第四十五話 作戦
阿修羅が目覚めた翌日、『黄金の天車』の機関室に主だったものが集まっていた。いよいよ天界はトウリ天に降り、帝釈天の待つ善見城に攻め入る。そのために念入りに打ち合わせをする必要があった。
「これは、一体どういうものだ?」
阿修羅はカルマンから渡された、ボタン状の部品を指でつまんで眺めまわしながらそう尋ねた。小さな部品を見ているものだから、自然と両目が真ん中に寄るのがなんだか可愛い。
「善見城に張られた結界を破るにはこれが必要なんですわ。これを城の内部にある装置に取り付ければ、リモートで操作できますんや」
「ちょっと待てよ。結局城の内部に入らないとだめなんじゃないか。シールドあるのにどうやって入るんだよ」
得意げに話し出すカルマンの声を遮って、リュージュが突っ込んだ。シールドを破るのに、その内部に入るって、そりゃ無理ってものではないのか?
「あ、気付きはった? そうなんですわ。城に入らんとあかん。でも、そこもちゃんと考えてまっせ。トバシュ」
そこは大事なところなのだが、悪びれもせずにやりと笑う。兄に言われたトバシュは操作盤の上で指を忙しく動かした。間もなく機関室の最も大きなモニターに何かの図面を映し出す。
「これは善見城の大まかな見取り図です。俺は帝釈天はんの武器もやけど、この城のいろんなもんに手を入れてます。もちろん、あの完全無欠のシールドも」
「兄者は天才じゃからのう」
嬉しそうなトバシュの合いの手に、カルマンはまんざらでもないような笑みを浮かべる。
「それは十分わかってるよ。で? どうすんだ?」
やっぱり、おまえか。面倒な物ばかり作ってくれるよな。と心の中でツッコミを入れながら、リュージュが尋ねる。
「俺が行きますわ。帝釈天側に乗り換えたとして、投降したフリをして……」
「却下だ。おまえを、いやおまえ達を帝釈天の側に行かせることは断じて出来ない。信じていないわけではないが、帝釈天がみすみすおまえ達を自由にさせるわけがない」
阿修羅はカルマンが最後まで話すのを待たずにそう言い切った。今となっては、双子の工匠は修羅王軍にとって切り札だ。そんな存在を敵側に送るなどもってのほかである。
「まあ、そう来るとは思ってましたけどね」
肩をすぼめてカルマンが言う。
「なんで、実はもう一つやれることがあるんですわ。でも、これもまた危険が伴う」
「天車に乗っている兵士なら、危険は承知です。どんな任務でもやり遂げましょう。カルマンさん、もし私にできることならやらせてもらいますよ」
今まで黙って聞いていた白龍が手を上げた。だが彼だけではない。機関室にいる軍の幹部全員がそのつもりだ。修羅界に喧嘩を売って来た帝釈天を討つために誰もが士気は高かった。カルマンは彼らの真剣な目を見るとため息を吐いた。
「それは、有難いことですけど……」
「カルマン、僕なら大丈夫だ。さっさと言ってしまってよ」
そんな武骨な兵士たちの後ろから、ほわっとした声が届いた。みな驚いて後ろを振り向くと、水色の髪の少年(実際は少女だが)が壁際に立っていた。
「クルル? まさか!?」「おい、どういうことだよ!」
白龍、リュージュが同時に声を上げる。続けて阿修羅の厳しい目が双子に注がれた。
「そうですねん。元々あのシールドにはたった一つの欠点があるんですわ。光や熱による攻撃、人や天馬による侵入はできまへんけど、小動物は行き来できるようになってる。善見城はご存じのとおり森やら草原やらありますから、俺があの装置を設置したとき、そういう仕様にしたんですわ」
「だから、これほどに小さいモノにしたのか……。だが、クルルも獣人だ。クルルが可能なら、小動物に変化できる者が他にもいるだろう?」
手にあるボタン状の部品を見ながら阿修羅がそう言うと、カルマンは口角の右側を軽く上げた。
「いえ、俺を見くびらんとってください。そんなん通すはずないですやん。クルルは獣人でも稀有な部類で。多分、愛玩動物として、天界に登録されてるんやろう。実験したら、あのシールドを抜けることがわかったんですわ」
「だが……」
カルマンの言うことを理解はできたが、阿修羅はまだ渋っていた。
「ワシもクルルに危ない事させたくないんで……。ワシに行かせてもらえませんかの? 兄者が残れば、十分だと思うんじゃが」
それならと、今度はトバシュが立候補する。だがカルマン自身はそれには不服なようで、余計なこと言うな、そんなら最初から俺が行くと言うてるやろ、と吐き捨てた。
阿修羅は沈黙した。カルマン、トバシュ、クルルのうち誰かを善見城に向かわせないといけないのか。三人とも前線に出る者ではない。何か他にないのか。阿修羅は自らの経験と知識を総動員して考える。
――――ひとつ、ある。
それは最初から分かっていたことだ。これを使えば何事もなかったように全てが終わる。
「私の……」
「クルルに行ってもらいましょう」
それを察知したのか、白龍が阿修羅を遮って断言した。白龍から発せられたその言に、クルルは針で突かれたように体を震わせる。だが次の瞬間には何事もなかったように、息を吐き背筋を伸ばした。
「白龍、おまえ」
「王、この戦に勝つためには止むを得ません。クルルに危険が及ばないよう、我々で作戦を練りましょう。カルマンさん、あの見取り図は伊達ではないのでしょう?」
白龍に名指しされたカルマンは、トバシュに合図すると、モニターに映し出された見取り図に赤い印や線が彩られた。赤い印は装置の置かれた場所なのだろう。
「クルル、心配するな。俺が念を通じておまえに指示を出す。双子も付いてるし」
クルルの傍にいって、リュージュが小声で話しかける。クルルは声には出さなかったが、修羅王軍の中で最も信頼できる男の言葉だ。リュージュの双眸を見て力強く頷いた。
「こっちの通信機類はやはり使わんほうが無難や。リュージュはんがおるから、アナログでいこうと思ってる。クルルには、何度もシミュレーションしてもらったさかい、絶対に行けると確信してる。せやけど、もし……」
カルマンはそこで言葉を切った。皆が彼ら双子に注目する。
「もし、クルルが失敗したら、そんときは俺が行くの、止めんといてください」
「カルマン、どうしてそこまで私たちに尽くしてくれるのだ? おまえ達にとっては、命を賭けるほどのことでもあるまい」
カルマンとトバシュの兵士のような心意気に、阿修羅は不思議に思わずにおれなかった。白龍、リュージュはもちろん、ここにいる修羅王軍とは長い間共に戦ってきた仲間だ。阿修羅琴の作用で忘れているとはいえ、彼らとはさらに遡ること数千年の絆がある。それは細胞単位で残っているのではないか。だが、カルマンとトバシュはつい一週間ほど前にこちら側に付いたばかりだ。
「そうでんな。俺らも不思議ですわ。でも、俺の作った芸術品は俺の子供と同じや。それを悪いことに使って欲しくない。まあ、これは建前かな。やっぱり、おっさんより別嬪さんの方がええですやろ?」
最後は少々赤くなって、寝起きのような髪型の頭を掻きながらそう言った。見ると、トバシュも同じようにボサボサ頭を掻いている。こうしてみると確かに彼らは双子なのだ、と機関室に集まった兵士たちは思った。
つづく