第二十話 救出
クベーラ王に伝令が渡る数分前。阿修羅は仏陀の姿を捉えた。クベーラ王配下の兵士達と戦っている最中だった。元々は武士の出であり、小さいながらも一国の王子だった仏陀は剣技も優れていた。牢屋を見張っていた兵士から奪った戟を器用に振りまわしながら応戦している。だが、多勢に無勢。形勢がやや不利になってきたところで、後方の兵士から順に急に倒れだした。
「だ、誰だ!? うわ!」
全く何もないところから、急に斬り倒される。そこらにいた連中はパニックになり右往左往するが、全員が床に伏すまでそれほど時間はかからなかった。
「シッダールタ!」
阿修羅が『隠れ蓑』を外して、姿を現した。
「阿修羅、こんなところまで良く来てくれたな!」
「ああ。話すと長くなるが、力を貸してくれるものがいて。それより、早く安全なところへ! カルマン! そっちはどうだ!?」
阿修羅はインカムでカルマンを呼び出す。今のところ、機関室が最も安全と思われたからである。事情がわからない仏陀のために、白龍も姿を現すとかいつまんで説明した。
「え? リュージュが転生? そんな馬鹿なことが?」
白龍の話から、仏陀はそこにまず食いついた。人質になっている間にそんなことが起こっていたとは寝耳に水だ。
「シッダールタ、これを付けろ。『隠れ蓑』と言って、姿を消せるのだ」
カルマンとの話が終わったのか、阿修羅が仏陀に渡す。予備はないので、阿修羅の分を仏陀に付けさせた。
「阿修羅王、どうするのですか?」
白龍が心配そうに尋ねた。ここにいた敵は倒したが、すぐにも新手が来そうだ。カルマンが機関室を乗っ取って、恐らく修羅王邸の場所まで動かすつもりだろうが、まだ時間はかかるだろう。
「心配するな、白龍。カルマンによると、あと数分で修羅王邸の庭に着陸する。カルラに総員臨戦態勢で待つように指示もした。ここは私が引き受けるから、おまえはシッダールタとともに機関室へ急げ! 数分の囮くらい、何でもない」
「阿修羅、それは!」
白龍が抗議の声をあげる前に仏陀が異議を唱えた。だが、阿修羅はさっと身を翻す。
「急げ! もうおまえ達の姿は見えない。私は上へ行く!」
二人が声をかける間もなく、阿修羅は上階へ上って行った。そこで大きな声が上がる。
「阿修羅王だ! 誰か、クベーラ王に伝えよ! うわあ!」
上階で、剣をつきつけあう甲高い音とともに大勢の人間が床を蹴る雷のような音が響きだした。白龍は仏陀がいると思われる方向を見て声をかけた。
「急ぎましょう。私達が無事に機関室に辿り着けば、阿修羅王も戻れます」
「むう……」
しかし、今の仏陀には従うしかない。それに確かめたいこともあった。二人は機関室へと急いだ。
その機関室では、カルマンが八面六臂の勢いで室内を所狭しと走り回っていた。ぼさぼさの金髪が機器の間を縫うように移動している。あっちの操作盤でキーを叩くと、こちらのモニターを覗く。またまたこちらでキーを叩いて……。
扉の前では武器を手にした兵士たちが取り囲み、今にも雪崩れ込んできそうだ。だが、この機関室の扉は物理的な攻撃では絶対に開くことはない。それは設計して作り上げた本人が確信していることなので、気にも留めていなかった。
「この兵士の数では、扉に近づくこともできませんね。インカムでカルマンに呼びかけましょうか」
通信室のあるフロアを階段から眺めた白龍が、耳にはめたイヤホンをトントンと叩きながら仏陀に声をかけた。すぐ後ろのいる仏陀は、階段で立ち止まった白龍にぶつかりそうになり足を止めた。
「そうだな。だが待て。その前にやることがある」
インカムは、阿修羅と白龍が持っていたが、別行動になってから阿修羅からは何も言ってこない。オフ状態になっている。だが、仏陀は彼女の気配をしっかりと感じていた。
「何でしょうか?」
そう言って仏陀の方の振り向く白龍。仏陀が大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「阿修羅王だー! 阿修羅王が来たぞ!」
その声がフロア中に響き渡ると同時に、機関室の前で扉に攻勢をかけていた兵士たちが一斉に振り返った。合点がいった白龍も同じように叫ぶ。
「クベーラ王が苦戦されている! すぐに加勢を!」
「おお! 行くぞー!」
これまた一斉に階段を目指して駆けてきた。白龍と仏陀は間一髪で階段から飛び降りると彼らの逆方向へ向かって疾走する。
『カルマン、すぐに扉を開けて! 3秒でいい!』
白龍がインカムでカルマンに声をかけると、扉は目の前で開く。既に扉の前には誰もいない。二人は機関室に駆け込んだ。
「うまくいった!」
背中で扉が閉まる。『隠れ蓑』を外しお互いの無事を確認した二人の前に、大きなモニターが修羅王邸の庭を映し出していた。既にカルラ率いる修羅王軍が敵を向かい撃つべく陣を組んで待機している。
白龍が驚きの声を上げる。
「もう着くのですか? カルマンさん」
「いや、まだもう少しかかりますけど……。阿修羅王が……」
そう言うと、もう一つのモニターを指さす。
「あ!」「あの淫乱女神!」
そこに映っていたのは、阿修羅王の前に立ちはだかる妖艶な美神、シュリーの艶姿だった。