第一話 黄金の天車
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久しぶりに阿修羅は天界を訪れていた。六界の警察、懲罰省にリュージュを伴い、梵天、帝釈天と会談である。
リュージュは白龍と約束した通り、阿修羅に同行してきた。護衛など拒否するかと思いきや、阿修羅は彼の同行に何も言わなかった。
懲罰省のある建物は、現在社会の都会に見られる高層ビルと似ている。十階建てのビルには格子状に窓があり、南側の部屋全ては光を取り入れ自然の明るさに満ちていた。
だが、阿修羅達がいる応接室は北側にあり、窓もない。人口の明かり(と言っても自然に近い光源)が部屋を包んでいる、機密保持重視の部屋だった。
「で、クベーラがいなくなったと聞いたが? もう捕らえたのか?」
相変わらず阿修羅は横柄な態度で二人を見ている。足も腕も組んで、飲み物には一切口を付けない。毒が入ってるかもしれないと言わんばかりだ。
リュージュは阿修羅の背後で護衛よろしく突っ立っていた。今日は武骨な鎧ではなく、襟の詰まった軍服に似せた衣装を着ている。一応天界の神に会うのだから、失礼のないよう正装である。縦にボタンが並んだ長めの上着、その下に裾を絞ったパンツといった出で立ちだ。
「これは手厳しいですな。残念ながら、クベーラの行方はまだわからないのです。お恥ずかしい限りです」
梵天が帝釈天を睨みながらそう言った。ふくよかな体をふんわりと足首まで包む衣。ソファーに座るその姿はお鏡餅のようだ。
その隣では梵天に睨まれた帝釈天が、居心地の悪そうな顔をして座っている。それでもじゃらじゃらと重そうな宝石は今日も自己主張をして鬱陶しい。
「クベーラは亜空間に逃げていると思われます。鋭意探索しておりますが、ご存じの通り亜空間は際限ない場所ですので……」
苦し紛れの言い訳を帝釈天がしている。
「黄金の天車か。貴様が贈ったものだろう。梵天」
「阿修羅王の言う通りです。奴は屋敷ほどの大きさのある天車で逃げております」
黄金の天車。それは梵天がクベーラに贈った規格外の大きさの車である。天車はその名の通り、空を翔ける車だ。
クベーラは阿修羅達が宝賢の屋敷に潜入したのと時を同じくして、その車を駆って亜空間に入り込んだ。移動できる館のようなものだから、そこには彼の部下たちもいるのだろう。
クベーラ王は梵天のお気に入りだった。だが、本当のところそれは正しくない。梵天のお気に入りだったのはクベーラ王ではなく、その妻だ。
カリティも美女の誉れ高い女神だったが、クベーラ王の妻は格が違う。天界にあって唯一、幸福、美、富の全てを象徴する女神だった。
そしてもう一つ、カリティとは大きく違うところがあった。それはクベーラ王の妻でありながら、多くの神々と関係を持っていたことだ。その中に梵天、帝釈天の名があったことは言うまでもない。
梵天は彼女の気を引くために、天車を送ったのである。この美しき浮気な女神は名をシュリー・マハデーヴィといった。
「やはり、今回の黒幕はクベーラだったのか?」
「そのようです。捕らえた八大夜叉将軍の、応念夜叉、衆徳夜叉からも裏が取れています。全く面目ないですな」
帝釈天はいつもの慇懃無礼な言い方で応じた。本心から面目ないと言っているのか怪しいものだ。
リュージュは座っていても自分の身長とあまり変わらない帝釈天を背伸びまでして見下ろしている。それをちらりと帝釈天が見咎めた。
「時に、今日は何故お一人でないのです? しかも白龍殿でない御仁を連れられて」
阿修羅とリュージュの顔を交互に見、帝釈天は口元にいやらしい笑みを残して尋ねた。本当にいけ好かない奴。阿修羅は背筋に悪寒を感じながらそう思う。
「不都合でもあるか? 天界も物騒だからな。鬼が出るか蛇が出るか、わかったものじゃない。白龍を連れてきて欲しかった貴様には悪いが、癒しの術が使えるこいつの方が供に相応しいのでね」
阿修羅の言葉にリュージュはさらに背伸びする。売り言葉に買い言葉であったとしても、自分のことを必要としてくれた。素直に嬉しい。
「ああ、そうでしたな。先日の宝賢、満賢との戦いでも、貴方の癒しの術がなければ危なかったとか。なるほど。竜王ナーガの守護者と聞きましたが?」
今度はリュージュに声をかけてきた。どうにも油断ができない男だ。リュージュはどう返していいかわからず口ごもってしまう。
「それがどうかしたか。貴様に手の内見せるのはどうも嫌だな。梵天、他に話がないなら失礼する」
固まるリュージュを助けるように阿修羅が応対すると、席を立とうと腰を浮かす。慌てて梵天と帝釈天が立ち上がった。
その様子を見たリュージュは改めて驚く。天界の最高神梵天とナンバー2の帝釈天。その二人をまるで部下のようにあしらう阿修羅。
元は人間界の兵士に過ぎない彼女にどうしてそれほどの力があるのだろう。仏陀の命を助けたことがこれほどに重要視されるのか?
「クベーラ王の行方は必ず探し出します。阿修羅王はしばらくゆっくりされて下さい。修羅界もずっと落ち着くでしょうから」
梵天がとりなすように声をかけた。その隣に帝釈天は不自然な笑顔を貼りつけながら並ぶ。
ここの応接室はいつもながらのキツイ香が充満して、阿修羅は長くいられない。これはもしやわざとか、と思えてきた。
「梵天様。後は私がお見送りしますから」
阿修羅が部屋を出ていこうとしたとき、背後で帝釈天の声がした。リュージュはそれを怪訝そうに見る。お見送りなど必要ない。何か話があるのだろうか。
彼は夜魔天の話を思い出していた。『帝釈天には気をつけてください』。リュージュは俄かに緊張を覚えた。
「阿修羅王、少しお話が」
案の定、応接の間を出るなり帝釈天が阿修羅を呼び止めた。だが、彼女は鋭い視線とともに一言。
「私はない」
と、けんもほろろに返したが、そんなことでは諦めない帝釈天である。
「仏陀殿のことでございます」
「シッダールタの? 何かあったのか?」
阿修羅にとっての殺し文句だ。聞かないわけにはいかない。リュージュはむっとして帝釈天を睨んだ。帝釈天はそれにも意を介さず。
「ご存じとは思いますが、仏陀殿は今、人間界で危うい立場におなりなのです。片時も人間界を離れる事難しく、阿修羅王もお寂しいのではと」
「余計なお世話だ! 殺されたいのか、貴様」
よほど気に障ったのか、阿修羅は最後まで聞かずに怒鳴った。そして殺気を隠さず帝釈天にぶつける。
「いえ、失礼しました。そうでしたな。お二人の絆がこんなことでどうにかなるはずもない。仰る通り余計なお世話でした。ただ、心配されているのではと思いまして」
一体こいつは何が言いたいのだ。阿修羅は小さな体いっぱいに怒りを表している。彼女がずっと仏陀と連絡が取りづらく、顔も見せなくなったことを気にしていないわけはない。
その気持ちを逆なでするこの男。何を知っていると言うのだ?
「それくらいにしてくれませんか。俺ら、もう帰るんで」
帝釈天の言いように、さすがに頭にきたリュージュが口を挟んだ。先ほどの口ごもっていた時とは違い、阿修羅を守るためなら勇気が出る。強気の言葉もついて出る。
「阿修羅、行こう」
「ああ。帝釈天、もうここでいい。おまえの話は聞くに堪えん」
自然にリュージュが阿修羅の肩に手をふわりとかけた。それに呼応したように二人は一瞬目を合わせると、修羅王邸に繋がる流道の入口へと足を進めていった。
視界から遠ざかっていく二人の後ろ姿を眺めながら、帝釈天は独り言つ。
「リュージュか。無害と思っていたが、力といい存在感といい、急に成長してきている。癒しの術も強力すぎるうえに、阿修羅の心の支えとなってきているようだ。……邪魔だ」
良からぬことを考えているのか、帝釈天は両手を組むとバキボキと指を鳴らした。
つづく
これからもガンガン行きます!
よろしく!
イラストは@神谷吏祐先生
ロゴは@草食動物様からの頂き物です!
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