幕あいの話 誕生日の贈り物
本日、4月8日は 仏陀の誕生日です。
それを記念して、ささやかな幕あいのお話を掲載します。
本編とは関係ありませんが、仏陀誕生の逸話など盛り込んでおります。
よろしければご一読ください。
幕あいの話 誕生日の贈り物
暑くもなく寒くもない、緩い気候の修羅界。
亜空間に位置するここ修羅王邸も常時春の陽気だ。いつも戦乱討伐で慌ただしいこの館も、本日
は開店休業状態。
今日、4月8日は仏陀、シッダールタの誕生日だからだ。
「へえ。シッダールタ、おまえお母さんの右脇から生まれたことになっているぞ」
修羅王邸の当主、阿修羅王の自室。阿修羅がいつになくはしゃいでいる。今日は「何事があっても出陣はしない」と白龍以下に申し渡している。久しぶりのお休みに心も弾んでいるのだろう。
「何を見ているのだ?」
そばには仏陀がいる。地上ではお誕生日のお祝いも別にない。この後、ありがたい説法会が開かれるらしい。
「夜魔天から借りてきた。天界では、後々こういう伝説を作るらしいぞ」
夜魔天というのは、地獄界の王、閻魔のことだ。
「伝説ねえ。まあ、箔を付けるってことかな。しかし、右脇から生まれるって、それ何かの箔になるのか?」
仏陀は阿修羅が見ている小型のモニターを物珍しそうに覗く。
「さあ? まあ普通の人じゃないってことかな」
「ほんとに右脇から生まれていたら、母も亡くならなくて済んだんじゃないか」
仏陀の母親、マーヤ夫人は、産後一週間でなくなっている。高齢出産だったという話もある。
「いや、右脇から産んだら、それもまたマズいだろう」
阿修羅は冷静に突っ込んだ。
「他にはどんなことが書いてある?」
「そうだな。これはありきたりのような気がするが、大地が揺れて、嵐が来て、花の雨が降って、咲き乱れたとある」
「天変地異ねえ。いかにも後付けしました感が否めないな。だが、母はルンピニーの花園で私を産んだと聞いている。花園だし、春だから花は咲き乱れていたことだろう」
仏陀は目を細めて遠い過去を思うような仕草をした。
「ええと、それから……。生まれてすぐ、七歩歩いて、右手を上に左手を下にして、『天上天下唯我独尊』と言った。とある。生まれてすぐ歩いたのか?」
「そんなわけないだろう。第一覚えてないが。誰のアイディアだ?」
どれどれと言わんばかりに、阿修羅の持っていたモニターを手に取った。ささっと粗方目を通す。
「ううん。まあこの七歩というのも、 『唯我独尊』 も意味は分かるが。ここまで神格化しないと私の教えは広まらないのだろうか」
いつになく真面目な顔をする仏陀。いや、これは誤解を生む。仏陀は常日頃、思慮深く清廉潔白に生活している。ただ、魂のみになってやってくるこの世界では、若干違う面が強調されているだけなのだ。
「どういうことだ?」
「七歩は、七という数に意味がある。輪廻転生の世界はいくつだ?」
学校の先生のように仏陀は阿修羅に問いをだす。輪廻転生。生命のあるものが前世の罪によって巡る輪である。
「それは、天界、人間界、餓鬼界、畜生界、地獄界、そしてここ修羅界の六つだ」
生徒気分で答える阿修羅。
「そうだ。この七歩というのは、その六界全てを越えて次の界へ行くことを示している。つまり私が悟りを得て解脱することを予言しているんだよ」
「へえ! なるほどね。良く考えてあるな。天界にも頭のいい奴がいるのだな」
感嘆の声を上げると、
「じゃあ、 『天上天下唯我独尊』 ていうのは、どういう意味がある?」
と、次の質問をした。
「これはね、一見 『自分はこの世で最も偉い!』 と言っているようだが、実はそうではない。私はそんな自意識過剰じゃない」
モニターをとんとんやりながら、仏陀の授業は続く。
「ここの 『我』 というのは、我々のことだ。自分一人のことでなく、全ての人のことを表しているんだ。そこから、どんな人も尊く平等である。と読むんだよ」
「そうなのか? なんかしっくりこないな」
生徒は不満のようである。
「まあ、取り方は色々あるだろうからな。て、おまえ、私が自意識過剰と思ってるのか?」
こらこらと言うように、仏陀は阿修羅のおでこをツンツンと小突いた。
「いや、そういうわけではないが。おまえがこの世で、過去においても未来のおいても唯一人の仏陀であると思っているから。おい、痛いよ。うふふ」
阿修羅の釈明に仏陀はこづくのをやめ、彼女を愛おしそうに見つめた。
「そうか。おまえにそう言われると嬉しいな」
えへへっ、と満面な笑みになる阿修羅。ぱっと花が咲いたようだ。
「あれ? 今日は髪飾りがいつもと違うな?」
阿修羅は常に髪をつむじのあたりで束ねている。その束ねたところに金色に色とりどりの宝石のついた髪飾りを付けていた。が、今日は赤いリボンが一つ、遠慮がちに付けられていた。
「え、ああ、これは、なんだ。その……」
さっきまでのはしゃぎっぶりから一転、もじもじとしだした。
「おまえに袈裟を贈ろうと思って、何日も前から準備していたんだ。でも、最近ずっと出陣で忙しくて……」
胸の前で両手を組んだり離したりしている。仏陀はその手をさっと掴んだ。
「阿修羅、手が傷だらけじゃないか」
手のひらを広げてみると、指に細かな傷がある。多分、針でつついた痕だろう。
「わ、私は裁縫は苦手なのだ。ごめん。袈裟、間に合わなかった」
見ると、部屋の隅に丸められた布が山になっていた。
「阿修羅、ありがとう。その気持ちが嬉しいよ」
仏陀は阿修羅を抱き寄せると、髪にキスをする。
「で? このリボンとどういう繋がりがあるのだ?」
阿修羅の頭上で揺れる赤いリボンを指で弾く。
「そ、それはだなあ。天界の婦人に教えてもらったのだよ。ホントはもっと大きいのがいいって言われたんだけど……」
「ん?」
いい加減鈍いな! と阿修羅はイラっとした。
「贈り物だよ! 受け取れよ!」
仏陀から体を離すと、乱暴に言った。顔は火が出るかと思うくらい真っ赤だ。耳まで朱に染まっている。
仏陀は一瞬唖然とする。がすぐに相好を崩し、満面の笑みとなる。
「ありがとう。喜んで受け取るよ」
もう一度阿修羅を抱き寄せる。仏陀の逞しい腕の中で、ほっとした阿修羅が呟いた。
「シッダールタ、お誕生日おめでとう」
修羅王邸、今日ばかりは平和だった。
幕あいの話 完
仏陀様 @神谷吏祐先生
※諸説あり!
この後、本編続きます!