第一部 最終話 エピローグ
第一部完結です。
一連の修羅界の騒動がひと段落し、修羅王邸は静かな日々を迎えていた。そんなある日、地獄界から夜魔天が訪れる。
いつかのお礼も兼ねて、白龍が腕に寄りをかけてのご馳走を振る舞っていた。
「そうか、やはり夜魔天が動かしてくれたのか」
そう言いながら客の夜魔天よりも食欲旺盛な阿修羅は、大好物の唐揚げを美味しそうに口に運んでいる。リュージュは話よりも食べることに集中し、既に大半の料理を平らげていた。
「唐揚げは何となく共食いっぽいからいらない。僕はお豆のサラダがいいな」
「何でも好きなものを食べればいいですよ」
クルルはそのまま修羅王邸に残った。カリティが散支の館に帰るとき、クルルはここに残り、阿修羅王のお手伝いをしたいと言ったのだ。『阿修羅王の』、と言うとき、なぜかその視線の先には白龍がいたのだが。
少し寂しそうなそぶりを見せたカリティだったが、そんなことより子作りに勤しみたかったのか、サクッと二人で帰ってしまった。
クルルも交えての食卓、夜魔天も白龍の手料理に「旨い、旨い」と舌鼓を打っている。まるで家族のような、実に和やかである。
「まあ、散支の記憶でかなりのことがわかりましたからね。動かぬ証拠を持って帝釈天殿と梵天殿に直談判に行きました。梵天殿はともかく、帝釈天は成敗する気があるのか怪しいものでしたからね」
「あの方は、腹の内が読めませんね」
白龍が夜魔天のお酒を継ぎながら話に入る。
「そのとおりです。でも、今回は他にも情報があったのでね」
意味ありげに夜魔天が続ける。脂でべたついた指をお絞りできれいに拭うと、次いでもらった酒を喉を鳴らして注ぎ込む。いずれにせよ、今日の夜魔天は上機嫌だ。
「他の情報?」
阿修羅は気になり、箸を置く。そして無意識に新しく付けた髪飾りを右手で確認した。この髪飾りは、今日夜魔天から贈られたものだ。以前のものとそれほど変わってはいないが、金地に赤い宝石と緑の宝石がセンス良く並べられた可愛らしいものだった。夜魔天の少女趣味が窺われた。
「天界から、神が一人行方不明になっています」
「行方不明? 誰のことだ」
夜魔天は食べているものをすっかり噛み下してからゆっくりと言った。
「クベーラ王です。天界軍、四天王の一人です」
「何!」
阿修羅の顔色が変わる。クベーラ王、別名、多聞天。阿修羅は時々天界に足を運ぶが、大抵クベーラは北の門にいた。北を守る守護神なのだ。誰もがこの神の存在を知る。それほどの重要人物が行方不明とはただ事ではない。
「帝釈天はどう言っている」
「何も。でもその件があったので、先日何も言わずに軍を出したのです」
痛い腹を探られたくないという事か。ひとり言のように阿修羅は口にする。そして、ゆっくりとソファーの背に自らの体を埋もれさせていく。目の先に、高い天井に吊り下げられた趣味のいい照明があった。それを何となく視界に入れながら、阿修羅は呟いた。
「これは……まだまだ終わりそうにないな」
同じ頃、天界では帝釈天が誰かと話をしていた。場所は自分の屋敷『善見城』である。天界ナンバー2に相応しいその屋敷は、要塞と呼んでもいい塀に囲まれたまさに城である。広大な敷地には森や湖、山まである一つの国と言ってもいい。
何百とある部屋のなか、帝釈天の私室の一つに二人はいた。天界の神が好む絹のような長い衣を纏い、青い帯を締めている。もう一人は身軽な戦闘服に身を包み、足元は裾を窄めて長靴を履いていた。
「それで、少しは何かわかったのか?」
「以前お知らせしたとおり、修羅王邸には、それらしきものは何もありませんでした。ですが、阿修羅王の剣を打った武器職人の所在がわかりました」
「武器職人? それが何か関係あるのか」
あからさまに不満そうな声を帝釈天は上げた。どうしてここに武器職人が出てくるのか、話が繋がらないではないか。
帝釈天に報告している人物は、懐から割れた丸い鏡を机の上に置いた。あまり体の大きくないところから察するに、神やら王ではなさそうだ。天界軍の諜報部隊だろうか。
「これは! 宝賢が持っていた魔鏡『雷光』か! もう使えないのか?」
一転、目を輝かして手に取り眺めまわすと、惜しそうに声を漏らす。
「残念ながら、魔鏡の方はもう。ですが、お聞きください。それも剣と同じ手のものによって作られたのです。ですから、帝釈天様がご所望の物も恐らくは」
帝釈天は魔鏡に落していた視線を再び報告者に向けた。その目は言葉を語るよりも多くを語っていた。光明が差したとばかりに片側の口角を上げた。
「なるほどな。よし、そいつをすぐに捕らえよ」
「御意」
「あ、おい、待て」
足早に去ろうとする報告者の背後に、帝釈天は努めて声を低くし念押しする。
「誰にも気づかれるな。阿修羅王には特に……。それからシュリーにも油断するなと伝えてくれ。仏陀を甘く見るなと」
報告者は無言のまま頷くと、静かに姿を消していった。
一人になった帝釈天は、手に残った魔鏡を眺めた。割れた鏡に映る自分の顔は無数に分かれ、醜く歪んでいる。ふっと息を吐くように笑うと、手のひらの上で一瞬にして魔鏡を粉々した。魔鏡は塵となって空中を舞い、やがて跡形もなくなる。
「必ず手に入れてやる。おまえも、おまえの大切なものも」
帝釈天は長い裾を翻すと部屋を後にし、長い廊下を歩いていった。
第一部 八大夜叉大将編 完
第二部に続く
イラスト@神谷吏祐先生
ロゴ@草食動物様
最後までお読み下さりありがとうございました!
第一部はこれにて完結となります。
第二部までしばらく更新をお休みさせていただきます。ご了承ください。
現在、より一層皆様に楽しんでいただくよう、鋭意練り込んでおります!
どうぞお楽しみにお待ちください。
ありがとうございました!




