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第十九話 乱れる心

 

 阿修羅はインカムを投げつけた。体から離れると、『隠れ蓑』の効果はなくなる。通信機は小さな音を鳴らして床に転がった。


「いったい……。どういうことだ!?」


 投げ捨てられたインカムをそっと拾うと、白龍は阿修羅の手に握らせた。見えないはずなのに、白龍には阿修羅の手がどこにあるか、おおよそわかるようだった。


「敵が気付きます。仏陀殿を安全なところにお連れするまでは、バレないほうがいいです」


 阿修羅は握らされたインカムを持ったまま、白龍の声がした方に顔を向ける。


「だが、あいつはなんで黙って……。それに転生ってどういうことだ? 私は何も聞いていない。まだあいつが来て、一年も経っていないのに」


 声のトーンを落として阿修羅は白龍に訴える。白龍に訴えたところで何も解決しないのだが、誰かにこの納得のいかない思いを叫びたかった。


「私も……。おかしいと思います。リュージュさんは元々仏陀殿の願いでここに修行に来ていたはずです。このタイミングで転生とは考えられない。ただ、彼の様子がおかしかったので、何かあるとは思っていましたが……」


 敵陣に乗り込んで、リュージュが欠けるのは痛い。だが、それよりも彼がいなくなったことに阿修羅は衝撃を受けていた。集中しなくてはいけない時なのに、心は千々に乱れる。


「こんな……。冗談じゃない。もしかしたら、天界の連中が噛んでいるのかもしれない。なんだってこんな時に!」


 いや、こんな時だからこそ、リュージュは連れていかれたのだ。白龍は自分や阿修羅が動けない今のタイミングを狙ったのだと確信していた。


 ――――つまり、クベーラ王のバックに、まだ誰かいるということですね。リュージュさんを無理やり転生させることができる。やはり阿修羅王が阿修羅琴のことを梵天に言わなかったのは正しかった……。


「捕虜が逃げたぞ! 探せ!」


 数人の兵士たちが大きな靴音を鳴らして階段を駆け上って来た。阿修羅は咄嗟に跳びあがり、手すりの上に立つ。ぼんやりしている場合ではない。リュージュのことは放置できないが、今はここを打開しなくてはいけない。


「白龍、急ぐぞ!」


 乱れた心を繋ぎ合わせる暇もなく、そう声をかけると阿修羅は階段を駆け上っていった。





「なに!? 仏陀が逃げただと!?」


 最上階、自室でシュリーとお楽しみだったクベーラに、次々ととんでもない報告が降ってくる。ベッドから飛び起きると、クベーラは見る見るうちに真っ赤な顔になる。


「機関室も……乗っ取られまして……」


 その形相に恐れをなした部下が、小声で付け加える。


「な、なんだとー! 何をやってるか!? では今この天車は誰ともわからん、敵の手の内にあるということか??」

「はあ、まあそうなります。どこに向かっているのかもわかりません」


 クベーラは問答無用でその部下をげんこつで殴った。男は部屋の隅に固まっていた他の部下達のところまで吹っ飛ぶ。一斉に怯えた悲鳴をあげる。


「さっさと奪還せんか! この天車はただの乗り物ではない。戦車だぞ!? 乗っ取られましたで済むか!」

「ははっ! 今既に機関室を取り囲んでおりますので、今しばらくお待ちください!」

「待て、誰か侵入者を見たものはいるのか? これは、阿修羅王が来たということか?」


 クベーラ王は阿修羅達がこの天車に乗り込むなど、到底不可能と考えていた。だが、鮮やかに機関室を奪取し、仏陀まで逃げ出したということは、やはりそういうことなのか? 俄かには信じられなかった。しかも阿修羅王の姿を誰も見ていないと言う。とすれば、他にどう考えればいいのだ?


「いえ、それが……。機関室にいる者も、不明であります……」


 何もかもがわからないままだ。一体何が起こっているのか。クベーラ王は最新鋭の戦車に乗りながら、カルマンの存在も珍しい道具のことも全く知らず、想像することもできなかった。


「どいつもこいつも役に立たん! 機関室に行くぞ!」


 怒りを鎮めることもできないクベーラ。まずはこの天車の心臓を守らなければと、青を基調にした洒落た武具を身に着ける。天界人の武具は軽くて機能性も高い。ここにも科学と技術、ついでに魔力を注ぎ込んでいる。

 颯爽とした姿でクベーラ王が一歩足をふみだした。そのときだった。


「クベーラ王! 阿修羅王が!」


 扉から転げるように入って来た部下の一人が、クベーラ王の御前に(かしず)いた。


「阿修羅王が突然現れました! 只今戦闘中です!」

「あやつ、一体どこから……。やはりこの騒動はあいつの仕業か! よし、俺も行く! 案内しろ!」


 クベーラ王は機関室を諦め、阿修羅が現れた場所へ向かうべく自室から勇まし気に出て行った。


「ふうん。小娘がここにね。面白いじゃないか」


 その後ろ姿を見送る妖しい目をした美女がいた。シュリーだ。

 ダイナマイトボディを自慢するように、胸元を大きく開いた中華ドレスのような服を身に纏っている。美しい体のラインはくっきり表され、両サイドに入った深いスリットからは長くて細い脚が惜しげもなく披露されている。


「クベーラには悪いけど、ちょっと横取りしてやろうかな」


 右手に持つ、ふわふわの玉がついた扇子をあごに押し当て妖艶な笑みを浮かべた。 






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