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第二話 運命の人

囚われた阿修羅! どうなる?!

第二話 運命の人



「貴様、私に何をした!?」


 壁に(はりつけ)にされた阿修羅は、目の前の豚に似た悪鬼に怒鳴る。これくらいの拘束、阿修羅ならば簡単に解けるはず。しかし何故か腕も足も動かない。


「無駄だよ~。その拘束具には呪術がかけてある。いくら王でも力づくでは壊せないね!」


 修羅界ならどこにでもいそうな、中級将校程度の武具をつけた豚悪鬼が言う。


 ――妙だな。こいつにこんな上等な呪術が使えるか?

 徐々に冷静さが戻ってきた阿修羅は考える。


「へへ~。やっぱりあんたは綺麗だねえ。その格好もたまんねえ」


 よだれをたらさんばかりに悪鬼が寄ってきた。阿修羅は周りを見回し、誰もいないことに気が付く。

ここにはこの豚一匹しかいないように見える。


「もうちょっと、おっぱいがあれがいいのにな」

「な! なんだと!」


 その言葉にさっきまでの冷静さが吹き飛ぶ。阿修羅にとって、それは触れてはならないトラウマであった。


「まあ、いいや。触っちゃおう~」


 悪鬼は不用意に阿修羅に近づき手を伸ばす。


「うぎゃ! 痛ええええ…!」

 

 その手を阿修羅は逃さない。唯一自由になる口で指に思い切り噛みついた。


「は、離せ! 離せよ!」


 悪鬼は驚いて反対側の手で阿修羅の頬を殴る。しかしあまりに指が痛くて、力が出ない。そのうちぼたぼたと濃い血が床にこぼれ落ちる。


「うわ! ひえ! 痛ああいい!!」

 

 ぶんぶんと食われた手を振るが、阿修羅は喰いちぎる勢いで、悪鬼の指を噛みしめて放さない。グギッ! 湿った板が無理やり折られるような鈍い音が響いた。 


「え?! な、何だ、今の音!」


 悪鬼の顔から血が引いていく。最も色黒なので顔色はよくわからないが。


「うわああ~! 放せ~!」


 悪鬼が自らの手を思い切り引っ張ったところで、阿修羅は口を開いて放した。「うわ!」と情けない声を上げ、勢いで数メートル飛ばされた悪鬼は思い切り床に叩きつけられる。


「ぎゃあ、ほ、骨が見えてる」


 慌てて起き上がった悪鬼は自分の指を間近に見て再び腰を抜かす。血まみれの指は、骨が見えるところまで噛み切られていた。血もとめどなく流れて床を汚す。


「こ、このアマ!」

 

 指を抑えながら、悪鬼は再度近づくと、阿修羅の腹を思い切り蹴った。と言っても指が痛くて力はあまり入っていない。


「うっ」


 少し身を固くしたが、阿修羅は不敵に笑う。口の中に溜まっていた悪鬼の血をペッと吐き出すと、


「さっさと血止めしないと、かすり傷じゃすまんぞ」


 と(うそぶ)く。


「くそ! 後で存分にかわいがってやるからな! ちょ、ちょっと待ってろ!」

 

 豚悪鬼は指を大事そうに擦りながら、そそくさとその場を立ち去った。


「バァカ、貴様みたいな豚野郎に可愛がられてたまるか!」

 

 毒づきながら、再び拘束された部屋を見渡す。


「ここはどこだろう? だれかの屋敷か? というより小屋程度だな」

 

 蝋燭(ろうそく)のような弱々しい灯りが3カ所。机といすが2脚以外は何もない。


「しっかし、あんな不衛生なものを咥えるとは、早く口の中を綺麗にしたい!」

 

 呑気なことを言いながら、拘束具を確認する。


 ――うん、まあこれくらいなら、簡単に壊せるかな。でも……


 阿修羅の脳裏に別の思惑が浮かぶ。


 ――最近、顔見てないし。呼んじゃおうかな

 

 この緊迫した事態に、にやけだした。


『シッダールタ! シッダールタ、私だ。助けて欲しい』


 阿修羅は強く念じる。遥か別世界にいる愛しい人に向けて。


『え? 私は今、食事中なのだが?』

 

 返事はすぐに返って来た。間の抜けたような、阿修羅以上に呑気な声が。


『な、何言っている! 私が凌辱(りょうじょく)されてもいいのか!』


 くわっと怒りを露わに阿修羅が心の中で叫ぶ。いや、もしかしたら、声に出てたかも。


『凌辱? それは大変だ。すぐに行く!』


 シッダールタは驚いて答える。とはいえ、阿修羅にそんな危険が迫ることをあまり信じてはいない。わかっていても、すぐに駆け付ける。シッダールタはそういう男だ。


「阿修羅! お、おまえどうしたんだ!?」

「シッダールタ!」


 磔にされた阿修羅の前にシッダールタが現れる。さすがに驚いた様子だ。


 シッダールタ、本来は仏陀と呼ばれる男である。シッダールタは悟りを得る前の本名。阿修羅の前世からの恋人だ。


 阿修羅は前世で、彼を庇って命を落としていた。その功に報い、天界人となり、修羅界王として治める任を得たのである。


 一方、仏陀はまだ現世で存命中。人間界で布教活動を行っているが、阿修羅の求めがあれば、魂だけで飛んでくる便利な男である。


 布教中だから実際は丸坊主のはずなのだが、この修羅界や天界では、豊かな黒髪が肩にたゆたう若者の姿に変わる。何故ならそれが阿修羅の愛したシッダールタの姿だから。


 ついでに説明すると、魂だけのくせにちゃんと実体を伴っている。だから触ることはもちろん、詳細は省くが、あれやこれやもできる。悟りを会得し輪廻の輪から解脱した彼は、天界の神々達よりも上位であり、六界全ての世界へフリーパスの唯一無二の存在だった。


 彼のことを阿修羅以外は仏陀と呼ぶ。が、阿修羅にとっては、シッダールタはいつまでもシッダールタであった。


「面目ないな。ちょっと油断した」阿修羅は斜め下に目を落として、恥ずかしそうにし、

「この拘束具にかけてある呪術を解いて欲しいのだが」


 と続けた。


「ああ、もちろん。おまえの役に立てて嬉しいよ」


 そう言いながらも、シッダールタ、いや、仏陀は気が付いていた。このくらいの呪術なら、阿修羅でも造作もない。会いたかったのかな、と思うと余計に愛おしくなる。


「あ、だが……」


 呪術を解こうとした仏陀が、その動作を止めて阿修羅の姿をまじまじと見る。


「ん……? なんだ?」

「いや、なんかこれ、そそるな?」


 と、やや顔を紅潮させて言う。阿修羅は体中に熱風が吹き上げるのを感じた。頬が熱い。


「な、何間抜けたことを! さっさと解け!」


 動揺を隠すため、沸き上がった炎を吐き出さんとばかりに阿修羅は怒って言った。


「わ、わかったよ。ごめん、ごめん」


 頭を掻きながら、仏陀は何やら呪文を呟きだした。


「あの、でも……」

 

 今度は阿修羅が小声で口にした。


「おまえが、こういうの好きなら、やってもいいぞ」

 

 その頬は、火が噴きそうに真っ赤になっている。吐き切れなかった炎が体の中で揺らめいている。


「終わったぞ! ん? 何か言ったか?」

 

 だが、とうの仏陀は仕事を終えて、すでにこの場に残っているのは半身くらいになっていた。


「な、なんだよ! もう!」


 頬を朱色に染めたまま阿修羅は叫ぶ。だが、すぐに気が付いた。自分の手が久しぶりに目の前にある。手足が自由になっていた。


「ありがと」

 

 右手で左手首をゆっくり擦る。


「ではまたな……。阿修羅、次回を楽しみにしてるよ」

 

 意味ありげな笑顔でそう言うと、仏陀は消えていった。


「き……聞こえてたのか!」


 阿修羅はほっと息をつく。足首を見てもそれほどの傷はない。もしかすると仏陀がついでに治癒してくれたのかもしれない。


「さて、あの豚悪鬼野郎。どうしてやろうか」


 阿修羅は戸口の方に向かう。扉をあけると短い廊下。


 ――不思議だ。人の気配がしない


 本当にここには悪鬼一人しかいなかったのだろうか?

 阿修羅は廊下を進む。体は自由になったが、今は丸腰だ。もちろん肉弾戦も自信はある。しかし、ご愛用の剣の重さが恋しい。早いとこ取り戻したかった。


 つきあたりに扉が見えた。だがその向こうにも気配はない。阿修羅は遠慮なく、扉を足でけ破る。


「な、なんだと?」


 予期せぬ光景が阿修羅の目に飛び込んできた。別の空間へと繋がる亜空間の入り口が大きな口を開けている。


 この空間を繋ぐ亜空間のことを『流道(りゅうどう)』と呼ぶ。『流道』を作るのは高等な術が必要である。悪鬼ぐらいでは絶対に作れない。

 因みに修羅界で『流道』を作るのはご法度となっている。無許可でできるのは、阿修羅だけである。


「どういうことだ。これは!」


 客人を待つようにぽっかりと開いた穴。阿修羅は迷わず、そこに飛び込む。


「どこに繋がるのか、見ものだな」 



 『流道』の早い流れに逆らうことなく、阿修羅は身を任す。その先に、徐々に大きくなる光が見えてきた。手首のバングルが震えている。危険を察知しているのか?


「さあ、どんな奴とご対面できるか」


 阿修羅は光の先の出口に吸い込まれるように落ちていった。







つづく




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― 新着の感想 ―
[良い点] ほう。 りゅうさを読んだ後ではネタバレ感が若干ある気もしますが、ニヤケ要素が強くて良いですね。 わたし読む順番間違えたかもしれないなーw
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