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第二十二話 地獄界の王

※ここまでのあらすじ

修羅界に暗躍する陰謀は、八大夜叉大将と呼ばれる八人の悪鬼神に強く関係していることがわかった。

無比力夜叉配下のサンチラに苦戦はしたが、仏陀の力も借りて退けた阿修羅達。次なる相手は?



 激戦の一日を終え、修羅王邸に戻った三人は食事もとらずに各々の部屋へ入った。色々確認したいことはあったが、疲れを取るのが先だった。


 阿修羅は自室のシャワーを浴びると、慎重にタオルを選ぶ。あの夜以来、風呂に入るのが恐ろしかった。簡単に拭くと、速攻で服を着る。鏡の前でポーズを取るのも、今はやらない。


 風呂に入っている間、以前なら白龍を見張りに立たせただろうが、阿修羅は何となく躊躇している。あれから何が変わったわけではないが、男として見るようになっていたのかもしれない。リュージュはもちろん論外だ。


 今となっても、サンチラがどうやって入って来たのかまだ謎のまま。あの無比力(むひりき)邸の火事騒動で連れ帰ってしまったのかもしれないが、定かではない。寝室の再建にあたって、防御を万全に施したが、それでも不安は拭えなかった。


 ――――大丈夫だ。シッダールタが見ていてくれる。


 文字通り頼みの綱だった。今日の戦いでも仏陀はずっと彼女を追っていたのだ。だからこそ、最後の土壇場で助けに来ることができた。


「危なかったな、考えてみれば。私ともあろうものが」


 阿修羅は気づいていなかったが、その高いプライドと強い自信が実は脆さに直結している。それは今後の戦いでもネックになるやもしれないことだった。彼女の弱点だ。

 ベッドに倒れこむとのそのそと布団にもぐる。阿修羅の寝間着は(誰か知りたいのかわからないが)、男物のワイシャツ型の寸胴ワンピスタイルである。襟元はスタンドカラー。長さは膝上十センチといったところか。

 誰かのぬくもりを欲しがるように愛用の枕を抱きしめる。


 ――――やっぱり遠距離恋愛は寂しいな。


 どこでもドアよりも速く会えるくせに何を言っているのか。全国の遠距離恋愛中の人に謝れ、ときっと誰かが思ったことだろう。


 ふいにリュージュの顔が浮かぶ。『そんな目で見るな!』。サンチラに見据えられて動けなくなった時、奴はそう叫んだ。なんだかまたこそばゆい感じがする。


 ――――なんだって、奴の顔なんかが思い浮かぶんだろう。今日、助けてくれたのはシッダールタだったのに。


 ささっと思考の中でリュージュの顔を消すと、もう一度仏陀の顔を取り出してくる。途端に腑抜けた顔になった。

 ワイシャツ仕様パジャマのボタンを最後まで付けられなかった。不安はあったが疲れの方が増し、阿修羅は夢も見ないで眠り込んだ。



挿絵(By みてみん)

@遠那若生先生よりFA



 どこかで鳥の声がする。修羅界において鳥の声で目覚めることなどついぞないことだが、ここ修羅王邸では、普通の朝の出来事だった。加えて美味しそうなトーストとコーヒーの香りがする。阿修羅はコーヒーを飲めないが、香りは嫌いじゃなかった。


「おはよう」


 身支度を整えて阿修羅は広間へと足を進めた。修羅王邸広間のテラスからはゴルフ場くらいある庭と森が見える。修羅界と違って、ここだけは太陽もあたる色鮮やかな世界だ。


「おはようございます。王、夜魔天(やまてん)様から承諾の連絡が来ました」


 白龍が阿修羅用の紅茶を入れながら言った。


「お、そうか。それは有難い」


 阿修羅は既に二枚目のトーストをぱくついているリュージュの隣に座った。そのリュージュがトーストを(くわ)えたまま口を挟んだ。


「夜魔天様って、あの地獄の? 承諾って何か頼んだのか?」

「そうだ。今回夜叉の不良連中が大量に出たからな。半分くらい地獄に引き取ってもらえないかと打診したのだ」


 紅茶のいい香りが食欲を誘う。阿修羅は目の前のキツネ色に焼けたトーストを手に取る。


「そんな細かいことまで……。いつの間に」


 修羅界の争い事だけでなく、それに伴う行政も二人はこなしていた。行政局もあり、細かいことは任せてはいるが、他界との交渉事など面倒なことは阿修羅と白龍で執り行っていた。


「リュージュさんにもこれからは手伝ってほしいですね。先日、地獄に行かれたようですし」


 と、これはあながち嫌味というわけではない。リュージュが一瞬だが地獄に迷い込んだことも、クレームと共に受け取っている。

 ここに来てまだ半年ほどのリュージュは、この世界に慣れ、戦うことで精いっぱいだが、元々政治事に疎い方ではなかった。今までは二人でも十分だったが、平時の倍以上に忙しくなっては手が欲しい。白龍の依頼は正当なものだった。


「そうだ。リュージュ、おまえ夜魔天のところへ行って来いよ。この間の詫びも兼ねて」

「ああ、それはいいですね。私が行くつもりでしたが、顔繋ぎのためにもそれは名案でしょう」


 ただの思いつきだろう阿修羅の提案だったが、リュージュが一言も発しないうちに決定事項となった。





 無比力(むひりき)の隊が後退した後を、阿修羅と白龍は探索に出かけていた。修羅王軍本部から南に行くこと十キロメートルほどのところだ。


「あいつは館も持たずに一体どこに隠れているのだろう」


 そこには無比力夜叉軍の本隊、五千ほどの兵がいたと思われる。それがまた、忽然(こつぜん)と消えてしまった。


「同じように動いていた散支夜叉のところではないでしょうか」


 馬のままの白龍が草原に鼻をあてて匂いを追っている。


「そんなに群れることができるのだろうか。もしそうだとすれば、やはり強大な力を持った誰かが背後にいるとしか思えない」


 阿修羅達の目的は八大夜叉と呼ばれる悪鬼神をあぶりだして個別に叩き、そしてそれを束ねる誰かを突き止めることだ。出来ればこの間のような戦争状態にはしたくない。

 大軍同士の戦となると、戦闘不能であっても死なない夜叉達で溢れかえってしまう。そいつらは甦るとまた敵につく。


「一か八か散支を落とすか。やつの屋敷に査察と称して乗り込む。『虎穴に入らずんば虎子を得ず』だよ」

「凝りませんね」


 呆れた口調で白龍が答えた。もしも今、馬ではなく人型だったなら、脱力した表情を見せただろう。


「でも、待ってください。実はリュージュさんにお願いしていることがあるのです。夜魔天様が手を貸してくれればいいのですが」


「夜魔天? ああ、なるほどね。さすが有能な軍師だな」


 修羅界の異変は六界全てに悪影響を与える大事になりつつある。地獄の王である夜魔天も、阿修羅に甘いことを差し引いても手を貸してくれる可能性は高い。


 ――――なので、本当は阿修羅王に行って欲しかったんですけどね。まあ、リュージュさんもうまくやってくれるでしょう。


 さて、白龍は地獄の王、夜魔天に何を依頼したのか。続きは次回。






つづく



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