第四十八話 一斉攻撃開始!
クルルはエレベーターの扉が開くや否やで飛び出る。さっと視界が開けると、そこにはたくさんの軍服を着た技術者たちが何やら作業をしている。みな顔つきはカルマンやトバシュが操作盤を睨んでいる時と変わらない。相当集中しているのか、クルルが室内を飛んでいても気に留めるものはいなかった。
「確かシールドの制御装置は部屋の奥」
クルルは誰にも見つからないよう用心して制御装置の前までいった。シールドが最大出力で作動していることが、すぐ上にあるモニターで確認できる。城の敷地全てが今は濃いオレンジ色で表わされていた。
クルルは教えられた通りの制御盤があるのを見つける。だが、このリモート装置を付けるには、どうしてもガラス張りの箱を開けなければならない。どう頑張っても小鳥のままでは出来ない作業だ。
『クルル、大丈夫か?』
リュージュの声が聞こえる。
「リュージュさん、トバシュとカルマンに言って。三秒後にリモート装置を付けるって」
これもシミュレーション通りの言葉だ。リュージュがカルマンたちに伝えると二人は同時に頷いた。
「行くよ! GO!」『ゴー!、1……』
クルルは人型に変化するとガラスの箱を開ける。そしてリモートを可能にするボタン状の装置を言われていた場所に取り付けた。それまでおよそ三秒。
「よし! トバシュ、俺らの出番や!」
双子は一斉にキーボードに指を走らせ出した。モニターには解読不明な文字が流れていく。
「阿修羅! 俺はもう行く!」
見るとリュージュが自らの掌にナイフを這わせている。それとすぐ理解した阿修羅は彼の金色に輝く目を見て頷いた。
「阿修羅王、我らも出陣しましょう」
声をかけるまでもなく、阿修羅は既に臨戦態勢だ。変化した白龍の背に華麗に乗り上げると、天車から飛び出す。そこには既に呼び出した龍王ナーガの姿が空を舞っていた。
「行くぞ! 防御壁が解かれた! 一斉攻撃だ!」
阿修羅の檄が修羅王軍天馬隊が埋め尽くすトウリ天の大空に響き渡った。
「おい! あれは誰だ! そこのおまえ、何してる!?」
異変に気が付いた技術者たちが騒ぎ出した。今ここに来させるわけにいかない。クルルは再び小鳥に変化して飛び回った。騒然となった技術者たちがクルルを捕まえようと椅子やら定規などで追いかける。だがその時、シールドに異変が起きた。
「シールドが! そんな鳥にかまっている場合じゃないぞ!」
空気が抜けた様な音とともに、モニターに映っていた濃いオレンジがイエローに、そしてやがて色のない図面になっていく。
「ヤ、ヤバイ!」
技術者が制御盤に近づきボタンを押すが、反応しない。
「どこかにリモートのボタンがあるはずだ! 探せ!」
「おい、さっきの鳥を捕まえろ! あいつがやったに違いない!」
シールドの制御盤をむやみやたらに押す者、クルルを捕まえようと走り回る者、制御室はハチの巣をつついたような騒動になっている。クルルも必死に逃げ惑うが、エレベーターのボタンを押すところまで飛んでいけない。それに随分と飛んで疲れてきた。万事休すの展開となった。
だが、その時、大きな音ともに制御室が、いや、善見城が揺れた。
「なんだ? 地震か!?」
「あほか! 攻撃だよ! シールドが完全にやられた!」
同時に大きな音と共に警告音が鳴り響く。耳をつんざくとはよく言ったものだ。技術者たちは反射的に耳を塞いだ。
突然破られたシールド。それまでただ惰性的に撃たれていた梵天率いる天界軍の砲弾が、雨あられのように善見城がに降りそそいだ。頑強な城はともかく、テントにいた兵士たちはひとたまりもない。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
加えて空に突如として光り輝く大きな宮殿が現れた。「黄金の天車」だ。しかも、この天車からいくつもの大砲が撃ち放たれて善見城を攻撃している。
その天車の影から、ふって湧く勢いで飛び出してきたのが修羅王軍が誇る天馬隊。先頭には真っ白な馬に乗った黒髪の少女が剣を翳している。だが、それだけではない。なんと銀色の鱗を陽の光に反射させながら空を泳ぐ龍までも登場したのだ。
「リュージュ、すぐクルルの所へ行け!」
「わかってる!」
阿修羅に言われるまでもなく、そのために二回目の切符を切って龍王を呼んだのだ。目にも止まらない速度でナーガは善見城へと吸い込まれていく。阿修羅はそれを目だけで追うと、善見城から出てきた帝釈天の天馬隊を次々と討ち果たしていく。
「梵天はん、聞こえますか? もう俺らが来たから大丈夫や。シールドも無効にしたから、思う存分やったってください!」
カルマンが梵天軍へ通信機を通して大声で叫ぶ。一体何が起こったのか、すぐには判断できなかった梵天もなんとか事態を掴むことができた。梵天たちの天界軍は、阿修羅達の修羅王軍を追うように出撃した。善見城は砲弾と閃光、そして騎馬隊の衝突といったまさに血で血を洗う戦場と化した。
「何事だ! ヴィルーダカ、報告しろ!」
こちらは玉座の間の帝釈天。今日も梵天の定期攻撃をBGMにしてお茶を飲んでいたところが、そのカップが吹き飛んでいくほどの衝撃を受けた。善見城はシールドがなくても強固な造りゆえ、揺れだけで済んだが、敷地内に張られたテントは燃え盛り、森は焼け、上空は敵に掌握されつつあった。
「シールドが破られました。阿修羅王が先頭になって、攻め込んでいます! 黄金の天車も砲弾を撃ち込んできて」
既にヴィルーダカは戦場に行ってしまったのか、伝令の兵士が傅く姿勢も取れぬまま報告している。
「くそ! なんてことだ! 私も出よう。馬を用意せよ!」
玉座から駆け下りると、帝釈天は黄金のマントをまるで邪魔者ようにかなぐり捨てる。あわてて従者がそれを拾うが気にも留めない。帝釈天は手にした金剛杵を握りしめ廊下へと足早に出て行った。
つづく