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第十三話 恩人




 修羅王邸の裏手には、屋敷から続いている倉庫のような建屋があった。ここに来てから、阿修羅も他の面々もそこには興味がなく、放置されていたところだ。吹き抜けの3階建てほどの大きな建物で、中にはガラクタとしか思えない機材と材料と思しきものが所せましと置いてあった。埃がたかってはいたが、トバシュにとっては宝の山に見えたようだ。


 今、そこでは必要な材料をかき集めたトバシュが作業をしている。隣ではリュージュもその手伝いをしていた。埃っぽいので、テラス側の扉を全開にし、修羅王邸庭園の緑の匂いが倉庫の空気をリフレッシュしていた。


「いやあ、この工房はすげえや。ワシの家よりいい機材が置いてある」


 この建屋を見つけたトバシュはそう言って感嘆の言葉を漏らした。機材は申し分ないし、材料もそこそこここに揃っている。不足していたものも、天界が全て用意してくれた。ただし、ここにトバシュがいることはまだ伏せてある。


「あしゅらきん? なんじゃろう。でも不思議と知ってるような気がする」


 クベーラ王が欲したものについて、トバシュは頭をひねる。


「多分、琴なんじゃないんかな。そんな気がする。こう、腕に乗せて引く竪琴みたいなやつじゃ」


 と、左手に何かを持つような身振りを加える。

 竪琴ねえ。リュージュはそう言われてもピンとこない。楽器の名前になんで阿修羅の名前がついているんだろう。本人は覚えがないと言っているし。わからないことだらけだ。


「時間がない。早いとこ、おまえの兄貴を探してくれ。師を取り戻すのに、あの天車に行かないと」


 リュージュにせっつかれてトバシュは手を速める。不可思議な機械に材料を放り込むと、ガチャガチャと騒がしい音が工房に響き渡った。

 カルマンを探す鍵はただ一つ。彼がいつも持っている大切な道具、それを探せばいいとトバシュは考えていた。それは不思議な見えない波をだすのだ。その波を捕まえることができれば、兄と交信できるはずだ。


 兄のカルマンも逃げてはいるが、天界が大騒ぎなっている今、出てきても大丈夫だろう。何となくではあるが、この人たちは信じられる気がする。トバシュはいつの間にかこの館の連中にシンパシーを感じるようになっていた。


「よし、こちらはこれで良し! リュージュさん、この受信機(兄者ホイホイ)持っとってくれますか? 赤い光が着いたら、わしを呼んでください。わしはリュージュさんのご依頼のもん、つくりますんで」


「あ、兄者ホイホイ?」


 そう言うと、手のひらサイズの丸い物をリュージュに渡した。そして、再び散らばった材料を前に没頭しだした。ちなみにトバシュにネーミングセンスはない。


「はやっ! これで、おまえの兄貴と連絡とれるのか?」


 リュージュは掌の上に乗せた丸い鏡のようなものを見つめた。それには細かい格子の模様が入っていて、今はその真ん中に、青い光が点滅している。早く赤くなれ! リュージュは逸る心そのままに、受信機を見つめた。




 一方、阿修羅は修羅王邸の武道場に一人でいた。剣の修練に時々ここを使うが、最近は実戦も多いし、庭でやることも多くなって、あまり来ていなかった。

 彼女が初めてここに来た時、あの剣を見つけたのだ。トバシュが鍛えたという、阿修羅ご愛用の剣だ。先代の修羅王が使用していたというが、トバシュは売った覚えがないらしい。しかも名刀のはずなのに、名前もない。工匠が打ったものなら、当然名も付けるだろうに。


「おかしなことばかりだ。私も修羅界の王になるとき、先代のことなど全く興味がなかったが。今となっては知っておいても良かったかな」


 阿修羅は来た時から置いたままになっている、防具や武器を見て回った。それは特に変わったこともなく、今も修羅王軍が来ている鎧や肩当て、すね当て、剣に槍といったたぐいだった。


 しかし、クベーラが仏陀を拉致までして欲しがる阿修羅琴とはいったいなんなのだろうか。あの男も四天王の一人だ。事の重大さを十分に理解しているだろうに。それほどに価値があると言うのか。阿修羅は考える。

 いや、まだ腑に落ちない。何かある。先代もここで誰かと剣を突き合わせたのだろうか。あの剣は刃こぼれも全くなく、まるで生まれたばかりのように美しい剣だった。私は惹かれるようにあの剣を手に取った。


 阿修羅は剣を鞘からそっと抜くと鏡のように自らの姿を映す刃を見入る。


 あっ……?


 磨き込まれた刃に自分の姿が映っている。流れるような黒髪をつむじのあたりでまとめ上げ、きりりとした眉、切れ長の瞳を長い睫毛が形どる。鼻筋は美しいラインを作り、薄すぎず厚過ぎない形の良い唇は鮮やかな桃色を放っていた。


 変だな。剣を見ていると、別の誰かに見られているような気分だ。この剣に映っている私を誰かが見ているような……。


 阿修羅は後ろを振り向く。だが、そこには誰もいない。いつも通りの武具が立ち並ぶ壁があるだけだった。


「阿修羅! ここにいたのか! カルマンが捉まりそうだぞ!」


 どこか異次元にでも行った感覚に陥っていた阿修羅は、リュージュの声で現実に引き戻された。


「わかった! 今行く!」


 何かわかるかと思ったが雲をつかむような話だ。それよりも仏陀(シッダールタ)を救出しなければ。阿修羅は気持ちを切り替え、リュージュと一緒にトバシュの待つ場所へと急いだ。


「兄者! 今どこにおるんだ?!」


 修羅王邸裏手の倉庫。今はトバシュの工房に駆け付けると、既に白龍とクルルもいた。トバシュが丸い物体に向かって叫んでいた。


『なんでやねん。おまえ、なんで俺を探すんや。俺はおまえが捕まったから逃げてたんや。おまえはもう無事なんか?』


 どこの方言かわからないが、丸い物体、『兄者ホイホイ』の向こうからマシンガンのようにまくしたてる声がする。トバシュのそれより幾分高い声だ。


「兄者、兄者の造った『黄金の天車』が大暴れしとるんじゃ。それにわしの恩人の大事な人がさらわれとるから、助けてやって欲しいんじゃよ」


 トバシュに恩人呼ばわりされるとは、修羅王邸の面々は顔を見合わせる。阿修羅がトバシュの肩に手をかけた。


「カルマン。私は修羅界の阿修羅王というものだ。貴様が製造したという『黄金の天車』、凄いものだな」


『ええ? 阿修羅王? トバシュは阿修羅王のとこにおんのか? いえ、あ、初めまして阿修羅王様……。お、おほめに預かりまして……』


「黄金の天車は、今、亜空間にいる。どうしてもその位置を知り、天車に行かなければならない。時間は限られているのだ。おまえにそれが出来るか? 出来るのであれば、是非力を貸して欲しい。天下の名工、カルマンなら可能であろう。聞き届けてくれないか。私からたっての願いだ」


 凄い……。そこにいた全員が思った。阿修羅がこんな風に王様風を吹かすことなど見たことがなかった。まるでいつもの戦闘フェチとは別人のように威風堂々、貫禄があった。


『なんで天車をお探しなんですか?』


「天車を梵天から賜ったクベーラ王が、人間界から人をさらって逃げている。この世界で最も大事な人だ。私にとっても……大切な人だ。どうしても助けたい」


 カルマンはしばし黙った。『私にとって大切な人』。事情はわからないが、阿修羅の言葉に嘘がないように思った。弟のトバシュも抜けているようで人を見る目だけはある。恩人と言っていたし……。


『承知しました。すぐそこに行きましょう。トバシュ!』


 みんながホッとして顔を見合わせた。


「は、はい! なんだ兄者!」

『修羅界のおまえの屋敷にしか俺は行けへん。そこに迎えに来てくれ』

「阿修羅王?」


 トバシュが阿修羅の顔を懇願するように見る。それを受け取った美少女は頷くと口を開いた。


「カルマン、承知した。白龍、場所はわかるな? すぐに飛べ!」




つづく


ネーミングセンスが悪いのは作者です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 剣にも何か秘密がある? 思えば元々居た修羅王は何故居なくなったのか…… 物語に引き込まれすぎて、その辺りを失念していました。 いや、作者の思う壺に嵌まり込んでおりました。頭からすっぽりと……
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