第三十一話 魔鏡
バトル回開始です!
腕が千切れるかと思うほど強く掴まれた。顔を歪めてリュージュは振り返る。そこには予想通りの赤い髪と金色の目、彼より二回りほど大きい宝賢の不気味な笑顔があった。
「離してもらえるかな。宝賢夜叉殿。俺は急いでるんでね」
リュージュは慌てずにそう言うと、掴まれた右腕にエネルギーを貯めていく。彼の右掌にある龍の痣が手の中で瞬時輝く。
「うわ! 何をした?!」
まるで静電気が走ったように痺れ、宝賢は掴んだ手を思わず離した。その僅かな隙を見逃さず、リュージュは猛ダッシュで走る。だが、宝賢もそんな逃走を許すはずがない。
「捕まえろ! そいつは阿修羅王の手の者だ!」
地下という特殊な場所のため、逃げ道は一つしかない。ひたすら階段を目指す。そこを塞がれたらヤバイ。リュージュは最高速を以って廊下を走る。
が、既に詰めていたのか、廊下の脇にある部屋から何人もの宝賢配下の夜叉達が溢れ出てくる。リュージュは靴底から短剣を抜くとそれ一本で無数の敵を捌く。
「ち! バレてたのか!? 待てよ、だとしたら阿修羅達が危ない!」
戦いながらも何とか二人に連絡しようとするが、何故か応答がない。
「おい! 白龍! 返事しろ! もしかして、もう捕まったんじゃないだろうな!?」
嫌な予感しかしない。短剣ではらちが明かない。リュージュは倒した夜叉から獲物を奪うと、体を張って道を作る。多少の怪我をしても、ナーガの印が回復してくれる。リュージュが取りえた最強の力だ。エネルギーを最大限に放出すると、纏ったオーラは自然と龍の形になる。
「おまえ、龍王の加護があるのか!? そうか、やはりおまえがリュージュとか言うやつだな!」
「だったらなんだ!?」
背後に迫る宝賢がそのオーラを見咎め、赤髪を逆立てて叫ぶのを背中で聞き、振り向きもせずそう答えた。追いすがる夜叉達を振り切り、もがくように前へと歩を進める。右前方に階段が現れた。よし! と気合をいれたが、同時にそこから数人が駆け下りる足音が聞こえた。誰かが降りてくる。
「塞がれたか?!」
舌打ちするリュージュに聞きなれた声が届いた。
「リュージュ殿! こちらへ!」
「カルラ!」
階段から降りてきたのは、見張りを叩きのめして駆け付けたカルラ達だった。リュージュはそこまで辿り着こうと纏わりついてくる夜叉共を振り払う。
「阿修羅達は?!」
「離れに向かわれました!」
「よし、すぐに応援に行くぞ!」
走りながら叫ぶ。階段は目の前だ。もう自分の危機は去った。阿修羅を助けに行く。そう思った。だが、それは大きな勘違いだった。
背後で何かが光った。リュージュは駆け上がろうとする階段の下で、その光につい振り向いた。振り向いてしまった。
「リュージュ殿!?」
カルラの悲鳴が聞こえた。あいつ、何をそんなに驚いてるんだ。悲鳴まで上げて。あれ? 光が俺に向かってくる。俺の体が裂かれて……いく!?
「うわああああ!」
槍のような無数の光がリュージュを襲った。その槍の切っ先に飛ばされ、思い切り床に投げ出された。身体はいたるところが裂傷し、血が噴き出している。壮絶な痛みが全身を駆け巡る。
「う、ち、ちくしょう……」
光の槍は、雷のような電撃も伴っていた。ビリビリと体中が痺れる。先ほどリュージュが放った静電気とは桁違いの威力だ。リュージュは床の上で無残に転がっている。
幸いだったのは防御をとっていたお陰で、致命傷がなかったことだ。だが、痺れもあってすぐには起き上がれそうもない。あっという間に夜叉共に取り囲まれ、命も風前の灯。
「殺すな! 大事な餌だ」
宝賢が大声で命令する。ゆっくりとリュージュに近づくその手には、見たこともない鏡が持たれていた。
「な、何……」
血だらけになりながら、リュージュはようやく首を起こす。だが、すぐ夜叉共に抑え込まれた。階段の方を見る。カルラ達三人の味方も夜叉兵の手に落ちていた。
「ふふ。最初に私に会った時、初見なのに名前を呼んだね。なんの躊躇もなく。怪しいと思ったよ」
「へえ。あんた、有名人だと思ったんだけどね」
精一杯の憎まれ口をたたく。ナーガの力をもってしても、痛みはなかなか引かない。噴き出した血も流れ続けている。リュージュは右手をぐっと握り、体中の体液へ治癒力を誘導する。
「今の……攻撃は、なんだよ」
回復には時間が必要だ。情報も欲しい。痛む体に苦しみながら、喘ぐような息とともに宝賢に問う。同時に腰に差した短剣を左手でゆっくりと靴に仕込みなおした。
「知らなかったのか? まあ仕方ないか。天界のデータベースにも載ってないからね」
自慢げに鏡面を自分の袖で磨く。地獄界の浄玻璃鏡のそれとは違い華美な細工はない。ただ丸い赤、宝賢の髪と同じ色の赤い淵が周りを囲んでいる。大きさは顔ぐらいの鏡だ。
「これは魔鏡『雷光』だ。こいつの光を浴びると千の刃を受けたような衝撃を受ける。ま、それはおまえが身をもって体感しただろうが」
衝撃だけじゃねえよ。電撃まで走ったよ。確かに雷光だな。リュージュは思いながら、治療を続ける。だが、これがバレるのはまずい。もう一度あの攻撃を喰らったらさすがにしばらく動けなくなるだろう。
息をゆっくりと吐きながら、宝賢を睨む。すると、宝賢夜叉は口元に余裕の笑みを浮かべ、
「離れの方はどうなっている?」
と、前触れもなくそう部下に尋ねた。『離れ』という単語に、リュージュの目の色が変わる。背筋が凍り付いた。
宝賢の傍にいた夜叉の一人が、何の抑揚もなく応えた。
「満賢様が処理されています」
「処理? 処理ってなんだ! おまえ、阿修羅に何をした! 俺は……、グエ!」
「黙れ! 人の屋敷に勝手に乗り込んできたのはおまえたちだろ! おまえは自分の心配でもしておけ!」
リュージュは傷だらけの体を引きずって、向かっていこうとした。だが、宝賢の強烈なボディブローを受け、血反吐を吐いてその場に倒れてしまった。
つづく
リュージュ、頑張れ!
Created by 神谷吏祐先生