第十二話 解けないパズル
修羅王邸の庭に黄金の宮殿が現れたのを、クルルとトバシュは屋敷のなかで茫然と見ていた。
「凄い……。あんなものが空を飛ぶなんて。僕初めて見たよ……」
「ワシも飛んでるのは初めて見たのぉ。やっぱ、兄者はすげえ……」
何気なくトバシュが言う。そのまま聞き逃してしまいそうになった。
「え? なに? 兄者って、どういうこと?」
「あん? あの『黄金の天車』は、ワシの双子の兄者、カルマンが造ったんだよ」
あんぐりと口をあけるクルル。自分の連れてきた逃亡者は、やはり只者ではなかったようだ。
顔面蒼白で屋敷に戻ってきた阿修羅達にとって、これは願ってもない朗報だった。
「トバシュ、おまえの兄、カルマンはどこにいるのだ。すぐにここへ呼べ!」
胸倉を掴む勢いで阿修羅が迫る。四人が四人とも熱すぎる眼差しを向けてくるので、トバシュはややのけ反りながら答えた。
「あ、兄者も行方がわからんで。ワシが修羅界に堕とされてから、自分も危ないと思って消息と断ってしまったもんで。ワシとも連絡を取ってないんです」
「おまえくらいの技術があれば、できるだろう? なんか材料がいるなら、すぐに取り揃えてやるよ」
リュージュも前のめりになって畳みかけた。
「あ、ああ、やってみるよ。リュージュさん、あんたの頼みとどっちが優先かの?」
「あんたのって、何ですか?」
白龍が聞き捨てならないとばかりに口を挟み、ついでにリュージュを睨む。だが、リュージュはそれには怯まず、
「え、いや。トバシュ、両方同時で頼む。こっちも急ぎだ」
と応じた。トバシュは「材料さえあれば、大丈夫」と頷きながら答えている。
「どういうことか? リュージュ、今は非常事態だ。おまえ、勝手にトバシュに何か頼んだのか」
もちろんそのまま聞き流してはくれない。阿修羅が厳しい顔つきでリュージュに問いただした。
「今は説明している時間が惜しい。トバシュ、行くぞ。材料を集めよう」
それでもリュージュは何も答えず、さっさと席を立つとトバシュを連れて行ってしまった。
「おい! おまえ達!」
「阿修羅王、確かに今は時間が惜しいです。リュージュさんが急ぎで頼んだのですから、必要な物でしょう。彼を信じて、今はこちらも打てる手を打たないと」
阿修羅も白龍の言葉に思いとどまった。一日とは、人間界で言う一日のことだろう。それはものすごく短い時間だ。それまでに、おのれに身に覚えのない大切な物、『阿修羅琴』をクベーラに渡せと言う。阿修羅はあしゅらきんが、何を意味するのかも知らなかった。いや、思い出せなかったと言うべきか。
「天界のデータベースを見ても、載ってないのです。きんとは、琴のことでしょうか? それとも金?」
白龍がタブレットを眺めながら誰に言うでもなく声にしている。軍議室では、クルル、カルラ達も総出で『黄金の天車』の行方、カルマンの行方、阿修羅琴の正体などを調べていた。しかし、全く何の手掛かりも出て来ない。わからないことだらけだった。
「琴……」
阿修羅が再び考え込む。琴、小さな竪琴。月が照らす海のほとりで、鳴り響く美しい音色。私は誰かといた? ふいにそんな絵が浮かんだ。だが、その絵はシャボン玉のようにパチンと爆ぜて消えた。記憶を呼び起こそうと糸をたぐってみたが、切羽詰まった声に邪魔されて立ち消えてしまった。
「阿修羅王! 仏陀殿がクベーラ王に拉致されたとはマコトですか!?」
通信モニターに突如登場したのは、天界の最高神、梵天だった。丸い顔に汗をたんまり掻き、さすがに狼狽えている。
「梵天か。貴様も首を洗って待っていろ。シッダールタにもしものことがあったらただではすまん。帝釈天もろとも、ぶっ殺してやる」
脅しとも思えぬ阿修羅の言葉に、梵天は固まる。阿修羅は怒りの目を向け、画面越しに睨みつけて続けた。
「無事救出するに決まっているが、事と次第によっては、天界に総攻撃をかけてやるからそのつもりでいろ!」
「阿修羅王、それは! もちろん仏陀殿の救出にはこちらも手を尽くします!」
驚いた梵天が、なおも額に流れる汗を拭き拭き必死の形相で訴える。そのやり取りを自分で発しながら、阿修羅は不思議な近視眼的感覚を覚えた。だが、そのデジャブも泡のように消える。
「阿修羅王、クベーラは仏陀殿を拉致して、何か要求はあったのでしょうか?」
今朝のことは、今のところ修羅王軍内で戒厳令を敷いている。実際、クベーラの声を聞いたのは、あの場でクベーラと対峙した、数人だけだったが。
「そのことなんですが、梵天様、実は……」
「待て! 白龍」
白龍が阿修羅琴のことを尋ねようとした。それを察知した阿修羅は咄嗟の判断で止める。
「あいつは私に用があるらしい。その件は、天界には関係ない」
と言うにとどめた。
「ところで帝釈天はどうしている? あいつの部下の不祥事。まさか前線に出てないだろうな」
阿修羅は帝釈天の動向が気になった。仏陀の拉致からあいつの姿が見えない。どこで何をしているのか抑えておかなければならない。これは本能以外の何でもない直観だった。
「帝釈天は、亜空間に出て、黄金の天車の捜索をしております。見つけ次第、王にもご連絡しますから」
「梵天。一つ言っておこう。あいつを外に出したのは間違いだ。信用するな。おまえがもし、帝釈天の一味じゃないのならな」
「阿修羅王!」
阿修羅は一方的に通信を切った。胸に去来するなにか不確かな不安。これは一体なんなのだ?
一人唇に手をやり、深く思いを巡らせる阿修羅。白龍はその姿をじっと見つめながら、まだ足りないパズルのピースを組み立てていた。
つづく
登場人物、特に神様が増えてきましたので、近々、人物紹介をいたします。