表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

読めばわかる。読まないと分からない。

  「ジャガジャーン!」


夜空に響き渡るギターの音。最高の瞬間だ。俺は「このために生きているんじゃないか」って毎晩毎晩思う。たとえ誰も立ち止まらなかろうと構わない。ただただ楽しい、それだけだ。仕事が終わって街に繰り出して作業着のままで熱唱するこの男を、道行く人々はどんな思いで見ているのかな?「よくやるねえ」くらいだろうか。別にいいんだけどね、どう思われようと。自分が楽しければ。誰かに迷惑かけている訳でもないし。あ、こんな街中で熱唱しているのだから「うるせえなあ」という風に思っている方も多いかな。まあ、とても爽快だからやめませんよ。だから俺は今夜もこうして「路上ライブ」をしている。


 偏差値五十前後のどこにでもある地元埼玉の県立高校を卒業して、大学にも専門学校にも進学しなかった俺は、自宅近くの建設会社で働き始めた。親からも「やることないなら仕事しろ」と言われたし、特に理由はないが金を稼ぎたかったので入社した。当初はオシャレなカフェでバイトしようかなと考えていた。「バイト先で素敵な出会いがあったら」くらいの軽い気持ちでいろいろな求人誌を見たが、たまたまその建設会社が募集をかけていた。しかも「日給八千円〜。昇給随時」と書いていた。それを見た俺は、

 「日給八千?昇給随時?いいねえ、稼げるじゃんか」

と思わずつぶやいた。素敵な出会いにも憧れたが、そもそもそんなものあるか分からない。それよりも金があったら女にもモテるし恋も出来る。そんな不純な動機からすぐさま希望職種を変更した俺は、早速その会社に電話をかけた。

 「あのう、入社希望の田中ですけど」

 「はいはい田中くんね。あ、俺は社長の野宮。じゃあとりあえず明日から来てよ」

え?明日から?研修とか?その前に面接は?頭に多くの疑問符を抱いた俺は質問した。

 「明日からですか?自分は大丈夫ですが。面接はしないのですか?」

 「ああ、面倒だからいいわ。ええっと、何くんだったっけ」

 「あ、はい、田中です」

 「そうそう田中くん。はい、採用」

あっさりと決まってしまった。高校を出てひと月、俺は社会人としてデビューすることになった、らしい。いいのか、こんな簡単で。変な会社だったらどうしよう。まあ、そん時はそん時だ。やめて別の仕事すればいいし、と思った俺はそこで働くことにした。


 翌朝、俺は自転車をこいで自宅から十五分ほどの職場に向かった。到着してすぐに、昨日電話で応対した野宮社長が出迎えた。

 「おう、来たか新人くん。ああ、そういえば言ってなかったけどウチは集合が七時だから。もうみんな現場に行っちまったよ」

 「あ、そうなんですか。失礼いたしました」

時刻は八時前だった。それから彼は、

 「とりあえず今日はウチの簡単な説明と、業務内容なんかを教えるよ。時間あるよな」

 「ええ、もちろんです」

時間って、こっちは仕事する気で来たんだから、終日大丈夫だって。そんなことを考えながら俺は野宮社長の話を聞いた。

 「まず、ここが事務所ね。小さいけどな。で、従業員は、えっと何人だったっけ。まあだいたい二十人くらいかな。朝はみんなここに集まって資材とかをダンプに積んでから出発するんだ。もう誰もいないし、車も出てるから静かだけど出勤時間はうるせえぞ。何しろみんな賑やかだからなあ」

 「はい、はい」

俺はメモを取りながら聞いていた。すると野宮社長が、

 「メモなんかする必要ないぞ。どうせ一週間も通えば覚えるだろう」

と言った。いや、一応真面目に聞いている風を見せていたんだけど。まあ、いいならいいか。そう思った俺はメモ帳をポケットにしまった。

 「でな、ええと、鈴木くんだったか」

 「あ、いえ、田中です」

 「おお、そうだった。悪い悪い。俺名前覚えんの苦手なんだわ。もう覚えた。田中くんね。下は?」

 「ヒロカズです」

 「ヒロカズか。こりゃ当分無理だな。もっと分かりやすいのにしてくれよ、田中だからタンボくんとかさあ」

 「そりゃ無理っすよ!」

俺らは声をあげて笑った。気さくな人だなあ。俺は心の緊張がほぐれていくのを感じた。それから野宮社長は事務所前にある自販機にお金を入れて、

 「ほれ、なんか好きなモノ飲めよ」

と言ってくれた。俺は、

 「いいんですか?ありがとうございます」

と言い、ミルクティーのボタンを押した。野宮社長はブラックコーヒーを買った。おお、渋いな。自分はブラックの味はまだ分からん。

 「よし、じゃあ仕事の説明な。とりあえず部屋入ろうか」

そう言って俺らは一応事務所風の部屋に入った。中は十畳ほどで、いくつかのデスクがあった。その一番奥に異様に立派な机と椅子がある。おそらく社長席だろう。案の定、

 「ここが俺の席だ。他の席は現場をまとめる親方たちの」

らしい。なるほど。社長室とかはないのかな。

 「社長室?そんな立派なもんウチにはないよ。ああ、一応二階があってな。そこで女性スタッフが事務とか経理をやってるけど、俺専用の部屋はないなあ」

 「はあ、そうなんですか」

おおまかな会社の仕組みは分かった。あとは仕事内容についてだ。

 「それでは仕事のことを説明する。ウチはメインが『住宅基礎工事』だな。分かるか?要するに家の基礎を作るんだ。これ、なかなか大変だぞ。特に体力面でな。田中くん、学生時代は何か運動していたか?」

 「ええ、中高とずっとバスケをやっていました」

 「そうか、バスケか。あれ大変だろ」

 「そうですね。走りっぱなしですね」

 「俺は学生時代野球部だったんだ。今でも時々草野球やっているよ」

 「そうなんですか。素晴らしいですね!え、失礼ですが社長おいくつですか?」

 「五十五だよ」

 「ええ!随分と若いですね」

 「若くないよ。もう初老だよ」

いや、初老には見えない。それから、

 「ああ、そうそう、仕事のことだった。まあ、さっきも言ったようにウチのメインは基礎工事。これが大体半分を占めているな。残り半分は、リフォーム、足場、塗装、解体、つまり建設業全般だな」

 「ふむふむ」

 「で、事務所の外に資材がいろいろとあっただろ。あそこを『置き場』っていうんだ。ちょっと行ってみるか」

 「はい」

それから俺らは表に出た。野宮社長は、

 「これが『型枠』。基礎工事では必ず使うモノだ。そしてこれが『鉄パイプ』。足場を組むときに使う。あとこれが・・・」

いろいろ説明されたがよく分からなくてチンプンカンプンだった。そんな俺の不安を見越したように野宮社長が、

 「まあ、すぐに覚えるよ」

と言ってくれた。さらに、

 「田中くんから質問は?」

と聞いてきたので俺はいくつかの疑問点をぶつけた。まず、一番気になっていた給与面についてだ。

 「給料?自慢じゃないがそこはカナリ高待遇だぞ。期待していい。始めは八千円だけど、田中くんの働きっぷり次第で一気に何千円も昇給する。ウチの若いヤツで、確か一万五千くらい稼いでる子もいるよ。あいつ何歳だったっけ。まだ二十三だったと思う。まあ詳しいことは明日本人に聞いてくれ。で、他には?」

 「ええと、そうですね。休日は日曜ですか?」

 「主にそうだな。ただ台風とかで休みになる時もちょくちょくあるよ。あと、土曜は出れないってヤツもいる。そういった意味ではなかなか自由な職場だよ」

 「はい、はい、なるほど。あ、もう一ついいですか?」

 「何だい?」

 「仕事は、やっぱりカナリ厳しいですか」

 「まあ、そこは否定出来ないなあ。現場の世界は過酷だよ。多分田中くんも最初は何度も辞めたくなると思う。でも、仕事を覚えていくうちにだんだんと楽しくなるのは間違いない!それは俺が保証する」

いい方だな。社長だからって変に偉そうじゃないし。誠実そうだし。俺は彼に、

 「ありがとうございました。では明日からお願いします」

と言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ