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第四十三話 ウチへ帰ろう



 生きてきた中で、いや、もとい、人間として生きてた間と修羅界で過ごした全てのなかで、これほど居心地が悪いのは初めてだ。リュージュは喉がカラカラになり、額に冷や汗が流れるのを感じている。

 

 確かに俺は阿修羅にキスしたよ。でもあれは不可抗力だし。とはいえ、まあ、長い事……してたかな? いやいや、悪い事したわけじゃない、多分。あ、そう言えば、俺、こんな時にちゃっかり告白してたな。ははは。まあ、もう言わなくても誰もが知ってたことだし。どうだろ、阿修羅、忘れてんじゃないか。いやいや、忘れられるのは嫌だな。これってもしかしてヤバイ状況? 俺って地獄行き? 


 リュージュは二人がバルコニーに降り立つわずかな時間に、ついさっきの阿修羅との出来事を脳内で|

反芻はんすうした。一人で上げたり下げたり、その表情もにやけてみたり落ち込んだり忙しいことだ。

 最後の『地獄行き』は、仏陀から言い渡されていたことだ。『阿修羅に手を出したら、地獄へ落とす』と。


「みんな無事でよかった。リュージュも活躍したようだな」


 仏陀の声がする。耳では聞こえているのだが、何を言ってるのか脳が感知しない。何も言葉にできず、微妙な表情を笑みに変えるのが精一杯だ。


「阿修羅王、怪我はもう大丈夫ですか?」


 いつの間にか仏陀はバルコニーに降り立っている。白龍も人型に戻っていた。二人してよそよそしい態度が針のむしろに座っているかのように痛い。


 そんなリュージュをじーっと見つめるものがいた。当の阿修羅である。髪飾りが宝賢(ほうけん)の攻撃で破壊され、髪は長くおろしたままだ。そのせいかいつもより幼く見える。仏陀が阿修羅に何か言いながら、頭をポンポンと叩いている。その話を聞いているのか聞いてないのか、阿修羅はリュージュを見ていた。


『堂々としろ』


 その瞳はそう語っているようだった。ふっと一つ短い息を吐くと、リュージュは話の輪に入った。まだ右手と右脚が同時に出る感じではあったが。


「お師匠様、駆けつけてくださりありがとうございました。白龍も。迎えに来てくれてありがと」


「いや、よくやった」「礼には及びませんよ」


 仏陀と白龍が同時に応じた。二人ともわだかまりがないわけではないが、実際この危機を乗り越えたのは、阿修羅とリュージュがぎりぎりのところを踏ん張ったおかげだ。もちろん二人の間に何があったのかは、敢えて突っ込まなかった。


「さあ、私はもう人間界に戻らないといけない。これから説法の時間だ」

「え? そうなのか。随分急ぐのだな」


 今まで口数少なかった阿修羅が声をあげた。その少し寂しげな声にリュージュは複雑な想いを宿す。


「悪いな……。今、人間界(あっち)も大変なのだよ。ちょっと訳ありでな」


 そう言うと、本当にあっという間に仏陀は去ってしまった。『訳あり』という言葉が阿修羅の心に(よど)んだ塊のように沈んでいく。その塊は二つの目を持っていて、阿修羅をじっと見つめている。

なんだか今までとても近くに感じていた彼が少しずつ離れていく。そんな気がした。そして……。


「俺たちも修羅王邸(ウチ)に帰ろう。風呂に入りたいや」


 その心の(よど)みを暖かい体温で溶かすようにリュージュが声をかける。


「ああ、そうだな。カリティ様やクルルが待っているしな」


 気が付くと、天界から派遣されてきた処理部隊が宝賢や満賢の動かない体を運んでいる。彼らもまた、天界の独房で監視下に置かれる。残りの夜叉大将を処分すると言っていたがどうするのだろう。


 いずれにせよ、リーダー格の宝賢、満賢がこの有様だ。天界軍がでてきて逆らうことはないはずだ。速やかに『処理』されるだろう。


 阿修羅にはまだ腑に落ちないことがいくつもあった。だが彼女もまた十分に疲弊していた。何も考えず眠ることへの欲求に勝てず、修羅王邸へと戻っていった。


 何度も息の根を止められかけた長い夜がようやく終わりを告げた。




 翌日、修羅王邸に夜魔天が散支(さんし)夜叉を伴ってやってきた。修羅界での捕り物は、滞りなく終わったようだ。


 修羅王邸で二人が来るのを待ちわびていたカリティが、散支の姿を見止めるとすぐに駆け寄り抱きついた。


「散支様! 会いとうございました……。よくぞご無事で……」

「カリティ、すまなかった。私が不甲斐(ふがい)無いばかりに。そなたの事を思わない日はなかった」


 二人は長い時を経て、ようやく再会できた。その喜びに人目も気にせず見つめ合い、涙、涙で抱き合っている。


「散支様、わたくしは子供が欲しいです。子供をたくさん産んで、幸せに暮らしとうございます」

「そうだな。そうしよう。おまえと私と子供と、笑顔あふれる暖かい家庭を作ろう」


 完全に二人の世界に入った散支とカリティは、いつまでも泣き笑いしながら言葉を繋ぎ、お互いの肌のぬくもりを確かめ合っていた。


 そんな二人の様子を修羅王邸の面々は遠巻きに眺めている。


「子供かあ」


 と独り言ちるリュージュに、白龍が釘を刺すような目で見る。慌てて、「いや、他意はないから! ほんとに!」とリュージュが顔の前で手を振ってみせたのはご愛敬である。



 散支夜叉の奥方、カリティは、のちに鬼子母神と呼ばれる女神である。実際この後、散支との間に五百人もの子供を授かる。その子供たちを育てるための栄養として、多くの人間の子供を喰らい恐れられるのはさらに後の話である。





つづく


※鬼子母神は、結局仏陀に諭されて改心します。


次回はエピローグとなります!

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― 新着の感想 ―
[一言] か、カリティ((( ;゜Д゜))) 子供産みすぎじゃ? え?天界ってそれが普通なの? なんか良さげな女の人だったのにww
[一言] か……カリティ、恐るべし……
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