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第十八話 挑発

天界コンビ来訪。


 サンチラの憑代(よりしろ)、大蛇の事件があった二日後、修羅王邸は訪問者を迎えていた。梵天(ぼんてん)帝釈天(たいしゃくてん)、天界のナンバー1と2である。ぱっと見では、丸い梵天と長方形の帝釈天といった具合だ。華美にならない程度の正装で訪れているところから、この訪問の意味がわかる。


「もうお加減はよろしいのですか?」

「どうもないが? で、何の用だ。雁首並べて」


 二人は修羅王邸の応接室にいた。緑色を基調にした落ち着いた部屋。三人掛けにしては広いソファー一脚と一人掛けが二脚備え付けられている。

 天界のそれとは違って趣味がよい部屋だが、使うことはほとんどない。客らしい客などめったにこないからだ。この二人の訪問ももちろん初めてである。二人とも体が埋まりそうな幅広のソファーに、なんとか腹筋を使ってまっすぐ座っている。

 ちなみに阿修羅はふんぞり返り、いつもの通り長い足を組んでいる。


 三人が囲むテーブルには何も置かれていなかった。お茶などの飲料もない。白龍が出そうとしたが、阿修羅に止められた。『あいつらに出す茶などない。出すときは毒を入れた時だけだ』。と、阿修羅はまんざら冗談でもなさそうに言った。



「もちろん、王のお見舞いに。大変な目に合われたと聞いておりましたが」


 帝釈天が探るように阿修羅の顔を見る。何があったのか詳しく知るはずはないが、多少なりとも掴んでいるのか。良からぬ事を妄想しているかに見える二つの目に、阿修羅は軽く鳥肌が立つのを覚えた。どうにも性的に好きになれん男である。


「それはどうも。だが、心配は無用だ。私には有能な部下がいるのでね。それより……」


 二人の来訪者にプレッシャーをかけるべく、阿修羅は座り直して身を前のめりにした。自然と二人の神は背筋を伸ばし、やや後ろに巨体を引いた。


「シッダールタに敵の手が及ぶなど、あってはならないことだ。それについてどうお考えかな」


 阿修羅がにらみつけると、さすがにそれには反論はなかった。二人の天界人は苦い顔をしながら、こう告げた。


「重々承知しております。仏陀殿にはより一層の警護をつけましたので」

「私は人間界には行けない。そちらに任すしかないのだから」


 阿修羅はそう言うと、立ち上がる。


修羅界(うち)では今、無比力(むひりき)散支(さんし)を張っている。天界で何か新しい情報があるなら回してもらおう」

「承りました。すぐにも」


 帝釈天も立ち上がって答える。今日は控えめの宝玉が、それでも揺れて音がした。それを横目で見、阿修羅はそのまま部屋を立ち去ろうとする。


「では、私は失礼する。朝から奴らの動きが妙なのでね」


 二人はまだ来て間もないというのに全く愛想無しである。だがその様子を意に介さず、阿修羅は部屋を出て行った。残された二人は思わず顔を見合わせる。


「いつまでこの傍若無人ぶりを許すつもりですか、梵天様」


 阿修羅が退出してすぐ、彼女の礼を欠いたふるまいに、ついに業を煮やした帝釈天が思わず口に出した。


「今日はいたしかたないだろう。仏陀殿に手が及んだのは、間違いなくうちの失態だ」


 だが、梵天は冷静さを崩さない。帝釈天の怒りを一蹴した。


「はあ、まあ」

「貴方の失態だということ。わかっているだろうね」


 完全に帝釈天の藪蛇(やぶへび)になったことは間違いない。憮然としながらも、『承知しております』と言うほかはなかった。


「梵天様、帝釈天様。主が失礼をしました」


 そう言って部屋に入って来たのは白龍だ。白を基調とした中華風の衣を着ているのだが、いつもより襟元を閉じ、胸板が隠されていた。


「お帰りと伺いましたので。お送りいたします」


 左手を戸口の方に差して、にこやかにほほ笑む。


「おお、すまないね」


 梵天は現れた馬耳の従者の指示通り、扉へと進んだ。その後を帝釈天が続く。


 ――馬の方が躾がいいな――


 帝釈天は、長い銀髪に緑色の瞳、端正な顔立ちの白龍をじっと見る。おそらく白龍の顔をしっかり見たのは今日が初めてだったろう。

 身長が百九十センチの白龍だが、帝釈天は彼よりも背が高く、横も格闘技家急に立派なので見た目は一回りも二回りも大きい。自然とそれは見下ろす形となり、何の遠慮もなく人の顔を見る様子は傲慢そのものに映った。


「帝釈天様。馬というものは人を乗せることを仕事としているため、相手が自分をどう思っているかわかるものです」

「ほお」

「もし私が今、馬であったなら、間違いなく貴方を蹴りだしていたでしょうね」


 帝釈天はしばらくそのまま白龍を見下ろした。緊張した空気が漂う。


「ふっ。躾が良いかと思ったら、やはり主と変わらないか」

「誉め言葉として受け取っておきます」


 きっとにらみ合う二人。いかに相手が天界の重鎮であろうとも、白龍は一歩も引かなかった。


「おい、帝釈天、何をしているのだ? 行くぞ」


 先に廊下へと出ていた梵天にはその会話は聞こえていなかった。なかなか出てこない帝釈天に焦れて声をかける。


「今すぐ参ります。いえ、阿修羅王の部下殿はさすがに頼りになると思いまして」


 帝釈天は長いマントのような上衣を翻し、白龍に一瞥を投げると梵天の元へと歩いて行った。





 事件が起こったのは巨体の二人が天界へ戻って間もなくのことだった。


「阿修羅王、まずいことになりました」

「どうしましたか?」


 修羅王邸、軍議室に詰めていた阿修羅、白龍に暗い顔して報告に来たのはカルラだった。努めて優しく尋ねる白龍。阿修羅は既に帯剣している。


「修羅界の軍本部に捉えた夜叉達が暴れ出しまして」


 2日前、炎に包まれた無比力邸の前庭で、多数の夜叉、悪鬼が入り乱れて争っていた。阿修羅達修羅王軍は、そのうちの数名を本部に拘禁した。


「なにも有力な手掛かりは出なかったのでしょう?」


 諜報部による取り調べは順調とはいいがたく、何の情報も得ることができなかった。致し方なく、そのまま夜叉どもは留置状態のままだ。


「やられたな」

「え?」


 ぽつんと呟いた阿修羅に、白龍とカルラが同時に声をあげ注目した。いつもの癖、唇を右手指でつまんでいる。


「私たちが捕まえた中に、力を持ったものが隠れていたのだとしたら。いや、無比力直属の者がいたら」


 カルラは最後まで聞かずに部屋を飛び出していった。


「白龍、出撃だ。散支邸の所へ行っているリュージュ達もすぐ呼び戻せ」


 修羅王邸に出撃の号令が響き渡る。邸内はにわかに殺気立った。





つづく



挿絵(By みてみん)


白龍ラフ画 @神谷吏祐先生

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