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第四十一話 決着




 魔鏡『雷光』に音はない。だが、それはまさに光を(まと)った魔獣が咆哮(ほうこう)するごとく、標的に向かって放たれる。神速の一撃は一直線に阿修羅を捉えている。


 阿修羅は己の剣を刃ではなく、背を正面に据えた。裏側には燃え(たぎ)る阿修羅の瞳を映している。


 「うう!」


 『雷光』は阿修羅の剣に、まるで荒れ狂う泥流が大河に流れていくように吸い込まれていく。その怒涛の衝撃に耐えようと阿修羅は懸命に体を支える。集まれ切れずにはみ出た光の槍が阿修羅の腕や頬を傷つけ、不気味な音とともに血を吹き上げた。


「阿修羅! 一人で何やってんだよ!」


 阿修羅のもとに駆け寄ったリュージュが背後に回り、彼女の両手首を掴み全身で支える。同時に痛みを引き受けた。二人のオーラが(たぎ)りあう。赤と青の競演だ。


 雷光が剣に阻まれている様に宝賢(ほうけん)は血の気が引き真っ青になる。


「な、なんだとぉ!」


 剣に吸い込まれた光は、再び反射という作用で外へと放出される。二人の気が同調して光の魔獣を押し返す。


「い、行けえ!」


 シンクロした声とともに、魔鏡『雷光』から発せられた光の刃は、同じ威力で術者へと返された。


「うむう!」


 光が宝賢の体を()じり掴む。熱傷にやられたような激痛が走る。じりじりと自らの体が焼け落ちていくのを両の目で捉える。


「な……なぜだ……」


 体を自らの雷光によって引き裂かれながら、宝賢の脳裏にはっきりとした光景が映った。光を(まと)ったカリティの姿だ。初めて彼女と会ったあの日。ゆうるりと運ぶ小舟の上で、水面の光の全てを我が物にしたかのように彼女は輝いていた。


 俺はその光を永遠に独り占めしようと思った。出来ると思った。愚かなことだ。光に殺されるのも因果応報なのか。

 

「う、うわああああぁぁぁ!」


 宝賢の断末魔が空をつんざく。身体と共に心も引き裂かれたその悲鳴に、空気が切り裂かれるような音をたてて震えた。





 阿修羅の剣は元々修羅王邸にあったものだった。

 天界から修羅王の命を受け、修羅界(ここ)へ降りてきた阿修羅は、とりあえず自分のねぐらになる屋敷へとやってきた。それは中世欧州の城のように、凝った彫り物が施される大邸宅だった。


 中へ入ると、驚くほど近代的かつ機能的な屋敷で、すべからく快適に出来ていた。主寝室は安らぎをもたらし、大広間は何十人も座れそうな大きなソファーにテーブル。そして奥には軍議を計るための会議室まであった。


「ここに先代の修羅王がいたのか。戦いのための部屋もあるというのは、ここが常に戦場であるからか」


 あまりに恵まれた屋敷の設備に阿修羅は少なからず高揚した。地獄と引き換えに受けたとはいえ、ここなら存分に戦えそうだ。やはり自分は剣を振っていたほうが性に合う。阿修羅はキョロキョロと屋敷内を徘徊する。


 一階には稽古場と思われる、広い道場があった。たくさんの武具が壁一面に置かれている。その中に一際輝く、磨き上げられた防具と、静かに光を蓄える剣を見つけたのだ。


「これも先代が使っていたのだろうか?」

 

 凝った細工はなかったが、ガードに大きな赤い宝石が埋め込まれていて、妖しくも美しく輝いている。そして両刃の刀身は、この世の光全てを吸収したかのように、目にも眩い輝きを放っていた。

 阿修羅が手に持ってみると、それは実に自分の手に馴染んだ。持ち手もまるで阿修羅の手に合わせたと思うほどぴったりだ。


「重さも丁度いい。しかも、これはなんと見事な剣なのだろう」


 透かして見ると、刀身が鏡のように自分の顔を映す。阿修羅は自然と気持ちが高ぶった。すぐにも振りたくなり、その広い道場で一人素振りを始めた。人間界で使っていたものは、武器商人から奪い獲ったものだった。それもかなりの良物だったが、この剣とは比べ物にならない。





 今や彼女の分身ともいえる剣が今までで最悪の危機を救ってくれた。目の前には血と焦げ跡でどす黒い塊となった宝賢が倒れていた。すぐそばにひびの入った魔鏡が転がっている。


「終わった。俺たちが勝った……」

 

リュージュが大きな息を吐きながら呟く。安堵とともにとてつもない疲労感も漏れ落ちていく。


「ああ……。おい、もう離せ」


 阿修羅の背にあって、彼女の腕をきつく握っていたリュージュは慌てて手を離す。


「あ、すまん。わ! 手に痕がついてる!」

「いいよ、そんなことは」


 無意識に手首を擦りながら、阿修羅はリュージュを見上げる。その瞳には強敵を倒した安堵感が笑みになって零れ、彼を安心させた。


「よくわかったな。剣で光を反射できるなんて」

「ああ、私の髪飾りが落ちた時、宝石が無傷だったのでな。もしかしたらと思ったのだ」


「なるほど。あの状況でそんなことを思いつくとは、さすがだな。剣はどこにあったんだ?」

「あ、それは……」


 阿修羅が何かを言いかけた時、後方からやたら明るい声が聞こえてきた。


「阿修羅王! リュージュ殿! やりましたね!」


 後ろを振り返るリュージュ。その目の先にはいつからそこにいたのか、カルラ達、修羅王軍の面々がいた。


「あ! カルラ! 良かった、おまえ達無事だったのか(忘れてた)」


 カルラ達がバルコニーに通じる扉の前で躊躇(ためら)っている時、突然戦闘が始まった。見るとどこから現れたのか、阿修羅とリュージュが死闘を繰り広げている。とにかく今なら行けそうだとバルコニーに出て、阿修羅の剣を手にした。


 だが、とてもじゃないけど加勢するどころか側にも寄れない。後方でウロウロしている時に、阿修羅と目が合った。咄嗟に剣を投げたのだった。


「まあ、助かったよ。これがなければ危なかったからな」


 阿修羅はもう一度剣をかざす。刀身は鏡のように磨き込まれ、阿修羅の、今は柔らかく光る赤い瞳を映している。この美しさ。魔鏡を覗いたとき、同じ輝きを見た。


「そうは言っても気が気じゃなかったなあ。もうこんな疲れる戦闘はごめんだぜ」

「そうなのか? こんなに心身ともに痺れるような戦い、たまらなかったけどな」

「おいおい、勘弁してくれよ。さっき結界で泣いてたのは誰……」


 リュージュは最後まで言うことができなかった。阿修羅の強烈なストレートがまともに入ったからである。


「い、いて。もう……」


 涙目になりながらそう言うと、二人は自然に笑みを交わす。そしてやがて大声で笑い出した。生きているからこそ笑うことができる。そう言わんばかりに。


「阿修羅王! あちらを!」


 二人のいつも以上に幸せそうな様子。そんな二人を不思議な顔して見ていたカルラ、スバーフが同時に声を上げた。彼らが指さす方を見ると、うっすらと雲間に広がる朝の光を背に、天馬の大軍が近づいてくる。


「阿修羅王ー!」


 大軍の先頭には白龍がいた。二人の姿を見つけて、喜び勇んで空を翔けてくる。


「白龍!」


 阿修羅とリュージュが同時に叫ぶ。そして同時にはっと息を飲んだ。白龍の背には長い黒髪を揺蕩(たゆた)わせた、仏陀が手綱を握っていた。






つづく




お読みいただきありがとうございました!

死闘に勝利した二人に新たな敵?(いえ、冗談です)


第一部完結までもう少し! どうぞお付き合いよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] セリフまわしや戦闘シーンなど、参考になる部分がとても多いと感じました! [一言] 続きが気になりすぎて、すいすい読み進めてしまいました。これからの更新も楽しみにしています!頑張ってください…
[一言] この戦闘が終わって良かった……手に汗だったので、ようやくほっと出来ました。 そして…… 仏陀来た〜〜〜!!!
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