第四十七話 肉薄
クルルは善見城の敷地に入ってすぐ、その想像を絶する広さに仰天した。また、眼下に連なるテントの膨大な数にも驚かずにおれなかった。天界軍の甲冑を付けた兵士たちが庭を行き来する様は、まさに臨戦態勢さながら。この数を自分達は相手にしているのかと、息を飲む光景だった。
それでもすぐに城へ向かい、マップにあった中央奥の本殿へと羽を羽ばたかせる。クルルの脳内に静かに居座る、リュージュの意識が自分の不安を落ち着かせてくれていた。
「窓が開いてた、今から入る」
『了解。気を付けろよ!』
本殿に入ると、長い廊下に行き交う人々の姿が見えた。高い天井のため、なるべく高い位置を飛んでいく。ここは一体どのあたりなのか? クルルは天井に吊り下げられた照明器具の上に止まった。
『何が見える? 見えるものを教えろって、カルマンが言ってるぜ』
リュージュの声が脳内に響いた。クルルは用心深く周りを見渡す。真っ赤な絨毯が敷かれた廊下は十人くらいは一緒に歩けるくらいの幅で、永遠に続いているのかのごとく端が見えない。部屋の扉は全て両扉で、今はどこも締まっている。
「えっと。物凄い広い廊下で、真っ赤な絨毯が敷いてあるよ。白い両扉がいくつも連なっていて……」
リュージュはクルルの言う事を復唱し、機関室にいる面々に伝えた。
「真っ赤な絨毯……。白の両扉か。カルマン、それは玉座の間に連なる大広間だな」
頷くカルマン。阿修羅は夢の中でそこを部下たちと共に歩いたのを思い出した。カルマンはモニターのマップにクルルがいる場所を示す青い光をともした。赤く点滅する場所までの道筋がマップに現れる。
「よっしゃ。ええ所におるわ。リュージュはん、クルルにその廊下のずっと奥に進めと指示をお願いしますわ」
青い光が、マップの中を移動しだした。機関室に陣取る幹部達は、固唾を呑んでそれを見守った。
人の気配が薄くなったところで、クルルは人型に変化した。本来ならここで『隠れ蓑』を装着する手はずになっていたのに慌てていたために忘れてしまった。これが後でまずいことになるのだが、本人はもちろん天車にいる面々も気づくことはなかった。
クルルはカルマンがリュージュを通して示すとおりに廊下をひた走る。小鳥の飛ぶスピードより、走った方が速く、しかも疲れない。そしてどういうわけか、リュージュの指示が人型の方が伝わりやすかった。
一方で、リュージュもクルルが人型の時の方が、意志の疎通が取りやすいことに気が付いた。そして何とかして、クルルが見ているものを自分も見ることができないか、さらに集中力を高めていた。
――――ぼんやりと見えてくる。これがクルルの視界か?
リュージュは右手を、龍の痣を握りしめるように握る。
――――龍王。俺に力を貸してくれ。
祈るような念が届いたのかどうかはわからないが、ぼんやりとしていたリュージュの脳内の景色が、朧げに輪郭めいたラインが浮かび上がってくる。するとそこに鮮やかな赤い絨毯が見えてきた。
「見えた! カルマン、この角を右に曲がればいいのか?」
リュージュがモニターを指さす。映し出されているマップによると、右に曲がって真っすぐいけば、その奥に装置があるはずだ。
カルマンが何かを言おうと口を開けた瞬間、リュージュの脳内が真っ暗になった。
「あ!」『ひゃ!』
リュージュの息を飲む声が機関室に緊張をもたらした。一斉に視線が集まった彼の顔面は文字通り蒼白だ。
「クルル! 逃げろ! 鳥になって逃げるんだ!」
「なんやて! クルル、隠れ蓑着けてないんか!?」
突然の事態にカルマンが叫ぶ。しかしもう時すでに遅い。クルルの前に突然、黒い影が被さってきたのだ。恐る恐る頭を上げると、そこにはクルルの倍以上はある、甲冑を纏った大男が立っていた。
「おまえは一体誰だ!? どこから来た? 天界の者でもなさそうだが?」
立派な矛を持ったその男は、クルルをじろりと見下ろす。今の段階ではバレていない気がする。『隠れ蓑』のことはすっかり頭から抜け落ちていたクルルは、一か八かに掛けて見た。
「僕のこと知らないの? 僕は帝釈天様の愛玩動物の鳥だよ」
そう言うと、弾けた音共にクルルは水色の小鳥になり、大男の周りを飛んでみた。
「へえ。綺麗なものだな。帝釈天殿に小鳥を飼う趣味があったとはな?」
大男は首を傾げている。クルルはその様子を見るや、突然速度を上げて角を曲がり、まるで弾丸のように一直線に飛んだ。目指す場所は突き当りにあるエレベーター。何度も何度もカルマンやトバシュとシミュレーションした場所だ。防御を解除する装置は、地下の制御室にあるのだ。
「あれ? なんだおまえ! 待て!」
自分の目の前から矢のように消えていった小鳥を追って、大男が走る。その大声に気が付いた何人かの兵士達も何事かと彼を追った。
「クルル!」
自分の目の前にエレベーターが迫ってきた。リュージュは自分が戦っている時よりも心臓が跳ねあがり、息ができなくなってきた。
「クルルさん、大丈夫! 出来る!」「クルル、行けるで!」
双子が叫ぶ。その声が聞こえたのかどうかわからないが、クルルは鳥のまま嘴で、エレベーターに付けられたキーにパスコードを入力する。それは双子が必ずどこにでも入れる暗号だ。
「あいつ、エレベーターに乗ってるぞ! どういうことだ!?」
迫る追手が必死に体を伸ばし、開ボタンに手をかける。リュージュがどこにもない空に向かって蹴りを入れた。自分では敵を蹴り飛ばしたつもりだが、空を斬るばかり、のはずだったが、何故か手を伸ばした男がもんぞり打って転がった。その大男の体に追って来た連中も将棋倒しになる。
「やった!」
エレベーターのドアは間一髪で閉まると、地下の制御室に吸い込まれるように降りて行った。
「エレベーターに乗った!」
リュージュの声に機関室は全員が両腕を上げ、歓声を上げた。阿修羅も白龍とともに胸を撫でおろしている。
「よし、シールドが解けたら一斉攻撃だ! 位置に付け!」
阿修羅の声が終わらないうちに、双子とリュージュ以外の兵士たちが機関室を飛び出していく。いつもの阿修羅組が残る。モニターにはほとんど重なる青と赤のランプが点滅していた。
つづく