第十八話 急転
カルマンによって既に機関室は制圧されている。『黄金の天車』の全ての機能はカルマンに制御された。仏陀の部屋のバリアもロックも既に解除。そしてこの機関室の扉も認証が書き換えられ、外から誰も入ってくることは出来なくなった。ただし、今ここにいる連中を除いて。
「こいつら、阿修羅のところの! 早くクベーラ様にお伝えしろ!」
ロックダウンする前に侵入してきた連中のなかで、位が高そうなやつが叫んだ。
「それは無理や! もう全ての機器は俺が手中に収めたで。あんたらの通信も全部こっちが抑えたったわ! ついでに言っとくと、この部屋には俺特製のバリアはったから、術も利かんで!」
カルマンがキーボードを叩きながら笑った。全てのモニターに書き込まれていた文字は既に消え、カルマンのにこやかな顔があちらにもこちらにも映り笑い声をたてていた。
「く、こんのガキども!」
一方、自分達の姿が見えないまま、阿修羅達は天車の階段を昇っていた。ここは二階である。
「階段を見る限りでは、六階はありそうだな。全くなんでこれは浮かんでいられるのか」
「カルマンたち工匠は、技術とともに魔術も上手に埋め込んでますね。あの魔鏡もそうですが。多分この動力も魔力を利用しているのでしょう」
阿修羅の独り言のような疑問に白龍が答えている。阿修羅は魔鏡のことを考える。月。あの魔鏡は月のエネルギーを感じた。天界の神は、自然のエネルギーを司る者も多いと聞く。そういったものの力が使われているのだろうか。
そう言えば、阿修羅琴は……。阿修羅は何かを思い出しかけた。だが、その時。
「シッダールタ! 聞こえるか? 私だ!」
ふいに彼女の全身にシッダールタの意識が飛び込んで来た。カルマンが牢の結界を解いた瞬間である。
『阿修羅! おまえ、ここにいるのか?』
驚きの声をあげるシッダールタ。一体どうなっているんだ。牢の中では外の様子が全くわからなかった。術を練ることに専念していたのだが、思いもよらず、阿修羅達がここにやってきているという。
「今すぐ助けに行く。待っていてくれ!」
『いや、阿修羅、牢の鍵が開いているようだ。何が起こっているのかわからないが、クベーラ達もすぐに気が付くだろう。私もそちらに向かうから、無理をするな』
仏陀はそっと扉に近づくと、前にいた見張りを物理攻撃で倒した。ついでに武器も手に入れる。
「わかった、私達は今、二階にいる。途中で落ち合おう」
天車の中は俄然慌ただしくなってきた。リュージュ達は首尾よくできているだろうか。仏陀とコンタクトが取れたという事は、機関室への侵入は果たせたはずだ。だが、まだ通信機には声が届いてこない。とにかく仏陀に会うまではこのまま消えていた方が良さそうだ。阿修羅は白龍の気配を感じながら先に進んだ。
場面を機関室に戻す。リュージュは冷静に彼らの動きを見る。みなそれ相応の手練れのようだ。だが……。
「うわあ!」
長い槍を振り回して兵士がリュージュに向かってきたが、さらりとそれを躱して足をひっかける。男は勝手に何かの機械に突っ込んでいく。カルマンが手を加えたのか、兵士はびりびりと痺れてそのまま力尽きた。次の刃で矛を持つ大男の攻撃を防ぐと腹に蹴りを入れ、容赦なく叩き斬る。
機関室は機械や机がびっしりで動きにくい。そこをリュージュは器用に飛び跳ねると、敵を次々と粉砕した。
「おりゃあ!」
最後のリーダーらしき兵士に片刃の剣を思い切り振り落とす。兵士は自慢の大剣をリュージュに触れさせることもできず、あっさりと床に崩れていった。
「ふう。片付いた! カルマン、阿修羅と連絡取れるか?」
「行けるで! 中からのバリアは今解いた!」
おそらく既に仏陀との交信ができているはずだ。だが、敵も気が付いて動き出しているはず。
「阿修羅! こっちは制圧した。すぐにそっちに向かうから!」
リュージュは通信機を使って阿修羅と白龍に声をかけた。
『リュージュ! よくやった! 今、シッダールタと落ち合うところだ。四階にいる!』
阿修羅のよく透る声が鼓膜に響く。良かった。向こうもうまくいってるらしい。
「了解! 今行く!」
だが、その時だった。自分自身に異変が起きた。
「え? 今、今なのか!?」
「リュージュはん! どうしたんや!?」
リュージュの悲痛な声に振り向いたカルマンが、驚きの声をあげる。リュージュの体がだんだんと透けてきている。もう体の向こうの部屋の壁が透けて見えるほどだ。。
『リュージュ!? 返事しろ?! 何があった?』
インカムの向こうから阿修羅の心配そうな声が聞こえてくる。
「すまん、俺……」
カルマンがリュージュに駆け寄って手を掴もうとするが、実体がなくなってつかめない。
「リュージュはん!」
「俺、もう次の転生が決まったんだ! 人間界に戻らなければならない! 黙っててごめん! カルマン、白龍、阿修羅をたの……」
床にリュージュの剣が叩きつけられる、乾いた金属音が機関室に響いた。そのたった一本の片刃の剣を残して、リュージュは消えてしまった。
どうなる!?