第三十九話 援護
いつもより短いです。
阿修羅達に後れを取る事数刻、修羅王軍の幹部、カルラ達三人は激戦のあったバルコニーに抜ける階段に来ていた。
「どうだ? 誰かいるか?」
突き当りの扉を数ミリ開けて、中を覗くスバーフに声をかける。
「あれは、宝賢ですね。バルコニーをうろうろ歩いています」
「なに?! し、閉めろ!」
慌てて扉を締めさせるカルラ。同じ日、あの不思議で凄まじい威力の攻撃を目の当たりにしている。とてもじゃないが、歯が立たないのは自明の理だ。
あの時カルラ達は夜叉兵に捕まって拘束された。リュージュを襲った宝賢の光の攻撃にビビり、茫然としていたところを敢え無く取っ捕まった。だが、その後恐らく離れの方に向かった宝賢と夜叉兵は、カルラ達を賭場で暴れたチンピラ共と同じところに閉じ込めたのだ。
甘く見られたのか大した見張りもいなく、苦も無く脱出できた。カルラ達はその足で離れに向かう。だが、そこにはもう誰もいなかった。張られていた結界も解かれ、中には椅子やテーブル、小物が散乱した、まるで台風でも去ったかのような部屋があっただけだ。
どうしたものかと思案していたら、今度は屋敷の屋上で、花火でも上がったかのような光が眩しく輝きだした。すぐさまそれが、あの例の『雷光』であることに気付いた。逃げ出したくなる気持ちを奮い立たせて、そこへ向かう。途中、阿修羅達に倒されたと思われる夜叉の躯を横目しながら、ようやくここまで辿り着いたのだ。
「カルラ様。あれを見て下さい」
再度扉を小指の先ほど開けたスバーフがカルラに囁く。指し示すその目の向こうには、柄に赤い宝石が埋め込まれ、刀身が水晶のように輝く剣が落ちていた。その見慣れた剣は間違いなく……、
「阿修羅王の剣です。こんなところに落ちている……。まさか阿修羅王は……」
「馬鹿なことを言うな! そんなことはあり得ない。第一阿修羅王に何かあったのなら、今頃この屋敷はお祭り騒ぎだ。宝賢があんなところで動物園のクマみたいにウロウロしていないだろう」
不吉な言葉を遮るように、カルラが血相を変えて否定した。彼らにとって、阿修羅王が敗れたなど断じてあってはならないことだ。
「そうですね。それはそうだ」
「しかし、剣をお持ちでないとういことは、どこかに隠れておられるのでしょうか」
もう一人の修羅王軍兵士、シュンバが口を挟んだ。三人とも大きな特徴はないが、元々天界の軍にいた由緒正しい連中だ。阿修羅の近くに配置される者は、彼女の好みもあって重量級の兵士ではなく、大体速さと器用さを武器にするタイプの戦士だった。
「うむ。いずれにしてもあの剣を手に入れておきたいな。あんなところに放置しておくわけにはいかないだろう。何とかなるか?」
カルラが扉の隙間から覗いて言う。阿修羅の剣までは五メートルといったところか。下手に音をたてて、ウロウロしている宝賢に見つかってはことだ。三人はしばし扉の前で思案していた。
時を同じくして、地獄界、天界、人間界の三界で三様の動きがあった。
地獄界では夜魔天が阿修羅達の動向を追っていた。今夜、宝賢、満賢邸に潜入すると聞いていたが、夜も更けるというのに何の音沙汰もない。我慢もここまでと天界に援護を要請し、自らも出向くため鬼の軍とともに準備中だった。
その天界では夜魔天から得た浄玻璃鏡のデータを解析し、新たな八大夜叉大将と思われる悪鬼神を割り出していた。
そして、人間界では。
「なんとも、仏陀はいい男だねえ。今すぐ食べてしまいたいくらいだ。ふふん」
深い眠りに落ちたように身動き一つしない仏陀。彼の顔に触れんばかりに自分の顔を近づけ、わざと息をかけるように独り言つ。女は手慣れた手つきで仏陀の袈裟を剥ぐと、僧としては不釣り合いな厚い胸板を指でなぞった。
「あんな小娘にはもったいない。まあ、今頃は宝賢に殺されていることだろうけど」
「はっくしょん!」
耳元でした大きなくしゃみに、女は全身で驚いた。まるでバネ仕掛けの玩具のように弾け、仏陀の寝床から身を退かせた。
「ああ、よく寝た。しかし寒いな。この季節にこの寒さとは。また民が困らねばよいが」
そう言って呑気に伸びをした仏陀は自分の袈裟が大きくはだけているのに気が付いた。
「あれ? 最近、寝相が悪いな。ああ、シュリー、そこにいたのか。どうかしたか?」
袈裟を直しながら仏陀は、傍らに立つなんとも形容しがたい表情の女修行僧に声をかけた。彼女は仏陀が何事もなかったように衣を正し、いつもと同じ笑顔で自分に話しかけることに違和感を覚えた。だが、すぐに普段通りの顔を作り出して、控えめな笑みを浮かべた。
「良くおやすみでしたので。声をかけずにおりました」
仏陀は納得したように頷くと、床から起き上がる。
「他の者も寝ているのかな。雨季とは言え、お勤めを休むことは許されない。シュリー、起こしてきてもらえるか」
シュリーは飛び上がるほど驚いた。実際豊かな胸の中で心臓が跳ね飛んだ。やはり気が付いているのか、この男は。自分がかけた術で、教団は眠りに落ちていた。本当はこれからが大事なところだったのに、途中で目を覚ましてしまったお陰で何も手を付けられなかった。
それでもシュリーは平静を装うことを選んだ。こいつがまだ自分を側に置くつもりなら、知らぬふりして居続けよう。構うことはない。バレたところで困ることは何もない。
「承知いたしました。皆様をお起こしして、修行場にお連れいたします」
穢れのないように見せかけた笑みを素顔に貼りつかせて、シュリーは深々と首を垂れた。髪を剃った頭を隠す白い布が目に眩しい。本来なら隠す必要はないのだが、他の修行僧から坊主頭の方が妙に色っぽくて困るという意見があったため、白布を捲くこととなった。
だが、器用に巻かれたその白布は、遠くからでも彼女の存在を意識させる。それが良かったのかどうか。仏陀は白い布をしばらく目で追っていた。やがてそれが視線から消えると、意を決したように精神を集中させる。何か一言二言呟くと、意識を一気に飛ばした。目指す場所は天界だった。
つづく
怒涛のリベンジは次号!
焦らすわけではないのですが、明日の更新はお休みです。