第二十五話 黒幕
一方リュージュは?
阿修羅がクベーラ王と激闘を繰り広げているちょうどその頃、リュージュはここ、天界の一角にある『六界転生省』にいた。天界の一角と言っても、ここは特別区域として独立している。天界で最も高い山、須弥山にかかる雲の上に広大な宮殿を構えていた。
ここを司るのは梵天その人だが、普段は行政に任せきり。特例でもない限り、過去のデータを元にシステム化されているのだ。
もちろんここに送られてくる者は、ここがどこにあるかなんて知りもしない。リュージュも二度目とは言え、全く知らなかった。ただ、最初に来た時は、受付ですぐ会議室のようなところに連れられた。そこに待っていたのは、梵天の使いと名乗る神だった。その足で天界に連れられると、そこで梵天から修羅界に行くことを命じられた。
「あれからまだ一年も経ってないのか。もう十年ぐらい経ったような気がする」
リュージュは行くあてもなく廊下を彷徨っていたが、いつしか見覚えのある通路に出、一年前に連れて行かれた会議室が連なる場所に辿り着いた。
「あ、ここだ。俺が連れてこられたところ。あそこからどうやって修羅界行ったんだっけ?」
リュージュは腕を組み考える。ふと気になって、右手の掌を見た。そこには真っ黒な龍の形をした痣が勇ましく翔けていた。
「良かった。まだある。これがあるうちはまだ大丈夫だ。きっと……」
ここの扉はどこもかしこも大きい。いや、天界も修羅界も全てそうなのだ。図体のでかい神が多いせいだろうが、178センチのリュージュにしてみれば威圧感半端ない。その連なるでかい扉の一つが無造作に開き、制服を着た役人らしき人物が慌てて飛び出した。慌てて壁に貼りつくリュージュ。だが、役人はあまりに急いでいたのか、気付きもしないで反対方向へと通路を走って行った。
リュージュは彼が出てきた会議室へとむかい、重そうなドアをゆっくりと押してみる。
「あ、開いた!」
一度扉の鍵が緩む音がすると、扉はいたって軽く、体重をかけるまでもなく開け放たれた。中には誰もいない。だが、ついさっきまでリモート会議でも行われていたのか、正面のモニターが妙に明るかった。
リュージュは急いでモニターの操作盤に近づく。会議の場合、録画を取っておくことが多い。もしかしたら自分のことが話題だったかもしれない。
「よし! ビンゴだ!」
再生ボタンを押すと、いきなり画面に現れたのは梵天だった。しかし、すぐには梵天とわからなかった。なぜなら、体に似つかわしくない鎧兜姿。しかも全て黄金色にまとめられ、ふちには真珠のような宝石が埋め込まれていた。
「うわ! 派手だな、これは!」
リュージュはモニターの前で驚いた。
『逃げられましたではない!』
「わ! ごめんなさい!」
録画ということを忘れて、思わず謝るリュージュ。すぐに自分が怒られたわけではないと気づき、所在なく頭を掻いてみる。
『今すぐリュージュ殿を探すのだ! 間違いで転生したとなったら、私の命も危ない!』
――――え? ええ!? 今なんて言った?!
「間違いって言ったのか! 梵天!?」
リュージュはそこにいるわけでもない勇ましい姿の梵天に詰め寄る。
『わ、わかりました!』
こちらにいたであろう、役人の声も録画に入っていた。多分先ほど扉から飛び出していった奴だろう。わかり易いほどにびびっている。
『待て! もしも帝釈天の息のかかったものがいたら事だ。いいか、信用のある者だけで探すのだ。それと……』
――――ちょっと待て!? 帝釈天の息って、まさか!?
『は!』
『すぐ夜魔天殿にそこへ行ってもらう。リュージュ殿を見つけたら、夜魔天殿に預けるのだ! いいな!』
モニターの向こうでいつになく厳しい表情をこちらに投げかけてくる。画面いっぱいに梵天の顔が写り、鼻の下の整えられた髭の一本一本まで見えそうだ。
『承知しました! すぐに対処いたします!』
その声を最後に録画は切れた。画面もくぐもった低音を残して消え、部屋を暗くした。
「間違いだったんだ! いや、違うか。帝釈天の仕業ってことか? そうか、やっぱりあいつが黒幕だったんだ!」
こうしてはいられない。リュージュは部屋を飛び出す。だが、安易に姿を現し、帝釈天の息のかかったものに見つかったら困る。夜魔天殿! 夜魔天殿を探さないと。
リュージュはもう一度、会議室にとって返すと、真ん中に据えられたでかい会議テーブルの上で座禅を組む。そして一心に集中した。
――――夜魔天殿の気を探すんだ! 大丈夫。あの人の優しい気は覚えている!
若作りしたがる神にあって、夜魔天は何故かその例にならわず威厳と寛容さを併せ持つ、堂々としたナイスミドルを象っている。そこから醸し出される気は、地獄の番人のおどろおどろしさではなく、人を慈しむ父親のような温かさだった。
その頃、『黄金の天車』の階段をひた走るトバシュの姿があった。正確に言うと、姿は見えない。『隠れ蓑』(トバシュにとっては『見えないリング』)を装着しているからである。向かう先は最上階。その手には『ナースのお仕事』、懐には鳥に変化したクルルがいた。
なぜ、そんなことをしているのか? いくら姿が見えないとはいえ、非戦闘員の彼ら、階段でも廊下でもそこかしこで刃突きつけあい、血を流して倒れている天車の中を駆け上るのか。
「急いで、トバシュ! 阿修羅王が!」
「わかっとるよ! ちゃんと掴っとるんじゃぞ!」
最上階の階段が見えてきた。その上には真っ青な空が見える。同時に大勢の兵士たちの叫び声と激しく鳴り響く金属音が絶え間なく聴こえてくる。
トバシュはごくんと唾を飲み込む。そしてついさっき交わされた、カルマンとの会話が頭をよぎる。
『阿修羅はんから頼まれたんや。仏陀はんが手助けに行こうとしたら、絶対阻止してくれて。だから、俺が行ってくる』
『兄者はここから離れたらダメじゃ! ワシが行く!』
『僕も行くよ! 阿修羅王は空の上だよ。僕が鳥になって行く!』
事態は一刻を争う。トバシュとクルルは飛び出した。
「行くぞ!」
トバシュは気合を入れ直して、空に向かって階段を駆け上がった。
つづく
次回こそクベーラ王戦!