第六話 見知らぬ世界
密厳邸で大乱戦!
第六話 見知らぬ世界
「阿修羅王は大丈夫でしょうか。たった一人で敵中に入られて」
白龍は心配そうに呟いた。阿修羅を降ろした後、今は密厳夜叉邸近くの丘にいる。
「大丈夫だろう。あいつのことだ」
リュージュはどこか心有らずで答えた。
「どうしたんですか!? もう、あなたが頼りなんですよ!」
仏陀との修行の後、まるで空気の抜けた風船のようなリュージュに白龍が噛みついた。
「いて! おまえ馬のときは噛みつくなよ。大丈夫だよ。師との修行でちょっと疲れただけだ」
リュージュはオーラのコントロールを取得するため、仏陀から指導を受けていた。それはまるで、体育会系のしごきのようだった。多少のことでは音をあげないリュージュだったが、途中で気を失いそうになった。
もちろんこれは、修行として大事なことだったが、仏陀の個人的感情も入っていたのは言うまでもない。
――――だが、実は力が漲っている。この疲労が抜ければ、一皮むけそうだ。
師に直々に指導してもらっただけのことはある。リュージュはいつも以上に手応えを感じていた。
「モニターはどうだ?」
隣に控えていたカルラに聞く。カルラはリュージュに次ぐ手練れの戦士である。修羅王軍にはリュージュよりずっと長く在籍しており、知識のうえでも頼りになる男だった。
「今のところ、変わったところはないですね。白龍殿。朝に巻いた目は、あまり機能してないようなのですが」
カルラが見ているのは、阿修羅の瓔珞に取り付けた目だ。他の目からは何も送られてきていない。
「そうですか。それは妙ですね」
白龍は耳を澄まし、鼻をひくひくさせた。
「どうだよ」
リュージュが急かす。
「今のところはご無事のようです。しかし、あまり良くない兆候ですね。いつでも行けるよう準備だけはしておきましょう」
白龍の言葉を聞いて、カルラが部隊に伝達した。
「なあ、白龍」
緊迫した空気のなかで、リュージュは話しかけた。
「なんですか?」
「おまえは阿修羅のこと、どう思ってるんだ? 好きなのか?」
白龍は馬のままで、冷たい視線を送った。
「何かと思えば。こんな時に」
「だって、いいだろ? なんだよ。今日だって突然、師を呼んだりして」
「え? なんのことです。呼んでなんかいませんよ。確かに前回お目にかかったときに、お願いはしていましたが」
リュージュは息を飲んだ。同時に仏陀の怒りの目を思い出し、背筋が凍るのを感じた。
「そ……、そうなのか」
――――では、あれはどういうこと? 俺のしてること、お見通しってわけ?
「突然お見えになったので、チャーハン作り足しま……」
くだらないおしゃべりが突然途切れる。
「リュージュさん! 突撃です! カルラさん!」
「どうした?」
「バレました!」
リュージュは白龍に飛び乗る。まだ片足がかかる前に白龍は飛び出した。体勢を整えながら、振り落とされないよう必死につかまる。
だが、頭の中は一気に冴えた。
「全軍、突撃だ!」
背後でカルラの号令が響くと、部隊が一斉に動き出す。
「飛ばしますよ!」
リュージュを乗せた白龍は、どの天馬よりも速く館へと突進していった。
阿修羅は咄嗟に体を低くすると、そのまま一直線に夜叉の足元へ飛んだ。
「うわあ!」
両足の膝から下を見事に切断する。たまらず後ろへ倒れる巨体夜叉。しかし、阿修羅を狙う夜叉共の勢いは止まらない。
全身をオーラで防御しているので、鎧を纏っている以上の耐性はある。阿修羅は器用に体を回転させながら、前後左右に群がる敵を戦闘不能に陥らせていた。
「くそ! ショウトラ、逃げるなぁ!」
容赦なく向かってくる刃を撥ね退けながらも、どうにも前に進めなくなってきた。その時、それは来た。雷鳴が落ちたかのような轟音が屋敷中にとどろいた。庭に面する大きなガラス張りの壁が力づくで壊される。当然ここにも結界が張ってあったろうが、それも一緒くたにぶち壊された。
「阿修羅ー!」
真っ白な天馬に乗った長髪の戦士が広間に飛び込んできた。
「リュージュ! 白龍!」
阿修羅の顔がさっと明るくなる。途端、身に纏ったオーラもさらに赤く濃く光り輝いた。
白龍から勢いよく飛び降りると、リュージュは手当たり次第に夜叉どもを地獄に送る。
「どこだ?! 阿修羅!」
「ここだ!」
リュージュの目が阿修羅を捉えた時、カルラ達修羅王軍も飛び込んできた。広間は一挙に乱戦状態となる。
「阿修羅王! こちらへ!」
白龍が阿修羅の元に飛んできた。
「よし!」
阿修羅はそこらにいた夜叉を踏み台に白龍に乗り移る。
「あそこだ! あいつを追え!」
目指す敵はショウトラ。白龍の姿を見て、先ほどの余裕はどこへ行ったのか、既に逃げの構えだ。慌てて広間から抜け出そうとしている。
「逃がすか!」
夜叉共の頭の上を白龍は疾風のように走り飛ぶ。ショウトラの背中が見えてきた。
「もらったー!」
阿修羅は白龍の背中を蹴って、ショウトラの背中に剣を振り落とす。
――――なに?
確かに討ち取ったと思う剣の先に、ショウトラはいなかった。
「阿修羅王! 危ない!」
白龍が叫ぶ。目の前に狼が迫っていた。
「くう!」
阿修羅はすかさず背中から身を落とすと、飛び掛かってきた獣の腹に渾身の蹴りを入れる。
「ぎゃお!」
狼は一瞬怯むが、身軽に身を翻して着地した。
「グウウルル」
人ほどの大きさのある狼が阿修羅を威嚇する。
「豚の次は狼ってわけか。まさかおまえがショウトラ本人じゃないだろうな」
阿修羅は目の前に迫る獣に向かって言った。
「阿修羅王。ショウトラは狼使いです。最初から狼を操っていたのかもしれません」
白龍が阿修羅の側に降りて言う。
「なるほどね。おまえと一緒で人型に変身できるというわけか」
「私と一緒にしないでください!」
この場面でそこを怒るかね、白龍。
そうだ、一緒ではない。さらに高等な術なのだ。狼を自分に変化させて操る。それは自分が変化するよりも難易度が高い。
「どのみちこいつにかまっていても、何も得られないってわけだな」
阿修羅はそう言い捨てると、踵を返して広間の奥へと向かった。当然、狼は追ってきたが、それは白龍があっけなく蹴り倒した。「キューン!」という情けない声を出して飛んで行ってしまった。
広間の奥に進むと長い廊下があった。阿修羅はその廊下を一直線に走り抜ける。
「気配のある場所は?!」
後ろから追ってきた白龍に向かって叫ぶ。
「突き当りの扉の向こう!」
カッと赤い目を開く。結界が見えた。阿修羅は剣にオーラを送る。
「くらえー!」
堅固な扉に向けて剣を突き立て、結界もろとも突き破った。
「ああ!」
飛び込んだその扉の先には驚くべき光景が広がっていた。
「白龍ー!」
扉の先は、全く別の空間だった。限りなく広がる見たこともない世界。それはまるで人間界の高原地帯のようだ。
足元にはなにもない。切り立った崖を横目に鬱蒼とした樹木に覆われる底に引っ張られる。
阿修羅は思い切り手足を伸ばす。少しでも落ちる速度を落とすために。そして眼下に白龍が来たのを知ると、ゆっくりとその背に下りた。
「阿修羅王! 大丈夫ですか!?」
「なんてことだ。修羅界にこんな空間を作っているとは。それともここはどこかと繋がっているのか?」
後ろを振り返ると、入ってきた扉はもう見えない。ここへの入り口は閉じてしまったようだ。
「また二人きりになってしまったな」
阿修羅は白龍の首を撫でながらつぶやく。
「そうですね。無鉄砲な王のおかげでね」
白龍はため息とともにそう応えた。
つづく
白龍ってツッコミ担だったんだ。