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第二十六話 援軍


 

 散支(さんし)邸の中でも外でも死闘が続けられていた。外では白龍とカルラが苦戦している。


「ついて来て下さい!」


 天馬の一群を白龍は連れ、大空へと舞い上がった。通常、隊長の指示があって兵士たちがその指示を天馬に伝えて動くのだが、白龍は馬の通信手段(馬語とでもいうのか)で天馬たちに直接指示した。タイムロスがない分早く動ける。


 空からは無比力(むひりき)の軍が修羅王軍の後列を喰いちぎっている様子が見える。その背後には、招集をかけた修羅王軍が迫っていた。


 「よし! 行きますよ!」


 地上では歩兵たちが、方向転換して、なんとか形勢を戻そうとしている。早くこの後方の崩れを止めないと総崩れになってしまう。

 白龍達天馬隊は、味方の後方と、敵先鋒の間に降りると攻勢をかけた。


「おまえ達は一旦退け! 我らが時間を稼ぐ、ここから離脱して隊を整えよ!」


 白龍に乗ったカルラが崩された後方の修羅王軍兵士たちに号令をかける。下手に戦うより、退いたほうがここはいい。白龍との打ち合わせ通りだ。

 無比力夜叉はこの軍勢の中央、精鋭たちに守られているようだ。後発した修羅王軍と挟み撃ちにできれば、無比力を捉えることも可能だろう。


「よし! 行けえ!」


 白龍の俊敏さと賢さにカルラは興奮していた。このような騎馬に乗れるのは騎兵冥利に尽きるというものだ。阿修羅もリュージュもいないここで、自分が踏ん張るしかない。


「お願いしますよ。カルラさん!」


 本音を言うと、白龍は今すぐにでも散支邸にとって返したかった。だが、今は自分の任を全うする。館にいる二人が尋常じゃないことは重々知っている。だからこそ、外で修羅王軍がやられるわけにはいかないのだ。こちらもハイになっているカルラを運んで白龍は戦地を華麗に舞った。





「お、おまえ、言いたいことはそれだけか~!」


 阿修羅の発言にクルルは激怒する。戦いの最中になんだか微妙な空気が流れている。周りの夜叉共はもちろん、シンダラすら動くに動けなかった。


「ピーちゃん。あ、いや、クルルか。私たちは知ってたんだ。おまえが夜叉の使いとね。まあ、サンチラを手招きしてたとは気付かなかったが」

「な、なに!」


 これにはクルルだけでなく、シンダラも驚いた。


「この、役立たずが!」

「きゃあ!」


 激怒したシンダラはクルルを弾き飛ばす。


「やめろ!」


 阿修羅とリュージュが同時に叫ぶ。リュージュがクルルの飛ばされたところに行こうとするが、さすがにそれは敵兵が許さなかった。


「勘違いするな。クルルはちゃんと仕事をしていた。私たちはクルルに嘘を言ったことはない。ここへの侵入だって、バレることなど百も承知だ。浄玻璃鏡(じょうはりきょう)はわからなかったようだけどな」


 クルルが夜魔天(やまてん)の訪問時に現れなかったのは、彼には素性がバレてしまうと考えたからだ。クルルは地獄の大王を散支邸で何度か見かけたことがあった。


「ど、どうして僕のこと、負け惜しみで言ってるんだろ!」


 唇を切ったのか、片手で血を拭いながらクルルが問う。


「シッダールタが教えてくれた。おまえ、迂闊(うかつ)だったな。あいつは命あるものの本質を見ることができる」


 仏陀に会ったあの日、二人が阿修羅の部屋で仲睦まじくしていたのを目にして、クルルはなんだかヤキモチが妬けたのだ。それでつい邪魔に入ってしまった。そこを見破られた。


「もうそんな話はどうでもいい! おい、クルル! 役立たずじゃないと言うなら、その身で証明しろ! おまえ達も聞いてるんじゃない!」


 阿修羅達のどうでもいい会話に付き合うのにしびれを切らしたシンダラが命令する。我に返った夜叉達が再び三人の招かれざる客に牙を剥いた。


「ち、短気な奴め!」


 阿修羅は舌打ちする。散支邸の攻防は再び乱戦の体となった。





 白龍たち修羅王軍は行き詰った。元々散支邸に詰めていた軍は精鋭が揃っていたので問題はない。後方を取られて序盤はバタついたが、白龍とカルラの天馬の騎兵隊が(くさび)を打ち、その間に隊列を整え反撃態勢が整った。

 

 だが、無比力軍の後方を取った後発の修羅王軍が全く役に立たなかった。天馬に乗れる者もいなかったので歩兵のみ。しかも無比力夜叉は戦術に長けているようで、後方の隊を二つにわけ、左右から挟まれてしまった。白龍達は、そちらの援護もしなくてはいけなくなった。


 ――――切り離したほうがいいぐらいですね。


 白龍が後発部隊の退避を考えていた時、その後方が突然活気づきだした。


「白龍殿! 援軍です!」

「援軍!? どこから?」


 右往左往していた後方部隊に大きな塊が割って入っている。土煙の中、見えてきたのは、身の丈が2、3メートルはある巨人の軍勢だった。こん棒を振り回す鬼達の姿があった。





「畜生! 前に行けない!」

 

 散支邸では阿修羅達がシンダラの巻き起こす風に難儀(なんぎ)していた。大方の夜叉達は倒したが、散支に届かない。クルルは健気に攻撃していたが、肉弾戦タイプでないので、早々に戦線離脱している。


「散支殿! これが貴方の真意なら、私の我慢もここまでです!」


 金棒を振り回していた夜魔天がそう叫ぶと、一陣のつむじ風が起こった。


「夜魔天!?」

 

 阿修羅が風を受けて顔を右腕でかざす。その腕のすぐ前で、館の天井をぶち壊すほど巨大化した夜魔天が咆哮(ほうこう)した。


「す、すごい! 巨大化した!」


 リュージュも思わず動きが止める。夜魔天はぐいっと腕を伸ばすとバサバサと羽ばたいていたシンダラを手づかみで捕獲した。


「うわ~!!」


 夜魔天の手の中で身動きできないシンダラが悲鳴をあげた。


「散支! 覚悟!」


 邪魔するものがいなくなった阿修羅とリュージュはようやく散支に迫る。目の前の散支も身構えるが、何の武装もしていない。いや、殺気そのものを感じられなかった。


「待て、リュージュ!」

 

 その様子を見た阿修羅は今にも斬りかかりそうなリュージュを制した。


「散支、これはどういうことか?!」 

「阿修羅王、何も言わずに私を斬り捨ててください」


 散支夜叉は阿修羅に向けて、形ばかりの長刀を向けた。


「私がそのような無抵抗なものを斬れるとでも思うのか……」


 相手は夜叉大将らしい見事な細工を施した長刀を構えてはいる。だが、瞳に闘う意志がみえず、神妙に敵の刃を待っている。阿修羅はその異様な姿とともに、なぜあんなにも不用意に鏡に自らの姿を映したのか考えた。 

 散支夜叉は夜魔天と親しい。浄玻璃鏡の存在を本当に知らなかったのだろうか。いや、知っていたとしても、あまりにも警戒心がなかった。


「何かわけがありそうだな」

「阿修羅! よせ!」


 阿修羅はそう呟くと、自らの剣を上段に構えた。その姿にリュージュが慌てて阿修羅に駆け寄る。彼にも散支夜叉に戦う意志がないことはわかったからだ。

 

「散支! 動くな!」


 リュージュが止める間もなく、阿修羅の切っ先が散支の右肩から左の足の付け根へと這う。袈裟斬りの一撃だ。斜めに綺麗な朱の線が浮かぶ。散支は膝をがくんと落とすと前のめりに倒れていった。


「阿修羅! おまえ……!」


 リュージュが思わず阿修羅の腕を取る。しかし、そこには思わぬ阿修羅の顔があった。くっと唇を噛み、片目をつぶって合図をしている。『わかっている。何も言うな』、とその顔には書いてあった。

 

 阿修羅はすっと剣についた血を払うと、鞘に納めた。

 巨大化した夜魔天は上から一部始終を見ていた。事が終わったことを知り、通常サイズに戻った。手の中で意識不明になったシンダラは捕縛済みである。


「世話をかけましたな。阿修羅王」

「いや、こちらこそ助かった。散支の処遇はお願いしていいかな。何かわけがありそうだ」


 阿修羅は散支に致命傷を与えてはいなかった。ほんの薄皮の1、2㎜を袈裟斬りにした。血が綺麗に一直線を描いたのはそのせいだ。散支もそれと知って、うつ伏した。


「もちろんです。何かわかりましたら、すぐにお知らせします」


 二人は(こと)を終えた安堵で笑みを投げ合った。


 館の外に出ると、無比力(むひりき)夜叉との戦いに勝利した白龍達が戻って来た。助っ人に入った地獄界の鬼軍の面々も後に続く。


「阿修羅王! 夜魔天様! ご無事で何よりです。夜魔天様、この度は本当に助かりました」


 カルラを乗せたままの白龍は、深々と頭を下げた。

 夜魔天が時間稼ぎをしていたのは、地獄界からの救援を待っていたからだ。散支夜叉の館に向かう前に、夜魔天はもしものことがあったらと軍を待機させていた。浄玻璃鏡を通じて出陣を促したのである。


「間に合って良かった。お役に立てたようでなによりです」


 修羅王軍とともに誇らしげな勝鬨(かちどき)を上げる部下達を目を細めて見ている。


「色々すまなかったな。この埋め合わせは必ずしよう」

「それは願ったりです」

 

 阿修羅の申し出に、思わず夜魔天の鼻の下が延びたのを、白龍とリュージュは見逃さなかった。





つづく




いつもありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっとここまで(笑) 読むの遅くて申し訳ない。 楽しませてもらってます。 今後も頑張ってください。
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