第二十九話 潜入
潜入と奇襲しか知らない。
第二十九話 潜入
それから三日後、リュージュは宝賢、満賢兄弟の館にいた。
いたといっても、招待されたわけではない。相変わらず自分の体を張るのが大好きな阿修羅の策に沿って、潜入しているのである。
この作戦を、もちろん白龍は大反対した。どうせ見つかって、大乱闘になるのがオチだ。今回は浄玻璃鏡という確固たる証拠があるのだから堂々と強権発動すればよい、と主張した。
「強権発動って、それ利くと思うのか? 結局全面戦争になる。そうしたら、カリティ様を盾にされて、身動き取れなくなるだろう」
阿修羅の言い分も最もらしくは聞こえる。カリティ、散支夜叉の奥方様を救出しないことには、互角に戦うことすらできない。危険を冒しても館に入るしかない。←阿修羅の言い分。
「俺らが守ればいいんだろ? 大丈夫だよ」
リュージュが事もなげに言うものだから、白龍は思い切り睨んだ。
「ええ、そうですけど! リュージュさん、無責任な言葉だけだったら許しませんよ!」
「わ、わかってるよ。俺はいつも命がけでやってるよ」
二人の会話を聞いて、阿修羅は少なからずむっとした。自他ともに認める最強戦士である。
「誰が守ってもらわなくちゃならないんだ。ま、足手まといにならないよう手助けしてくれ」
どの口が言う、と白龍が思わず言いそうになったのは言うまでもない。
だが、阿修羅達もさすがに今回は相当慎重に事を運んだ。屋敷の様子や兄弟の習慣などを、夜魔天を通じて散支夜叉から情報を得ていた。
まず、流道を使ってはならないと言明された。以前も簡単にバレてひと騒動あったが、悪鬼神格の屋敷には流道を作ると反応する術が掛けられているらしい。脱出に関しても、思わぬところに出てしまうか、下手をすると永遠に出て来られなくこともあるのでご法度だと言われてしまった。
流道が使えないとなると色々厄介だが、それに代わる情報ももたらされていた。
兄弟二人は、賭け事に目がなく、毎月新月の夜に、賭場を開催するとのこと。実際、賭け事は禁止事項ではない。だが、そこで任侠事にでもなると、守護隊が出張ることにもなる。重要人物として名があがっている宝賢、満賢兄弟には、大っぴらな賭場の開催は出来なかった。故にひっそりと、しかし大人数で行われていた。
「そういうの、修羅王軍では把握できてなかったのか」
不満そうに阿修羅は諜報部トップの白龍に問う。
「面目ないですね。掴んではいなかったようです」
素直に謝罪する白龍に阿修羅はそれ以上何も言えない。この作戦を実行することになってからも何となく機嫌が悪いので、あまり突っ込まないことにした。
これで潜入の糸口はできたが、何人もぞろぞろと出張るわけにもいかない。結果、誰に行かせるか。それは言わずもがなだった。
「新顔だな。どこから来た」
新月の夜、夜叉に変装したリュージュは招待状を手渡した。それは、日付をひと月前にした、散支夜叉の署名があった。
「ハンジャカ殿。散支夜叉殿の配下の方か。先だっての変事で全員捕らえられたと聞いているが?」
入り口を預かる夜叉はぎろっとリュージュを睨み、上から下まで舐めるように見る。
リュージュは阿修羅のように姿を変えることはできない。アナログな変装である。阿修羅に潜入させるとろくなことがないので、白龍とどちらがより無理がないかで選んだ。決して『命がけ』を軽々しく言ったことへの報復ではない(多分)。
顔色は元々浅黒いので申し分ない(夜叉や悪鬼に白肌は珍しい)。いつもは束ねている髪をざんばらにおろし、顔の見える範囲を減らす。服装は捉えた夜叉の物でサイズが丁度いいのを着けた。
後はメイクで夜叉らしい面構えにする。と言っても、夜叉にも数は少ないが整った顔の者もいるのである。目立たないくらいの容姿にするに落ち着いた。
「俺は散支夜叉殿の客人で配下の者ではない。天界からの顔なじみで、ここの賭場の招待状を都合してもらった。入れんのか?」
リュージュはありったけのエネルギーを込めて相手を睨み返した。言い訳は準備していたものだ。騙った名前も、散支から使えると教えられた名前だった。
「ふむ。このご署名は間違いないな。まあ、いいだろう。賭場は初めてじゃないだろうな」
「馬鹿にするな」
睨んだまま、リュージュは中へと入る。人間時代に賭け事は何度もやったことがある。ここでの賭け事は、天界で嗜まれている遊び(ゲーム)の亜流だ。散支や夜魔天に教えてもらったので問題はないだろう。別に勝たなくてもいいわけだし。
などと考えながら前へ進もうとすると、呼び止められた。びくりとしたが、悟られぬようゆっくりと振り向く。
「あ、獲物は置いていってもらうよ」
当然のことながら、帯剣は許されない。どのみち所持していたのは夜叉の剣だ。惜しくはない。だが、リュージュにとって靴底に忍ばせた短剣だけが身を守るものとなった。
夜叉達で流行っている賭け事は、数字の書かれた立方体、サイと呼ぶ、を二つ転がして、その合計数を当てるというものだった。賭場では三十人は下らない数の夜叉達が目を血ばらせて賭けに興じていた。その種類は雑多。地位があると思われる身なりの良い夜叉もいたが、いかにも下級兵士のような者もいた。
サイを振るのは修羅界では珍しい艶やかな女夜叉。片肌脱いで、輝くような白い肌を惜しげもなく見せていた。
人間界でも同等の遊びはあった、あれは六角形の棒でやっていたが、確かにこの立方体のほうがよく転がるし面白い。やり始めてすぐ、その場の雰囲気に飲まれたリュージュは思わず夢中になりそうだった。
屋敷の見取り図は、散支からの情報で頭には入っている。しかし、修羅王邸に匹敵するほどの広大な屋敷だ。散支も全てを知っているわけではない。
この賭場へは屋敷の正門ではなく、裏門から入った。と言っても、裏門から屋敷までは森を抜けなければならず、相当歩かされた。
屋敷に着くと裏口脇に地下へ続く階段がありそこを降りる。廊下を一分ほど歩いて突き当り。そこが賭場会場だった。広さは宿屋の大宴会場くらいの大きさだ。30人ほど入っても余裕がある。
リュージュは屋敷に入るまでに気になる場所があった。そこは、屋敷の広大な森を抜けた先、裏庭にひっそりと建つ離れだ。離れと呼ぶには大きすぎる建物だったが、人を幽閉するには丁度良いように感じた。
二階建てのその建物にはバルコニーもなく、窓も少ない。二階に見える小さな丸窓から弱々しい灯りが覗いていた。
しばらく遊んだ後、リュージュは阿修羅達に連絡を取るべく、トイレに行くふりをして賭場を出る。こちらで賭け事をしている間に離れを調べてもらうのである。
そろそろ宝賢、満賢兄弟も賭場に出てくるはずである。その前に連絡を取らないとまずい。
「おい、白龍、聴こえるか?」
個室に入ってすぐ、リュージュは小声で仲間を呼ぶ。耳飾りに取り付けた通信機である。そこから聞きなれた声が聞こえてくる。
「大丈夫です。何かわかりましたか?」
「裏門から入って森を抜けた後の裏庭に離れがある。そこが怪しい」
「了解です。貴方、そこで騒ぎを起こしてもらえますか?」
こともなげに白龍が言う。
「マジかよ。……、分かってるよ。命かければいいんだろ」
相手の反応を聞く前に、捨て台詞のようにそう言って通信を切る。「はああ」と大きなため息をついて、肩をぐるぐると回し、小気味よい骨の音をさせた。
賭場に戻る廊下を歩いていると、がっしりとした体格に上等な上衣を纏った夜叉がちょうど入ろうとするところだった。髪の色は血のような赤。
――兄貴の宝賢の方だな。一人か?――
すでにプロフィールで顔を知っていたリュージュは、髪の色でそこにいるのが宝賢だとわかった。
「これはお客人、初顔の方ですね。楽しんでおられますか?」
リュージュの姿を見咎めると、宝賢が声をかけてきた。まさかバレていないだろうな。と思いながらも、どうせ暴れろと言われているからどうでもいいかと思い直す。
「お陰様で。楽しませてもらっています、宝賢殿。」
丁寧に返答する。宝賢もにこやかに笑いながら、リュージュを先に賭場へと招き入れてくれた。
賭場で使う掛け金は、天界で使用されている通貨を使う。これにより、天界の物が買えるのである。ちなみに天界、人間界以外、流通している通貨はない。
天界から堕ちてきた悪鬼神は、その財力の半分を持って降りてくることができる。天界で仕えていたものを養うために許されている法だ。
だが、宝賢、満賢兄弟のそれは、修羅界の悪鬼神の中では群を抜いていた。どうやってこれだけの財力を保っているのか。それがこの賭場の収入も一役かってそうである。
「さあ、賭けた、賭けた!」
右肩を出し、豊満な胸で魅了する美しいヤクシニーがサイを振っている。露わになっている太ももの白さが夜叉らしくなく眩しい。
――さて、どうやって騒ぎを起こすかな――
リュージュは兄弟の弟、満賢の姿が見えないのが気になったが、阿修羅達は直に離れを襲うだろう。迷っている時間はない。
ふと見ると、隣の男が一人勝ちをしている。積まれた賭け金が雪崩を起こしている。賭場の連中の注目も自然とその男に集まっていた。
――ふうん。これは使えるかもな――
隣人を見てほくそ笑んでいたリュージュは気づいていなかった。賭け事の行方を全く意に介していない様子を、座の中央に座った宝賢夜叉が目の片隅で追っていた。
つづく
オウサキ・セファー様よりFA頂きました!
ありがとうございました!
ちょっと大人びた阿修羅が魅力的!