表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/112

第三十六話 脱出

とにかく読んでください、ここは。



 バルコニーにはすでに立てる夜叉兵はいなかった。床に斬り落とされた首やら手足が無造作に転がっている。そこだけ見ると凄惨な場面だ。

真っ暗な空。建屋からの明るい光が辺りを浮き上がらせ、外に出てきた二人の姿は逆光によって表情がはっきりと見えなかった。


宝賢(ほうけん)満賢(まんけん)


 阿修羅はさっとカリティの前に立つ。カリティは阿修羅より少し背が高い。だが、今はその背を縮めて、剣を真っすぐに構える華奢(きゃしゃ)な少女の影に隠れた。


 ありったけの力を込めて二人を(にら)みつける阿修羅。だが、それを見下ろすように二人の夜叉は不敵な笑いをその口元に(たた)えている。

 満賢はもちろん、宝賢も先ほどとは違い悪鬼神らしい立派な鎧を身に付けている。戦闘態勢は整ったと言わんばかりだ。


「カリティ様、そんな小さなお嬢さんの影に隠れたところで何もなりますまい。逃亡なんてできっこないんだから、さっさとこちらにお戻りなさい」


赤髪の宝賢が余裕の笑みで言う。懐に右手を隠している。おそらくそこには例の魔鏡があるのだろう。リュージュはその手を凝視していた。もし少しでも動いたら、飛び出すつもりだ。


「お黙りなさい、下郎が! 散支が迎えによこしたのです。私はここで命を落としても後悔はない!」


 阿修羅の左肩に爪が整えられた指を軽く乗せ、カリティが叫んだ。その指がかすかに震えている。強気の言葉を吐いていても、実際は怖いのかもしれない。阿修羅は顔を左側から後方に向け、囁くように、だがしっかりとした口調で言った。


「奥方様。ご心配に及びません。必ずお助けいたします。私の方こそ、命に代えましても」


「ふん、散支め! 結局は裏切りおったか! ではお望み通り、死んでもらおう!」


 満賢が兄の言葉が終わるか終わらないかの内に飛び込んでくる。阿修羅はその矛の刃を剣で受ける。宝賢の右手が動いた。その時を見逃さず、リュージュが跳ぶ!


「何!」


 リュージュは宝賢の腕を目掛けて片刃の剣を振り落とす。だが、間一髪で宝賢はその刃を魔鏡で受ける。


「割れろー!」

 

 渾身の力を込めて、リュージュが宝賢の持つ鏡に刃を押し付ける。だが、鏡は何でできているのか、ひびすら入らない。くそ! リュージュの目に、鏡が光を宿すのが見えた。慌てて体を翻すと、リュージュのあごをかすって光の槍が天を刺す。


「おまえ! どうして動けるのだ?」


 魔鏡を操りながら、宝賢はリュージュを見る。あれほどの怪我をしていたら、当分は動けないはずだ。それが自分達と戦っているのだから驚くのも無理はない。


「そうか……、なるほどな。おまえは治癒の力を持っていたのか。益々生かしておけないな」

「ほざいてんじゃねえ!」


 再びリュージュは宝賢に挑む。だが、魔鏡の光を防ぎながらの攻撃はままならない。しかも何度も打ってくる雷光が万が一阿修羅達に当たったらと思うと、その動きはおのずと制限されてしまった。


 対する阿修羅もカリティを背にしての戦いだ。満賢の鋭い矛に防戦一方となっている。じりじりとバルコニーの淵へと下がっていった。


「カリティ様。私が合図したら、バルコニーの端まで走ってください」

「え? は、はいわかりました」


 阿修羅は強いながらもそのために規則的な満賢の攻撃を既に見切っていた。カリティさえ逃がせば落とせる。先ほどの戦いのように舞い上がってはいない。冷静に相手の繰り出すリズムや癖を体に覚えさせた。

 そして、冷めた頭に、はっきりとその音は聞こえた。天馬の翼が羽ばたく音だ。


「カリティ様、今だ、走って!」


 その声が発せられるや否やカリティは走った。同時に阿修羅は満賢に向かって跳ぶ! 刹那、甲高い音が大気を震わす。火花が散って満賢の矛が揺れた。


「むう!」


 満賢が唸る。今までにない重い阿修羅の剣に顔が引きつった。


「カリティ様―!」


 上空からクルルが叫んでいる。人型から小鳥へと変化し、カリティに向かって飛んだ。


「クルル、おまえ! こんなところまで来たのかい?」


 クルルを胸元に抱く。その後から、真っ白な天馬が滑り落ちるように急降下してきた。カリティはその天馬が首を下げたのを見届けるとすぐさま跨った。


「阿修羅王ー!」


 白龍が叫ぶ声が聞こえる。その眼下では、阿修羅は満賢とリュージュは宝賢と死闘を繰り広げている。


「行け! 白龍! カリティ様をお連れしろ!」

「阿修羅王!」


 白龍はこの場を去るのが自分の責務と理解していても、耐えきれない断腸の思いだ。あの兄弟に勝てるだろうか。二人を置いて逃げなければならないことに苦しくて辛くて涙が流れてきた。


「どうか、ご無事で! すぐに戻ります」


 叫ぶと同時に(いなな)く。言葉にならない思いを咆哮(ほうこう)に代え、白龍はカリティを乗せて天を斬る。その後ろ姿に、リュージュの刃をかわした宝賢が鏡を向けた。


「逃がすか! カリティ! 可愛さ余ってだ!」

「よせ!」


 阿修羅は焦った。もう満賢をほとんど制圧し、あと一振り二振りで落とせるところだったというのに。宝賢の雷光は確実にカリティを乗せて逃げる白龍に照準を合わせている。しかもそれを防ごうとリュージュが自分の体を精一杯伸ばしている。


「させるか!」


 阿修羅は叫ぶと剣を宝賢に向けて投げ放った。一直線に放たれた剣は宝賢の右腕に命中し、乾いた音を響かせはじけ飛んだ。剣は宝賢の右腕に巻かれた黄金のバングルに当たった。


「う! なんだと!」


 その反動で雷光の軌道はズレ、何もない天を突いた。

 白龍は修羅界一の速さでもって、射程距離を脱した。危機一髪だったが間に合った。だが……。


「丸腰か。ここでおまえも終わりだな」


 押されっぱなしだった満賢が、ニヤニヤしながら背筋をぐんっと伸ばして阿修羅の前に立った。剣が当たったバングルのあたりをこすりながら、宝賢も勝負あったという顔をしている。


「俺が相手だ! まだ終わっちゃいねえ!」


 ふいに阿修羅は視界を(さえぎ)られた。彼女を守るように、リュージュが前に立ちはだかったのだ。目の前で無造作に束ねられた黒髪が揺れる。その周りを青いオーラが(たぎ)るように揺れていた。


「威勢がいいねえ。おまえは不思議な力をもっているようだが、それも何の役にも立つまい。一瞬にして消し飛ばしてやるから」


 宝賢はゆっくりと魔鏡をかざす。満賢は二人の逃げ場を閉ざすように矛を下段に構えている。魔鏡に妖しい光が宿った。


「阿修羅、これ」

 

 リュージュは靴に仕込んだ短剣を阿修羅に見せる。


「リュージュ、おまえ、右へ飛べ。思い切り。それから……体で防ごうとか思うな」


 背後から阿修羅が囁くと、足を使ってパンっと短剣を飛ばし右手で掴んだ。瞬きする間もなく、宝賢の魔鏡が光を放つ。

 

「死ね! 天界の犬ども!」


 その言葉を合図に、リュージュは思い切り右に飛んだ。飛びながら、阿修羅を目で追う。阿修羅は光を避けてまるで軽業師のごとく回転からの前宙を繰り広げ、そのまま満賢に迫っていた。そして短剣を構え満賢の首を狙う。魔鏡の雷光は何もない虚空を裂いた。


「満賢!」


 弟の危機に魔鏡をかざす宝賢の気が逸れた。それをリュージュは見逃さない。着地の力をバネに代えて、宝賢の肩越しへ飛び、片刃の剣を振り落とさんとした。


 だが、リュージュの動きを察知した宝賢は寸でのところで体を(ひるがえ)して刃を避けた。渾身の力を込めて振られた剣は固いバルコニーの床を叩く。石に刃をぶつけたような金属音がこだまする。

 リュージュは右手が痺れて、一瞬剣から離れた。すぐ横では宝賢が翻した体を起こし、リュージュに向けて魔鏡をかざそうとしている。咄嗟に一回転して後退するが、万事休すだ。


「兄者ー! 助けてくれ!」


 その時、阿修羅と戦う満賢が必死の叫びをあげた。風前の灯となった満賢の命、阿修羅の短剣が今まさに満賢の首に達そうとしている。宝賢は迷わず魔鏡を阿修羅に向けた。


「満賢を放せー!」

「いかん! 阿修羅、離れろ!」


 間に合わない、俺の剣は宝賢に届かない、阿修羅は命に代えても満賢をやるつもりだ、逃げるつもりはないだろう。『体で防ぐな』、か。フラグかよ。


 魔鏡が雷光を放ったその瞬間、リュージュの体が宙に浮いた。そして一瞬にして光に包まれた。

 






 つづく


挿絵(By みてみん)



たまにはイラスト上げ!

素敵過ぎるイラスト @神谷吏祐先生

カッコよすぎるロゴ @草食動物様

タイトルを試験的に変更してみました。

というか、最初のに戻って来たような気がします。

ブクマしてくださってる皆様、どうぞ生ぬるく見守ってやってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うおおおおおん! リュージュ!!号泣 君の愛も、白龍の愛も、切なくて涙ちょちょぎれる!!
[一言] リュージュは?!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ