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第三十話 救出

あ、まだバトル始まらなかった。(汗)



 その頃、人間界の仏陀の周辺でも小さな異変が起こっていた。最近修羅界に仏陀があまり行けなくなったのもそのせいだ。仏陀はここをおいそれと空けられなくなっている。いつものように時間を調整することも控えていた。


 それは、一人の修行僧が入信したことから始まった。ちょうど、修羅王軍の本部が乗っ取られていた頃だ。天界が仏陀の護衛を厳しくしたのと時を同じくしていた。


 新入りの修行僧は、はじめは目立たぬように立ち振る舞いにも気を使っていた。だが、周りの目をどうしても集めてしまう器量の良さだった。白い肌、整った眉、長い睫毛の下にある大きな瞳。そして、隠しようのない豊満な胸。


 そう、この修行僧は女性だった。仏陀の教団は女人禁制。彼女も最初は男と偽って入団してきたが、すぐに偽りは露呈されてしまった。他の修行僧のこともあって、すぐに退団を申し渡しが、彼女はこう言った。


「師にお仕えするのに、男でしかダメだというのは、女人は救われないということでしょうか。師は、全ての人間が平等だと諭されています。私はその教えを受けにここに来ました。家も夫も捨ててここに来たのです。追い出されてしまったら、私は死ぬしかない」


 その言と覚悟を決めた瞳に、仏陀は入団を認めざるを得なかった。仏陀自身は、女性の修行僧を差別する気持ちは元々ない。

 が、そうは言ってもまだ若い僧が多い教団だ。仏陀は彼女を自分の傍に置き、これも修行の一つだろうと腹を括る。もちろん、教団の中にはさざ波以上の波がたちまくったが、それも受けながら旅を続けた。


 その修行僧の名前は『シュリー』と言った。





 修羅界の夜も更けてきた。宝賢(ほうけん)満賢(まんけん)兄弟の屋敷では、(あで)やかなヤクシニーがもろ肌脱いでサイを振っていた。


「お客人、気になることでもございますか?」


 座の中央に陣取った当主、宝賢夜叉が、サイを見もしないリュージュに声をかけた。真っ赤な髪が輝いている。


 真っすぐに自分を見ている宝賢夜叉の圧に、一瞬膝が震えたが、努めて平静に口を開けた。


「いやね。隣が随分景気が良いものですから、気になりましてね」

「何だと? 文句あんのかよ!」


 隣で一人勝ちしている夜叉が、リュージュの方を向いて怒鳴った。どこにでもいるチンピラ夜叉だ。緑の長い髪はろくに手入れもされず、武具も大したものを着けていない。


「まあまあ、落ち着いて。どういうことでしょうか?」


 宝賢が緑髪男をなだめると、再度リュージュに目を向ける。リュージュはぐっと腹の下に力を入れ、強烈な圧をかけてくる当主に向かって言った。


「こちらの賭場ではイカサマはないと聞いていましたが、ガセだったのかなと思いまして」


 瞬時に賭場にいた夜叉達が殺気立った。名指しされた隣の夜叉は立ち上がる。


「てめえ! 表出ろや!」

「いや、俺もおかしいと思ってたぜ!」


 あさっての方から突如声がした。なんと、リュージュに加勢してくれた夜叉がいた。よっしゃと心の中でガッツポーズを取る。


「なんだとう~! 下手な横好きがなにをほざくか!」


 挑発をまともに受ける独り勝ちの緑髪の夜叉。すると、あちこちで不満を持っていた(のか、負けを帳消しにしたいのか)夜叉達が立ちあがり、不満をぶちまける。


「何が下手な横好きだよ! おまえだっていっつもすっからかんだったろうが! ぜってえ、おかしい!」


 一触即発の雰囲気になってきた。しかし宝賢は、じっとその様子を見て何も発しない。このままだと、一声上げられたら騒ぎは沈静されてしまう。リュージュは、立ち上がっている緑髪の夜叉の足をすっと(すく)った。


「うわ!」


 前のめりになっていたそいつは、思わずバランスを崩して、賭場に打つ伏した。積まれた掛け金が崩れる。


「なにしやがる! おれの掛け金がメチャクチャだろうが!」

 (大して無かったが、ここはそこを突っ込まない)


「それはこっちのセリフだ! 誰だ! 俺に足かけやがった奴!」

 

 リュージュは何事もなかったように大型の夜叉の後ろに隠れた。


「おまえか!」と、その大型の夜叉につっかかっていく緑髪。突っかかれた夜叉は身に覚えがないので当然怒って抗戦する。吹き飛ばされた先の夜叉が参戦して、もうそこからは誰も止められない。あっという間に座は血の気の多い夜叉達が入り乱れて騒然とした。


「私がイカサマしたって言うのかい?!」


 サイを振っていた妖女も参戦しだすと、宝賢も座っていられなくなった。


「やめんか! もう二度とここに出入りさせんぞ!」

 

しかし、賭け事の緊張と興奮が頂点に達していた夜叉達は、その声も聞かずに乱闘を続けていた。――まあ、これでいいだろう――。リュージュは乱闘の背後をすり抜け、阿修羅達の所へ向かうべく、部屋を出た。

 だが、扉を出てすぐ、その腕を凄まじい力で掴まれた。


「お客人、騒ぎを起こしていて、一抜けはないでしょう」


 振り返らなくてもわかった。腕をつかんでいたのは、赤髪の宝賢だった。


 



 そんなことが館の地下で行われているとは全く知らない阿修羅達は、離れへと向かっていた。賭博が始まると、裏口はしっかりと閉じられてしまうので、ぎりぎりを狙って入り込んだ。

 裏口にいた夜叉はもちろん、闇に紛れて見張りをゲリラ的に倒し、離れまで来た。


「奥方様は、ここにいるの?」

「しっ、声が大きい!」


 ここに来たのは、阿修羅と白龍、それにクルルである。カリティ様の顔をよく知るクルルは今回の侵入に必要不可欠。二人の後ろをドキドキしながらついてくる。


 修羅王軍のカルラとスバーフ達数名は、リュージュの救出のために館の方に向かっていた。白龍も鬼ではない。単身で敵陣に潜入し、騒ぎを起こさせて捕まったりしたら、こちらの損害も大きい。


「どうだ? 白龍、何か感じるか」


 人の気配、音や匂いを白龍に探らせる。ぴくぴくと鼻と耳を動かしながら、離れに気を集中させた。


「いえ、かなり強固な結界が張られてますね。破れますか?」

「結界が張られているということは、カリティ様がいらっしゃるとみていいな」


 阿修羅が満足そうに言うと、(おもむろ)に剣を抜き屋敷に向かって突いてみる。カンカンと乾いた音が聞こえた。そこには目には見えない壁があり、剣は中へ入っていかなかった。


「うん、私たちが抜けるくらいの大きさならいける。今ここに空洞を作るから、入ってくれ」


 剣を通して念を送る。少しずつ結界に穴が出来上がっていく。まずは、一番小さなクルルが入る。白龍は身を縮めて何とか入った。そして最後に阿修羅が入る。同時に結界は閉じられていく。


「帰りはカリティ様が一緒だから、結界は厄介だな」


 そう言うと、阿修羅は自らの瓔珞(ようらく)の一つを首から外す。それは天界の特殊な鉱物でできた、完全な円形。金よりも深く、銀よりも鮮やかに光り輝いている。それをそっと閉じられそうになった穴に置く。すると不思議なことにその輪の大きさに沿って結界が割れ、建屋の屋上まで伸びていった。


「これでしばらく大丈夫だろう。さあ、急ぐぞ」


 三人は離れの周りを歩くが、どこにも窓や扉が見つからない。仕方なく、窓のある二階に上った。洋館だから一階部分に屋根はない。壁とわずかにある境目のでっぱりに足を置いて、灯りが漏れる小窓から中を覗いた。


「あ! 奥方様だ! 奥方様がいる!」


 真っ先に頭を出したクルルが声を上げた。自分では声量を落としたつもりだったが、阿修羅に口を押さえられた。


「間違いないか?」


 阿修羅が中を覗くと、そこには緩やかなカーブを描く豊かな黒髪に、まるで西洋人のように目鼻立ちがしっかりとした美女がいた。天界人が好んで着るシルクのドレープがたっぷり入ったドレスが女性らしい体を包んでいる。

 襟元と帯には赤と金の花柄の刺繍がほどこされ、胸の膨らみと絞られた腰のラインが大人の色香をふんだんに醸し出していた。


「間違いないよ。奥方様だ。生きてたんだ、奥方様」


 クルルは興奮気味にそう言う。今にも泣きだしそうだ。カリティは何やら書物を読んでいる。見た感じ、周りには誰もいなかった。


「僕、行ってくる」

「おい、クルル、ま……」


 言うが早いか、クルルは鳥に変化した。そしてほんの小さな窓の隙間から飛び込んでいく。


「ばかやろ! 窓を開けてから行け!」


 そんな阿修羅の声も届かず、クルルはカリティの元へ一直線に飛んで行った。「ピピピピ!」部屋にこだまする鳥の声。カリティはゆっくりとその声のほうに顔を向けた。





つづく




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