第二十五話 新たな敵
前には筋骨隆々の、だがどこか学者風にも見える散支夜叉が余裕の笑みを見せている。周りには側近のシンダラを始め数十名の散支配下が控えていた。そして、阿修羅達の後方には武器を携えた夜叉達が迫り、文字通り囲まれてしまった。
「貴方をお助けしたのは、こんなことのためではなかったのですがね」
だが、夜魔天は全く動じず、いつも通りに話し始めた。阿修羅から渡された浄玻璃鏡をちらりと眺める。
「夜魔天様には感謝しております。その気持ちに偽りはございません」
散支も慌てていない。くっと結んだ口元は今まで見てきた夜叉とは違う、意志の強さと真摯さを感じさせた。
「貴方が天界を追われた時の諍いのお相手、宝賢、満賢兄弟。どうしてあの方たちと手が結べたのでしょう。あの諍いも、貴方には落ち度がなかった。だからこそ、私は手を貸したのですが」
宝賢、満賢兄弟の名を夜魔天が出したところで、阿修羅とリュージュは目配せした。新たな八大夜叉の名前を得た。
ここでの会話は、外にいる白龍に伝わっているはずだ。この現状もわかっているはずなので、そのうちこの館は修羅王軍に包囲されるだろう。
「ただの利害の一致ですよ。我らにとって、共通の願いがあったまで」
二人の落ち着いた会話の間も、夜叉達はじりじりと阿修羅達に迫ってくる。二人は夜魔天の左右を囲むように位置を取った。
「それほど簡単に解けるものとは思えませんでしたが」
「夜魔天様。何を時間稼ぎをされてるのか知りませんが、もうおしゃべりはやめましょう。私は貴方に手を出すつもりはございません。用があるのは、そちらの二匹の小鬼。いや、阿修羅王とリュージュ殿と言った方が早いかな」
散支は夜魔天の左右で剣を構える二人に向けて言った。そう名指しされても二人はびくともしない。既に身バレしていることは百も承知だ。
「何を言われるのか。このお二人は私の大切な友人です。貴方の方こそ、手を出させはしませんよ」
夜魔天の隣で、ふわっと熱い空気が流れた。そして、大きな体を守るように小さな影が前に現れた。
「夜魔天、すまない。貴殿は私が必ず守る」
阿修羅が自らの変装を脱ぎ捨て、夜魔天の前に出た。散支邸の空気が変わる。赤く輝く瞳に流れるような黒髪が揺れた。剣を下段に構え、散支夜叉を見据える。
「阿修羅殿、下がってなさい」
「何を……!」
だが夜魔天はどこまでも落ち着いて、阿修羅に諭すように言う。阿修羅はそれには応じられない。思わず大きな声を上げるが、散支が最後まで言わせてはくれなかった。
「殺れ! もう構わぬ! 侵入者全員まとめて殺せ!」
散支の号令とともに、一斉に夜叉達が三人に襲い掛かった。
散支邸の前には、既に修羅王軍精鋭が集合していた。白龍、カルラが率いる軍は散支邸に突入しようと試みていたが、ここで思わぬことが起こった。
無比力夜叉の軍勢に背後を突かれたのである。
隊形というのは、後ろから攻められると弱い。白龍達は急ぎ反転しながら無比力の軍を迎え撃った。同時に、本部に待機していた留守番組も呼び出す。無比力の背後を襲わせ、挟み撃ちにする戦法だ。もちろんうまくいけばだが、それには時間が必要だった。
しかし、時間をかけていられない事情もある。たった三人で敵中にいる阿修羅達のことが気がかりだ。白龍はこの事態を切り抜けるべく、早さと正確さを兼ね備えた選択と決断に迫られていた。
「リュージュ! そっちに行ったぞ!」
「任せろ!」
阿修羅はリュージュと二人で、夜叉共の猛攻を防いでいた。外で何が起こっているのかはわからなかったが、修羅王軍が動けないことはすぐに理解できた。ならばここは、二人で凌ぐしかない。夜魔天も金棒を振り回し、応戦中である。
「散支! 逃げるなよ!」
散支の姿を目の端でとらえながら、阿修羅は身軽な体を十分に使って、群がる敵を悉く叩きのめしていた。右も左も前も後ろも、全てが彼女の戦闘許容範囲。どこにも隙はなかった。
竜王ナーガの守護者、リュージュも危なげない戦いを繰り広げていた。たまに阿修羅と背を共にし、お互いの生存と疲労度を確認する。
「まだまだいけるな!」
暴れるのが嫌いだと言ったら嘘になる。白龍には怒られるかもしれないが、こうして戦の中にいると、アドレナリンが無限に放出されてありえないほどハイになる。それは薬なんかじゃ得られない興奮だった。リュージュにとっては、それを阿修羅と共有していることもより気持ちを高揚させている。
「役に立たない雑魚どもが!」
散支の隣にいたシンダラが、次々と伸されていく味方に業を煮やして、前へ出た。
「お! 来るか!」
阿修羅が飛び込む、その瞬間、凄い風圧が起こった。
「わああ!」
「阿修羅!」
飛ばされた阿修羅をリュージュが支えに走る。が、阿修羅は彼の胸を蹴って、くるりと回転して着地した。
「ウゲッ」
足蹴にされたリュージュはなんとか持ちこたえる。全く救いがいがない。いや、そうでもなかった。足蹴にされた時、彼の眼には確かに可愛いクマさんの模様が見えたからだ。リュージュはちょっと幸せな瞬間を味わった。
しかし、そんな幸せも束の間である。二人の前に現れたのは、翼を広げると二メートルはあるのではと思われる怪鳥だった。
「今度は鳥かよ!」
そう二人同時に叫んだ。豚、狼、蛇ときて鳥、もう何がきても驚かない。バサバサと翼をはためかし威嚇するシンダラに向かって、思わぬものが飛んでいった。
「ピピピピッ」
「ピ、ピーちゃん?」
夜魔天が来てから、姿が見えなかった修羅王邸の小鳥がこんなところに現れた。水色の翼がはためいているのをあっけにとられて見つめる二人。
「ふん。バカな阿修羅とそのお供!」
なんとピーちゃんが人語を話した。そして、パンっと紙風船が破裂したような音がすると、そこに人型が現れた。アラビア風とでも言うのか、ゆったりとしたパンツに水色のブラウスといった洒落た服を着ている。
「ずっとスパイされてたのも知らないで! 何がピーちゃんだ。だっさい名前つけやがって!」
「よく戻ったな。クルル」
「はい! シンダラ様!」
怪鳥と散支の間で、クルルと呼ばれたピーちゃん? は満足そうに笑った。見た目はまだとても若く、少年のようだ。翼と同じく水色の髪はざんばらに切られていてまるで寝ぐせのままだ。
「ピーちゃん。どうして……」
阿修羅は茫然として、その姿を見ている。
「おまえたちの計画は全~部シンダラ様にお伝えしてたのさ! あの間抜けな蛇野郎も僕が屋敷の中に入れてやったんだ」
どうだ、とばかりに胸を張るクルル。鳩胸だけのことはある。
「おまえ、だって俺たちを助けてくれたじゃないか!? 軍本部の偵察に行ってくれたり。どうしてだよ?」
黙り込む阿修羅の横で、リュージュが尋ねた。
「ふん! 僕はあの蛇野郎は嫌いだったんだ。いっつも僕を餌みたく見やがって。シンダラ様のお言いつけで中には入れたけど……。でも、あいつがしくじったから騒いだだけだ。僕はお前らが起きたから騒いでたんだよ。なのにあの時、蛇野郎は本気で僕を食おうとして……」
よっぽど悔しかったのか、クルルは歯ぎしりして怒り出した。
「そうか……、ピーちゃん、なんで……」
二人のやり取りを聞いていたのか、いないのか、阿修羅が寂しそうに尋ねた。
「名前が気に入らなかったなら、何故言ってくれなかったのだ?」
その問いに、そこにいた誰もが動きを止めた。敵も味方も顎を外さんばかりの間抜け顔で阿修羅を見た。
「え!? そこ!?」
時を止めた阿修羅の疑問に、高音で良く通るクルルの驚きの声が上がった。
つづく
FA おやすみ阿修羅王
@遠那若生先生
遠那若生先生からFAいただきました! ありがとうございました!
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