第二十二話 激戦開始
『黄金の天車』はついに修羅王邸の庭に着陸!
機関室のモニターで阿修羅の苦戦を目にしながら、カルマンは着陸態勢に入っていた。いよいよ『黄金の天車』が修羅王邸の広大な敷地に降りる時が来たのだ。
「仏陀はん、白龍はん、ちょっと揺れまっせ! どこかにつかまっとってください!」
カルマンが叫ぶが、二人ともモニターに釘付けでそれどころではない。厄介な瞬間移動は防いだが、無数の鏢の攻撃にさらされピンチである。間一髪急所を防いだが、腕や足から鮮血がほとばしっている。
「いかん! 白龍、私は急いで天界に行ってくる! 後を頼む」
「ええ!? ここで天界なのですか? 仏陀様!?」
すぐにも阿修羅の加勢に行って欲しいのに、それができるのは仏陀しかいないのに、天界に行くと言う。もちろん、意識を飛ばすわけだから、瞬間に行けるとはわかっているが。
「阿修羅がシュリーに負けるわけはない。それよりも、リュージュのことを急がないと。転生されてしまったら、もう助けられない!」
白龍が頷いた時、天車が激しく揺れた。仏陀も体を大きく揺らしたが、そこにはもう彼の魂はなかった。阿修羅にインカムをすぐに開けという言葉を残し、既に天界へと行ったようだ。
「カルマンさん、ここは任せましたよ!」
「はいな!」
黄金の天車が修羅王邸に着陸した直後、カルラ達修羅王軍が一斉に突入してきた。同時にクベーラ王の軍勢が修羅王邸に雪崩れ込み、天車の内外で戦闘が始まった。白龍はリュージュが残した片刃の剣を持ち飛び出していった。仏陀はああ言ったが、阿修羅の下へはせ参じるつもりだ。
「兄者!」
白龍と入れ替わるようにトバシュがやってきた。扉の認証は兄弟暗黙のパスワードを使っているので、難なく入室できた。
「おお! トバシュ、ええところに来たな! こっちや、手伝え!」
「了解じゃ!」
トバシュは弾ける笑顔で画面に向かう。憧れの『黄金の天車』に搭乗できてそれだけでも気分は最高なトバシュ。カルマンに指示されながら早速キーボードを打ち出した。
「僕も何か手伝わせて!」
トバシュにくっついて来たクルルが慌てて声を上げる。お留守番をしている間に、ますます仲良くなったようだ。手招きするトバシュの隣に座ると、モニターに目をやった。
「あ、阿修羅王!? 白龍さんだ。どうなってるの?」
「大丈夫や、俺がバックアップしてる限り、滅多なことにはならへん。トバシュの『癒しの腕輪』も機能しているようやしな」
「え……、あれは『観月ありさ』じゃよ……」
「黙って、作業せえ!」
仲が悪そうで実は仲良しの双子だが、ネーミングについては譲れないらしい。
カルマンの言う通り、シュリーの鏢で受けた傷は、トバシュの道具でそのほとんどが数分で治癒できた。阿修羅は仏陀の指示通り、インカムを作動している。修羅王邸に着地したことを知ったシュリーは若干焦りの色を見せ、先ほどから真言を連発している。
それを悉く阿修羅は防いでいた。攻撃を見切れるようになったのもあるが、撃つ度に威力も鏢の数も減少していた。彼女は見るからに疲労していたのだ。そこへ白龍が追い付いてきた。
「カルマン! この天車の外に出たい! やれるか!?」
『やれるかやて? 今、そうしよとおもとったところや!』
インカムから景気のいい関西弁が聞こえると、天車の壁が轟音とともに開いていった。見ると、阿修羅のいた四階の壁は全て取り除かれ、修羅王邸の見事な緑の森と青い空が目に飛び込んで来た。
「白龍!」
白龍は真っ白な天馬へ変化する。阿修羅はそれに飛び乗ると颯爽と開いた壁から空中へと飛び出す。
「おまえ! 逃げる気かい!?」
それを追って、シュリーが開いた壁まで追って来た。そしてもう一度印を結ぼうと胸の前に手を持ってくる。
「もうよせ! 貴様に私を倒すことはできない!」
阿修羅は白龍の空をつんざくスピードに乗ってシュリーに迫る。忌々しい女神だが、なぜか一刀両断するのに忍びなく思う。阿修羅は刃ではなく、背でシュリーの腹部を打った。
「ギャッ!」
蛙がつぶれたような声を出してシュリーがうずくまった。くるりと白龍から飛び降りると、阿修羅は器用にシュリーの両手を後ろ手に縛り上げた。印を結ばせないためだ。
「畜生! おまえのような小娘にやられるなんて……」
「シュリー、貴様、阿修羅琴について何か知っているのか?」
シュリーは罪人のように拘束されたにも関わらず、音がするほどの鋭い目を阿修羅に向けた。
「何を寝言言ってるのさ。何でも望みを叶えられる琴を使って、おまえは何をしたんだい? あの堅物の坊主の心を意のままにしたんじゃないのかい」
悔しさを滲ませ、シュリーは吐き捨てるように言った。
「望みを叶える?」
シュリーの言い草には、聞き流せない単語もあったが、それはそれとして、『阿修羅琴』にそんな力があったとは。それを知ったら欲しがるのも無理はないだろう。
「なぜ…‥‥」
重ねて問い正そうと阿修羅が口を開いた時、最上階で鼓膜を突き破るほどの轟音がした。直後天車が大きく揺れる。
「きゃあ!」
シュリーが床をすべって落ちそうになったのを阿修羅が咄嗟に腕を掴んで引き戻す。
「何事だ!?」
阿修羅のひざ元でバタバタするシュリーの体を抑えながら周りを見渡すと、天馬に乗った修羅王軍兵士達が目の前に飛んできた。
「阿修羅王! こちらでしたか!? 今、カルラ隊長達が最上階でクベーラ王と応戦中です!」
クベーラ王、その名前を聞いた二人は同時にアクションを起こす。シュリーは掴まれた腕を振り解こうと体を揺すり、阿修羅はあっさりその手を放した。
「こいつを修羅王邸に連れて行け。私は上へ行く。白龍!」
白い塊が風のように阿修羅の前を通り過ぎる。その風が去った後には阿修羅の姿はなかった。真っ白な天馬に乗り、束ねた長い髪を靡かせた少女はさらに上空へと昇っていった。
つづく
次回はあいつが再登場!