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第十九話 小さなスパイ

Pちゃんとか、いたよね?



 修羅王軍本部には、カルラの他に、シュンバ、スバーフといった軍の幹部が何名か常駐している。カルラはこのところ修羅王邸にいることが多かったので、主にこの二人が本部を取り仕切っていた。しかし……。


「二人と連絡が途絶えてから一時間が過ぎております」


 修羅王軍本部を見据える小高い丘に阿修羅達は陣取ていた。周りは雑草と岩、無造作に生える枯れた低木がそこらに散らばっている。


 この時の本部には、研究部門以外はあまり兵士達が中にいなかったのが幸いした。ほとんどが見回りなどに出払っていたのである。逆に言えば、手薄なのを狙われたのかもしれないが。陣にはおよそ千名を超える兵士たちが阿修羅の指示を待っていた。

 カルラが厳しい表情をして報告する。仲間の安否が心配なうえに、自らの失態ともいえる事態である。


「踏み込むか?」


 目下のもう一人の重要人物、散支夜叉の館付近で監視していたリュージュ達は、既にこちらに駆け付けていた。


「中の様子がもう少しわからないかな」


 さすがの阿修羅もそこまで無謀には動けない。既に本部に配置されていた『目』は機能を失っている。先ほどから白龍が五感を研ぎ澄まして探索しているが、いかんせん外からの防御も厚い本部である。


「チチチチ!」


 その時、頭のはるか上から聴きなれた鳴き声がした。


「ピーちゃん! なんだってこんなところに!」


 修羅王邸で放し飼いにされている水色の鳥が阿修羅の肩にちょこんと乗った。また性懲りもなく阿修羅の瓔珞(ようらく)をつつく。


「誰か連れてきたのか?」


 突かれながら振り向くと、いつか見た情景が彼女の目の前に広がっていた。兵士達の目が、阿修羅の胸元に集中している。


「さあ、どうでしょう。誰かの馬にくっついてきたのかも」


 と、さして考えてもいない生返事が返ってくる。


「おまえら、今がどういう時がわかっているのか!」


 ピーちゃんをひょいと掴んで頭上に乗せると、頬をやや赤らめた阿修羅が怒鳴る。頭に乗せられたピーちゃんは、今度は髪飾りを突きだす。明らかに落胆した兵士たちがそれを見上げた。


「どこまでも緊張感が足りない奴らだな!」


 阿修羅は呆れて腰に両手を当てるとため息をついた。目が自然にリュージュを探す。そこには何とも残念そうな顔をした彼の姿があった。


 ――――馬鹿……、そんな顔するな。


 なにか形容しがたい、飲みつけないコーヒーのような、ほろ苦い想いが阿修羅の胸に去来した。


「王、ピーちゃんに探らせたらどうでしょう?」


 一連の流れのなかで、比較的冷静だった白龍が提言した。はっとしてそちらを見る。今の白龍は馬の姿だ。王の命令次第ではすぐにも突撃と思っていたのだ。


「ピーちゃんに? そんなことができるのか?」


 頷くと白龍はカルラに指示をして 『目』 を持って来させた。カルラが手にしてきたのは、普通のものよりもさらに小さな超小型サイズである。


「先日、王の瓔珞に取り付けた超小型の目です。それをピーちゃんの首に付けます」

「ピッ?」


 カルラが言われるままに小鳥の首に括りつけた。彼はどういうわけか大人しく、何これ? と言わんばかりに小首をかしげた。鳥がよくやる仕草だ。


「軍本部の内部までは行けなくても、近くまで、もしくは中庭の方に入れるかもです。カルラに巻いてもらったのは私の髪です。感度もよくなるはずです」

「そうか……。でもピーちゃんに危険はないかな」


 納得しながらも、心配そうに尋ねる阿修羅。ピーちゃんは自分に取り付けられたカメラを無邪気に突いている。


「大丈夫ですよ。ピーちゃんは賢いし。今はこれしか策を思いつきません。それともいつものように、何も考えず踏み込みますか?」


 いつもの、というところを強調して白龍は言った。阿修羅も最近の自分の行動が白龍たちに迷惑をかけているのは十分承知している。


「わかった。迷っている時間が無駄だ。やってみよう」


 馬と鳥に共通語があるのか不明だが、白龍はピーちゃんに何やら言い含めると、小さなスパイは空へと飛んで行った。





 さて、時を少し戻す。


 天界からの訪問者が修羅王邸の敷居をまたぐよりも半時ほど前に、もう一人の訪問者があった。

 仏陀である。

 

 人間界で、自分を拘束しようとしたサンチラの使いと一戦を交えた仏陀は、その事後処理に追われていた。弟子の中には鋭い者も多い。時ならぬ気配におびえた者もいたし、何より天界とのやり取りに忙殺された。

 心配だった阿修羅の顔を見ることができず、内心焦れて事に当たっていたが、ようやく教団も落ち着き、この日訪れることができた。


「すまなかったな。遅くなって」

「いや、シッダールタ。私の方こそ心配していた。私の戦いに巻き込んでしまって……」


 仏陀は訪問が遅くなったことを詫びたが、詫びたい気持ちは阿修羅の方にこそあった。彼の無事な姿を見て、心から安堵している。


「平気だったか? 白龍達にすぐ危険を発信したが」


 仏陀の暖かい声が、耳のすぐ上でした。二人は阿修羅の寝室、ベッドの上で肩を寄せ合って話している。


「ああ、助かったよ。二人が来るのがもう少し遅かったら、危なかった」

「阿修羅……」


 肩にかけた右腕にぎゅっと力を入れて抱き寄せる。どのようなことがあったか、詳しくは話していない。もしその詳細を知ったら怒り狂いそうだったので、誰もそのことを言えなかった。


「今度の相手は、生半可ではなさそうだな。私もここにずっといたいくらいだ」

「それは……。だが、これは私の戦いだ。大丈夫。私は負けはしない。でも……」


 阿修羅は仏陀の顔を覗き見る。


「ん? どうした?」

「目を……。離さないでくれ。私から」


 いつも強気な阿修羅が、仏陀の前でだけ垣間見せる一面だ。仏陀は憂いを持ったその赤い瞳を、優しい瞳で見つめ返す。


「離さない。約束する」


 そう誓うと、阿修羅の唇に指で触れ、おもむろに自らの唇を寄せる。重ね合わされた唇は、絡み合うように交わされ、阿修羅の細い指が仏陀の黒髪を手繰った。


「ピピピピ!」


 甘~い気分の二人を、突然の甲高い鳴き声が邪魔をした。二人は驚いて体を少し離す。見上げると水色の翼が美しい小鳥が、二人の様子を眺めるように舞っている。


「ピーちゃん! おいで」


 阿修羅が呼ぶとピーちゃんは阿修羅の肩に乗ってきた。真正面にある仏陀の顔を、小首をかしげて見ている。


「ピーちゃんだ。今回はこの子も活躍したのだ」


 阿修羅は人差し指でピーちゃんの首のあたりをくしゅくしゅする。肩の上の鳥は嬉しそうにピピっと鳴いた。


「ふうん。そうなんだ」


 阿修羅から体を離した仏陀は、もの珍しそうに『ピーちゃん』の仕草を見ていた。





つづく



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