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第二十四話 訪問



 結果的にリュージュを夜魔天(やまてん)の所へ行かせたのは良かったかな。と白龍は思っていた。もし阿修羅が行っていたら、散支(さんし)邸への同行は叶わなかったかもしれない。


 もちろん夜魔天が、阿修羅のお願いをきかないわけはない。だが同行となると、今度は阿修羅が許さなかったろう。人の手を借りるというより、夜魔天にそんな事をさせられないと考えるからだ。

 今回もせっかくここまで来たのだから、という夜魔天の提案に最後まで難色を示したのは阿修羅だ。しかし、また危険を冒すことに慎重な白龍に言い含められ首を縦に振ることになった。


 見た目親子ほどの年の差がある二人には、どういった縁があるのだろう。阿修羅が夜魔天と会ったのは、修羅界に降臨してすぐのこと。六界の王の一人として挨拶に出向いたのだが、二人はその瞬間から、まるで旧知の間柄のように打ち解けていた。

 馬が合う。と言ってしまえば簡単だが、そばにいた白龍も首をかしげるような仲の良さだった。


 画して来訪当日の夕刻、地獄界の王、夜魔天と従者の一行が、散支邸に向かった。夜魔天の従者と言えば、当然のことながら鬼である。修羅王邸の二人がその任にあたった。

 阿修羅は例のごとく上手に化けている。ちょっと可愛すぎるくらいだ。白龍は天馬として夜魔天を乗せている。これは扮装不要だが、美しい白馬の白龍は有名すぎるので、不本意だが、所々に炭のような斑点を付けた。そしてあまり上出来とは言えないが、リュージュも鬼の変装をして一行に混ざっている。


「おまえの鬼は、扮装と言うより仮装だな。夜魔天の側近たちは、もっと威厳があったと思うが」


 からかい半分で、阿修羅が笑う。衣装は地獄界から持ってきてもらった鎧だが、鬼は総じて体がでかい。どうしても武具に着られてしまう感は拭えなかった。


「何言ってんだ。阿修羅のほうこそ、ねーちゃんがいる店の看板娘みたいだぞ!」


 負けじと憎まれ口をたたくリュージュ。それはあながち外れてもいず、また憎まれ口でもなさそうだった。


「な、なんだと! 気に入ってるんだから放っておけ!」


 真っ赤なミニスカワンピに前掛け型の鎧を付け、長くおろされた髪にちょこんと角が二つ覗いている。顔こそ太い眉に金色の瞳、唇から覗いた牙が鬼らしさを醸し出してはいたが、リュージュの言いようにも一理ある。


「夜魔天様の前ですよ! 二人とも緊張感が足りなさすぎです!」

「構いませんよ。本当に仲が良いですねえ」


 見かねてたしなめる白龍に、夜魔天は楽しそう応じる。棘のある言い方ではなかったが、調子に乗り過ぎたかとリュージュは一瞬ひやりとした。白龍に怒られたこともあって、その後は二人とも黙って散支邸への道を急いだ。




 散支夜叉は天界にいたころ、夜魔天と親交があった。夜魔天も地獄界の王であると同時に天界の神でもある。それは修羅界の王である阿修羅と同じ。阿修羅も天界の神としての地位も館も持っている。実際あっちの館には寄り付かなくなってはいるが。


 散支が修羅界に堕ちたのは、宝賢(ほうけん)満賢(まんけん)兄弟との戦が原因だった。因みにこの二人も喧嘩両成敗で修羅界堕ちしている。

 この戦の時、間に入って戦を終わらせたのは夜魔天だった。下手をすると修羅界どころか、人間界への転生を余儀なくされるところを、修羅界堕ちで留めたのは夜魔天の力によるところが多い。


 その後も気にかけていた夜魔天だったが、今回の騒動に散支が加わっていることは思いもよらなかったようだ。


「面目ないことです」

「誰も貴殿の責任などとは思ってはいない。それどころか私の方が詫びねばならんだろう。修羅界にいながら、奴らの動向が全く見えなかったのだから」

 

 大きな体を折る様に詫びる夜魔天。阿修羅は返す言葉で、夜魔天の頭を上げさせた。





 散支邸はひっそりとしていた。夜魔天の一行を迎えたのは、散支夜叉(さんしやしゃ)本人と側近のシンダラという夜叉族ら数名。そして散支に仕えている従者たちだった。


「突然来訪してすまなかったのぉ」


 事前連絡後、わずか三十分の訪問である。取り(つくろ)う時間もなかっただろうが、散支邸には何の疑いを持つべきものはなかった。

 悪鬼神ともなると、大概図体がでかい。当然屋敷の天井が高くなるが、この屋敷も御多分に漏れず、高い天井に一族郎党が集まれるかと思うような広間が用意されていた。


 その中央に置かれた、二十人掛けくらいの立派なテーブルに三人は誘われる。


「とんでもございません。夜魔天様にわざわざお越しいただけるとは光栄でございます」


 そう(うやうや)しく挨拶を述べると、果物やらお菓子やらをふるまい始めた。


  ――――さすが悪鬼神ともなると、このような食べ物が用意できるのか。全て天界の物だな。

 

 阿修羅はそれを見逃がさなかった。白龍は馬のままなので、館の中には入れない。ここで動けるのはリュージュと二人だけだ。だが、夜魔天もいることで、騒ぎを起こすのは得策ではない。今夜は文字通り探索だけと考えていた。


 軍議室での打ち合わせ通り、浄玻璃鏡(じょうはりきょう)は夜魔天が持っている。打ち解けたような会話が続く中、そろそろ出すタイミングかと、懐に手を伸ばした。


「散支、これをちょっと見てくれないかな。あしゅ……、アスラ、持っておくれ」


 アスラと呼ばれた阿修羅は、夜魔天の側によって、浄玻璃鏡(じょうはりきょう)を受け取る。ここで気取られないよう、自然に振る舞う。


「なんでございますか? それは?」


 阿修羅が紫色の布に包まれたままの浄玻璃鏡を散支に渡す。散支は疑いもせずその包みを開けた。美しい縁どりが現れる。牡丹、桜、椿といった花のレリーフが色とりどりに咲き誇り、見る者の心を一瞬で捉える。


「これは、見事な細工ですな」


 そう言いながら、つい鏡を覗く散支。美しいものに惹かれる、それは自然な行動だった。そこには自らの顔が映っている。


 浄玻璃鏡(じょうはりきょう)は記録する媒体だった。今、散支は自分の顔しか見えないが、一度そこに顔を映したものは、過去の全てを記録されてしまう。


「美しい鏡であろう?」

「はい。ですがこれが何か?」


 鏡を返す散支から、これまたごく自然に阿修羅が受け取り、夜魔天に渡す。


「貴殿も聞いたことがあるだろう。これは地獄界にある浄玻璃鏡と同じ力を持った鏡なのだよ」

 

 散支はやや顔を引きつらせ、悔しそうに唇を噛んだ。


「突然の訪問の真意を疑わなかったわけではありません。こんなふざけた変装した従者まで連れて。見損ないましたな、夜魔天殿」


 散支はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。


「それでは、見られて困るものがここに映っていると、そういうことか?」


 どこまでも慌てない夜魔天。隣で阿修羅とリュージュは剣の柄に手をそえる。散支は夜魔天の手にある鏡を取ろうと手を伸ばした。


「無駄です。一度ここに映ったものは、既に地獄界に送られています。今、これを割っても何もなりませんよ」


 事もなげに言うと、夜魔天は鏡をそっと撫ぜる。記録した過去を映し出さそうとしているのだろう。


「そうですか。それでは、お帰しするわけにはいきませんな」


 その言葉が合図だったのか。しんと静まり返っていたはずの散支邸が、一瞬にしてその様相を変えた。三人の訪問者の周りは、あっという間に夜叉族に囲まれてしまった。

 殺気が広間に溢れる。外で待つ白龍にもその異変が伝わるほどに。






つづく



イラストあげ


挿絵(By みてみん)


イラストは@神谷吏祐先生

ロゴは@草食動物様

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