屋でいろいろ考えた。

 「おいおい、やべえよ。日給一万二千ということは、仮にひと月の出勤が二十日でも、ええと、二十四万円かあ。俺まだ十九だぜ。この金を無駄に使う手はないぞ。どうしようか。とりあえず車でも買うか。まあ、中古で十分だろう」

そして日曜、俺はある中古車屋にいた。そこは職場で車好きの先輩から勧められたところだった。その人は細川さんと言い、まだ二十五歳と若いが仕事の出来る男だった。細川さんは古いアメ車が好きで、いつも自慢の愛車で出勤したり帰っていく。

 「やっぱ車とヒップホップが最高なんだよ」

ある日、彼が言っていた。仕事でクタクタになった帰りに自分の車でヒップホップを流しながら運転するのが「至福の時」だそうだ。歳も近いので、俺はよく仕事その他恋愛相談などをする。職場における尊敬する先輩の一人だ。その、車とヒップホップ好きの細川さんに相談した。

 「細川さん、俺も車を買おうと思うんすよね」


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