第四十二話 仲間
気持ちがいいほど笑うと、阿修羅は厳しい顔つきがいくらか和らぐのを感じた。過去で苦悩していた自分とは違い、ここでは心の底から笑うことができる。随分と恵まれた世界にいたのだと実感した。
「せやから、これは『神の護り』や言うてるやろ!」
「え、ワシは『ビリビリ防御』がいいと思うとるんだが」
相変わらず双子はネーミングで喧嘩をしている。体型と纏っている作業服はほぼ同じだが、髪の色も瞳の色も違う。似てないわけではないが、シュッとした顔つきの兄と、とぼけた表情の弟は双子なんて誰も思わないだろう。
「どっちでもいいよ! ややこしいから一つにしてくれ!」
小競り合いする二人の隣でリュージュが怒り出す。そのうち阿修羅からも怒鳴られそうなので、二人は仕方なく静かになると、
「じゃあ……、ゴッドシールドで……」
「当然や!」
カルマンに睨まれたトバシュが(不服そうに)折れることで名前は決まった。『神の護り』。それは最凶の武器、金剛杵に対抗する武器だ。造って欲しいとの阿修羅の申し出に、二人はにやりと笑った。彼らは既にそれを造っていた。
「流石だな。私が寝ている間に作っていたとは」
二人のやり取りがなんだか懐かしくもあり、気持ちが穏やかになった。つい三、四日前のことなのに、何千年も前に遡る記憶の旅をした後だ。この空気感が懐かしいのも仕方ないかも知れない。
「帝釈天はんに金剛杵を収めた時のことを思い出したんですわ。あのお人は、強力な真言を持ってるけど、あまりに強すぎておいそれとは使えへん。その代わりになるものが欲しいって。つまり、これ以上の武器はないねやさかい、防ぐもんさえあれば勝てるってわけや」
得意そうにカルマンが言う。帝釈天の最強の武器、金剛杵を造ったのは誰でもないカルマンだ。それから護る道具を造るのはお手の物だったろう。
「他にもいくつか試作しておりますんで、見て下さいね」
満面の笑みでトバシュが後を繋いだ。まるで訪問販売のような調子だ。阿修羅達は思わず吹き出しそうになる。
「真言と言えば、天車の上で私も真言を唱えなくて良かった。私のマントラもあいつ同様、強すぎる。もし唱えていれば、天車はもちろんあの空域そのものが消し飛んだだろう」
――――私が詠唱を始めた時、帝釈天が止めたのは、そのためか?
数千年前、帝釈天との戦が勃発したあの日、阿修羅が放った真言はトウリ天のみならず、天界の半分を破壊した。その時の威力があまりにも強大だったため、阿修羅はその後真言を武器として使うことはなかった。二人の間での暗黙の了解といえるだろう。
「修羅王軍のほとんどがこの天車に乗り込んでいます。帝釈天の軍に数では及ばないかもしれませんが、十分に勝機はあるかと思います」
白龍の言に阿修羅は黙って頷いた。顔は平静を装ってはいるが、胸に満ちている物はある。
『ついてきたいものだけ天車に迎え入れろ』。それが阿修羅が昏倒する前の指示だった。捕虜がいたためやむを得ず修羅王邸に残った数名以外は、天車に乗り込んだ。元々いにしえの時代、阿修羅と共に帝釈天と戦った兵士が修羅界にいたのだ。たとえ記憶が戻っていなくても、彼らが阿修羅に付き従うのは必然と言えよう。
修羅王邸の先の持ち主、先代の修羅界の王は、阿修羅その人だった。全てが使い勝手よく、剣が手に馴染んだのも当然だ。
「梵天殿に連絡を取らなくても大丈夫ですか?」
双子の後からいつの間にかクルルまでやってきて、阿修羅の部屋は歓談室さながらになっていたが、白龍が冷静を保って阿修羅に尋ねた。
「連絡を取るのは控えたほうが良いだろう。帝釈天の動向さえわかれば何という事はない。どうせ、戦うのは私達だけだ。今の天界軍は梵天に付いたと言っても、帝釈天に刃を向けるのはやりにくかろう」
今天界に残った兵士たちは、何千年も帝釈天の元で戦ってきたのだ。裏切者と知っても、敵と認識するには時間がなさすぎる。
「これは……、結局中断していた戦の続きということか。愚かしいにもほどがあるな……」
あの女神はシュリーだったか。どうりでムカつくと思った。いや、向こうが自分にムカついていたのかもな。阿修羅は帝釈天の元の駆け寄るシュリーを思い出していた。
――――あの頃のシュリーは、今ほどヤサグレてなかったな。愛と美の女神ともあろうものが、安売りしすぎだろう。
なんだか哀れに思えてきた。あの女は、いつも一番欲しいものを得られなかったのではないか。そんな気がした。阿修羅は気が付いているかどうかわからないが、その欲しいものを得ていたのは、誰でもない阿修羅本人だったのだ。
「善見城には、強力な結界が張ってる思うて間違いないな。それをどうやってぶち破るかが勝利の鍵や!」
「兄者、なにかいい手があるのかのう?」
「え、そうなの? 何かあんのカルマン!」
「いい加減なこと言うなよ。行くのは俺達なんだからな」
阿修羅が思いを巡らす目の前では、賑やかな面々が楽しそうに話をしている。決戦を前にして気楽のものだ。
修羅界に来てから、自分の周りには当たり前のように、こんな笑顔の絶えない日常があった。たとえ戦乱の最中であっても。それはとても得難いものだったことに今更気付く。仲間なんて呼ぶには、なんだか照れくさい。でも彼らとのこの日常を誰にも奪われたくはない。そのためにも帝釈天の邪な望みを絶ってみせる。そう誓う阿修羅だった。
つづく
遠那若生先生からFA頂きました!
ありがとうございます。