第五話 動揺
修羅王邸のモニターに、衝撃の一瞬が映る少し前、クルルとトバシュは修羅王邸に向かうエレベータのような箱に入った。これが専用流道を通って館まで運んでくれるのである。
意気揚々と入ったはいいが、トバシュがその箱に入った途端、けたたましい警告音が鳴り響いた。
「わ! 何これ!?」
修羅王軍の技術を舐めてはならない。いくら見えないからといって、空気になるわけではない。予め設定された重量より明らかに重い場合、不審物ありと警告音が鳴るのである。
驚いたのはクルルだけじゃない。当然トバシュは飛び上がるほど驚いたし、操作をしていたカルラも何事と色めき立った。
「おじさん!」
クルルは名前をまだ聞いてないので、声の雰囲気だけでトバシュを『おじさん』呼ばわりした。
「誰がおじさんだ。トバシュじゃよ! トバシュ!」
めちゃくちゃテンパってる割には、そういうところには反応する。
「じゃあ、トバシュさん、僕を脅かして! 短剣か何か武器持ってる?」
え? 何それ? トバシュは狼狽えながらクルルの顔を見る。
「僕に考えがあるから! 早く! あ、姿を現さなきゃだめだよ!」
言われるまま、クルルの背後に回って袋の中にあった武器を首に突きつけてみる。こんなことは初めてなのでおっかなびっくりだ。しかし姿を隠したままだったので、これでは誰が見ても何が起こっているのかわからない。これまたトバシュはクルルの指示通り、さっさと輪っかを外してしまった。
これで出来上がったのが、修羅王邸のモニターに映った絵だ。
「クルル殿! こいつ、いつの間に! どこの誰だ?! おい、おまえ達、扉の前を封鎖しろ!」
警告音が本部の建物内を鳴り響く中カルラは部下に指示し、自分はモニターに向かって叫ぶ。
「おい、貴様は誰だ。クルル殿を傷つけたらどういうことになるか、わかっているのか?!」
いつも以上に緊張感を纏ったカルラの声は、操作室から直接クルル達にいる箱の中に聴こえてくる。そして同時にもう一つの場所からも声が届いた。
「クルルさん、これはどういうことですか?」
それは、こんな緊急時にも落ち着き払った白龍の声だった。彼は修羅王邸から声をかけている。箱の中では声だけだが、操作室のモニターには姿が見えた。先ほどの眼鏡は外しているが、いつもと違うヘアスタイル、ラフに髪をまとめている姿はなかなかレアで色っぽい。だが、残念ながらそれに気が付く余裕のある者はいなかった。
「あ、白龍。ごめんなさい」
「は、白龍殿! 申し訳ございません! 速やかにクルルさんを救出して、賊を捕まえます!」
カルラは白龍の登場にこれ以上ないくらい取り乱した。カルラからすれば、クルルは修羅王邸のペットである(間違っても戦士とは思っていない)。ペットに何かあったら飼い主は激怒するだろう。この状況はまずい! 修羅王邸の三人の怒りを買うなど、絶対に避けなければならないことだ。
いや、それよりもクルルは自分達にとっても可愛いところのある小動物だ(やはりペット扱いか)。助けなければ! こちらもトバシュ同様、かなり混乱している。
「スバーフ、行くぞ!」
警告音に慌てて駆け寄ったスバーフを連れ、幹部二人、自ら出陣である。
「あ、カルラさん、待ってください」
だがそれを白龍が慌てて止めた。呼び止められたカルラは修羅王邸からの映像を恐る恐る振り返る。そこには怒っているのかいないのか、表情が全く読めない白龍がいる。
しかも良く見ると、その後ろに阿修羅王とリュージュもいるではないか。後ろから、『なんの騒ぎだ?』『あれ? どうしたんだ?』とか声が聞こえてくる。カルラはそのまま気絶したくなった。
「箱を修羅王邸まで送ってください。構いませんから」
その外野の声を全く無視して、こともなげに白龍が言う。カルラは一瞬、聞き間違いかと首をかしげる。
「え? なんて申されました? そちらへ送れと言われましたか?」
「ええ、そうですよ。お願いします。えっと、そこの人!」
白龍が今度は箱の中のクルル達に声をかけた。後ろの二人も異論がある様子もなく、ニヤニヤしながらこちらを見ている。カルラは何が何だかわからなくなった。
「貴方、名前を教えてくださいますか?」
何が何だかわからないのは、箱の中のおっさんも同じだ。名前を問われてトバシュはキョロキョロする。こいつはもしかしてワシに聞いておるのか? 挙動不審のトバシュにクルルが囁く。
「おじさんの名前だよ。早く答えて」
「え? あ、ああ。ワシはトバシュじゃ! 工匠のトバシュ!」
頼みもしないのに、職業まで言ってしまうトバシュ。これでカードは揃った。クルルも白龍も片方の口角を上げ、にやりと笑った。
だが、トバシュの自己紹介を聞いて凍り付いたのは、言うまでもなくカルラ達だ。トバシュ。それは今朝、カルラが見回りで行方不明になったのを知った工匠に間違いない。そいつがどういうわけか修羅王軍本部に入り込んで、あろうことか阿修羅王のペット、クルルに刃物を突き付けている。
「もう、どうにでもなれ。お仕置きされるのも、きっと楽しいさ」
そう涙ながらに呟きながら、カルラは箱を送るボタンを押した。箱は音もなく視界から消えていった。不格好に短剣を構えるトバシュとクルルを乗せて。
つづく