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第十六話 SPARK!

阿修羅 危うし!

 


 ――――助け……。


 風呂上がりの長い髪から拭き切れなかった水が滴る。寝室で思わぬ敵に襲われ、阿修羅は遥か遠くの愛する人へ助けを呼ぶ。


「助けを呼んでも無駄だ」


 割れた鐘の音のような、低音でくぐもる気味の悪い声で蛇が喋った。


「な、なんだと……」


 緑色に光る大蛇は裸体の阿修羅を締め上げながら、長い舌を振動させる。抑揚のない言葉が音というより、頭に直接響いてくるようだ。


「仏陀には人間界で眠ってもらっている。おまえの声は届かない」

「おまえ! シッダールタになにを……、ぐっ!」


 思わず反応した阿修羅の言葉を遮るように、大蛇は再び強く締め付ける。


「人の心配するよりも自分の心配するんだな。十分にいたぶったら、この毒牙でかみ殺してやるから」


 締め付けを強めながら、大蛇は鎌首を上げて阿修羅に迫る。血のように赤く瞼のない双眸が阿修羅の眼前で光っている。


「う!」 

「ほらほら、感じるだろう?」


 なんとか両手で大蛇の首を掴む。渾身の力のつもりが全く力が乗らない。大蛇は締め上げながら、のそのそと揺り動く。体中に悪寒が走った。


 「や……やめろ……、あうっ」


 阿修羅は太もものあたりが震えるのを感じていた。立っているというより立たされている。肺が潰され空気がうまく入ってこない。呼吸はいつしか喘ぎ声に近くなっていた。


「ぐふ、たまらないねえ。その喘ぎ声、あの男にも聞かせてやりたいもんだ」


 下品な笑い声が阿修羅の力を削いでいく。つま先がようやく触れる床はしたたり落ちる水滴で濡れていた。





 ――――白龍、リュージュ、起きろ……。


 小国の宮殿くらいの広さと豪華さを誇る修羅王邸、の二階。別々の部屋で熟睡していた白龍とリュージュ。しかし、同時に夢の中で声を聞いた。それは紛れもなく、仏陀の声だ。


「ピピピピー! ピピー!」


 そして、階下で鳥が大騒ぎをしている。二人はほとんど同時に跳び起きた。


「阿修羅王!」「阿修羅!」


 何かとてつもなく大きな不安が胸によぎる。二人は扉を開けるのももどかしく、まさに飛ぶように阿修羅の寝室に向かった。


「ああ!」


 部屋に入った二人は、その光景に足がすくむ。緑色にひかる大蛇がくねくねと裸体の阿修羅に纏わりついている。苦痛に歪む阿修羅の顔、唇から漏れる息は絶え絶えになっていた。両手で必死に首を掴んでいるが、その毒牙は白い首に届きそうだった。


「阿修羅―!」


 リュージュが剣を振り上げて大蛇に飛び掛かる。しかし、刹那太い尻尾で思い切りはたかれ床に転がる。

 白龍は大蛇の首を持って阿修羅から剥がそうとするが、大蛇は鎌首を持ち上げて牙をむく。だが、二人は阻まれようと、叩きつけられようと、何度も大蛇に向かった。

 意味がないと思われたその攻撃は、決しては無駄ではなかった。大蛇が阿修羅を締める力が若干だが緩まった。


「冗談……じゃない」


 その僅かな隙を阿修羅が見逃すはずがない。すうっと息を吸うと、体中のエネルギーをオーラに変えていく。阿修羅の体を黄金の光が纏った。


「二人とも、離れろ!」


 その言葉が終わるか終わらないうちに、大きな稲光が炸裂した。凄まじい光量のスパークが、阿修羅と大蛇がいた場所からいくつも音をたてて弾けた。


「阿修羅!」


 爆発の威力は阿修羅の寝室を吹き飛ばした。辛うじて身を守った白龍とリュージュの目の前に、分断された蛇の体が生ごみを投げ捨てるような音を立て、部屋の装飾物とともに落ちてきた。


「阿修羅王!」


 白龍は倒れている阿修羅に駆け寄り左腕で抱きかかえると、さっと自分の上着を脱いで彼女を包んだ。


「なんてことを。大丈夫ですか、王」


 心配そうな声が阿修羅の耳に届いた。

 阿修羅はオーラを雷に変えて放った。濡れた体と床はその威力を倍にし、肉体に纏わりついていた大蛇を感電させ、爆発はその身体をぶつ切りにした。しかし、元の阿修羅も無事にはすまない。所どころにやけどの後がある。ストレートの髪も心なしかウエーブがかかっている。


「ああ、すまない。大丈夫だ」


 目を閉じたまま、阿修羅は答えた。


「阿修羅、大蛇は粉々になったよ」


 リュージュが風呂場から持ってきた綺麗なタオルで阿修羅の顔を拭く。


「心配かけたな。お陰で助かった」


 そう言って、阿修羅は片目を開いた。いつもは滾るような赤い目も、今は力ない。しかも何か目に入ったのか、片目はまだ開けられないようだった。


「そうだ! シッダールタが! あいつ、シッダールタに何かしたみたいだ!」


 いきなり腕の中でもがく阿修羅を、白龍は赤ん坊をあやすように、しっかりと抱きしめ落ち着かせる。


「仏陀様は大丈夫ですよ。危険を察知して私たちを呼んでくれました。ご自分では飛んでこれなかったのでしょうが、ちゃんと意識は感じます」


「動かないで。目を見せてみろ」


 開かない方の目をリュージュがそっと開く。中に爆発で飛び散った瓔珞のかけらが入っていた。そっと爪の先でそれを取ると、龍の痣のついた手のひらをかざす。すると不思議なことに、阿修羅の目が潤った。両目が見えるようになったからか、阿修羅は少し落ち着きを取り戻す。仏陀の意識を感じ取れたからかもしれない。



『いつでも飛んでこれるわけではない』。リュージュはいつかの仏陀の言葉を思い出した。


 ――――そばにいる俺たちが守らないと。


 ゆっくりとリュージュは阿修羅の頬のやけどに手をかざす。


「ああ、痛みが消える。楽になる。ありがとう」

「やはり、貴方はこちらの系統の術が向いていましたね」


 白龍が微笑みかける。男と言うのに、こちらも無駄に美しい。多分、心底ほっとしたのだろう。いつものかしこまった様子が溶けたように穏やかだった。


「いや、なんかこの痣が出来てから、俺、体の回復が早いから、もしかしたらと思って」

「龍は水の神でもありますからね。体液を使って癒すのでしょう。さあ、お体の方もお願いしますよ」


 自分の体を少し動かして、両腕で抱えた阿修羅をリュージュの方へ向ける。白龍の上着に包まれた体から、やけどを負った太ももが見え隠れしている。

 だがその時、阿修羅の危機を救い緊張が取れたのか、リュージュは目の前にあるものにたじろいだ。顔が急激に熱くなるのを感じた。つっと鼻がむず痒い。


「鼻血を拭け。愚か者」


 阿修羅と白龍は呆れたように同時に言った。




つづく


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― 新着の感想 ―
[良い点] 鼻血拭け。愚か者 ファンタジーだな。 分かりやすくて好きだな。
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