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第十七話 胸騒ぎ

※ここまでのあらすじ

修羅界は、戦乱の時期を迎えていた。八大夜叉大将という見えざる敵を相手に阿修羅達は翻弄される。

ある夜、阿修羅は大蛇の襲撃に会い危機に見舞われた。白龍、リュージュの助けもあって何とか倒すことができたが……。



「ピピピピッ」


 夜が明け、修羅王軍と天界の軍部がやってきた。大蛇の回収と修羅王邸の修復のためだ。


「ピーちゃんも頑張ってくれました。私たちを起こすのに騒いでくれたんですよ」

「そうなのか。いい子だな」


 客間のベッドに半身を起こし、白龍の入れたチャイを飲んでいる。阿修羅はさすがに疲れているようで声もいつもより小さい。一方、青い羽を羽ばたかせるピーちゃんは、誉められたのがわかるのか嬉しそうに部屋を飛び回った。


「阿修羅王、大蛇はサンチラという夜叉の憑代のようでした。無比力(むひりき)夜叉の従者とのことです」


 諜報部の兵士が報告に入って来た。


「サンチラ……。そいつも名前だけは聞いたことがあるな。まさか、昨日の火事騒ぎはこのためにやったのか?」


 ――――もぬけの殻だった修羅王邸に入り込んだ? それとも、不用意に持って帰ってしまったのか?


 阿修羅は右手の指を唇のところに持っていき、指で唇を挟む。考える時の癖だ。

 昨夜のことを思い出すと、今でも鳥肌が立つ。なんとかその悪寒を払いながら思考しようとするが、なかなか難しかった。


「で、奴を仕留めることはできたのですか?」


黙ってしまった阿修羅に代わって白龍が部下に尋ねた。


「わかりません。ただ、深手は負ったと思います。相当量の血が流れていましたから」

「そうですか。ご苦労様です」


部下は一礼をして退出した。彼が部屋の外へ出るのを見計らってから、白龍は阿修羅に声をかける。


「仏陀様とは連絡が取れたようですね」

「あ、ああ。シッダールタは大事なかった。あいつを留めていた蛇も捕まえたらしい。天界の連中が回収にいった」


 仏陀は人間界で瞑想をしている時、突然体が動かなくなったという。目の前にいる蛇が術を使っていることはすぐにわかったが、その術を破るよりも意識を飛ばすことを選んだ。阿修羅の身に危険が迫っていることに気が付いたからだ。

 すぐに白龍とリュージュが目覚めるように念を飛ばす。そして彼らに自分の声が届いたのを知ると、眼前の蛇との対峙を開始した。


『蛇よ。私の足止めに来たようだが。無駄足だったな。何故だかわかるか?』

『何を言い出すか。私に捕らわれたおまえは指一本動かせまい』

『何故、おまえは勝ったと誇れるのだ? その根拠はどこにある? 私が動けないと思っているようだが、それは本当に正しいのか?』

『うう……』


 仏陀は自分を真正面から捉えている蛇の逆手を取って、自分から思念波を送る。どんどんと問いかける詰問を行い、精神的に追い詰めた。蛇はその思考の罠に嵌って集中力が欠けていった。

 ここで勝負あり。仏陀は難なく蛇の術を抜け。錫杖(しゃくじょう)で叩くと今度は仏陀が術をかけて動きを止めた。

 ほどなく阿修羅の危険が去ったことを知る。すぐにも阿修羅の元に行きたい彼だったが、蛇の処遇に困り、仕方なく天界の使いを待つことになったという。


「だが、人間界にまで奴らの力が及ぶなど、あってはならないことだ」


 阿修羅が憤りを隠せずに言う。天界でも、仏陀に害があっては一大事と、彼に対する護衛をさらに厚くすることとなった。


「リュージュはどうしている?」


 朝まで治療をしてくれたリュージュが、明るくなってからは顔を見せなかった。いつもなら気にも留めないことだが、今の彼女は少し気になった。


「王が倒れているタイミングで、敵に動かれては困りますからね。リュージュさんは修羅王軍の陣頭に立って指揮を執っています」

「そうか。やれるようになったものだ」


 何度も頷きながら嬉しそうに言うと、ベッドから起き上がり、髪を結い始めた。


「もう少しお休みになっていたらどうですか?」

「いや、確かに私が臥せっているなど噂が立っては困る」

「しかし……」


 心配そうに言いながら、白龍は髪を結うのを手伝った。白龍を意識していたとはいえ、精神的にもハードだった今、彼はやはり頼れる部下だ。いや、部下と言うより家族だろうか。阿修羅は何の躊躇もなく白龍に髪を触らせた。


「大丈夫だ。元気な姿を見せるだけだ。それだけでも大きいだろう」


 髪にいつもの髪飾りを着けると、阿修羅はパキパキと首や肩、手首を回して音を鳴らした。


「よし! 行くか!」

 

 スタッとベッドから降りると、いつも通りの阿修羅がそこに立っていた。





「阿修羅王! もうよろしいのですか?!」


 阿修羅が修羅王邸の前庭に出ていくと、作業をしていた修羅王軍、天界軍の兵士たちが声を上げた。その中で、彼らに指示を出していた長髪の兵士、リュージュが阿修羅に声をかける。


「阿修羅! 無理するなよ!」

「いや、心配かけたな。でも大丈夫だ。おまえの治療のおかげだ」


 そう言うと、改めて声をかけてきた男の顔を見上げる。彫りが深く、目鼻立ちがはっきりとした、長いこと見慣れた顔だ。

 大丈夫と言ってはみたが、まだ体も頭の中もふわふわする。見慣れたはずの顔だったが、彼の心配そうな瞳と目が合うと、なんだかこそばゆい。


「そうか。ならいいが。今日はのんびりしてろよ。幸い奴らに新しい動きはないぜ」

「わかった。みなに顔を見せにきただけだ。すぐに引っ込むよ」


 頷くリュージュ。今まで以上に自信に満ちて見える。その姿を何となく見惚れるように阿修羅は見た。


「ん? 阿修羅、どうした? 俺の顔になんかついてるか? あ、鼻血出てないよな!」


 リュージュが纏っているきらきらしたオーラを阿修羅は見つめていた。なんだろう。疲れているからだろうか。何故か心臓がどきどきして、今までにない感情が浮かんだ気がした。


 ――――胸騒ぎ?


 だが、慌てて鼻のあたりをさわるリュージュを見て思わず噴出した。その新たな感情もさっと散じてしまう。


「馬鹿もの」


 小さな声で一言だけそう言うと、阿修羅は館に戻っていった。





 夜も更けて、館も静けさに包まれる。慌ただしかった一日もようやく終わった。半日で修復された寝室で阿修羅は眠っている。


 この時はまだ気が付かなかった。その姿をじっと見つめている二つの小さな目があったことを。




 つづく



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