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第十三話 二人の確信犯

※ここまでのあらすじ

修羅界、天界を巻き込んだ陰謀を仕掛けているのは「八大夜叉大将」という悪鬼神たちと判明する。

その一人を破った阿修羅達だが、次なる標的を探さなければならない。

一方、そんな大事とは関係なく、阿修羅をめぐる男たちの戦いも静かに進行していた。



 密厳(みつごん)夜叉との闘いの翌日、修羅王邸はいつもの朝を迎えていた。


 阿修羅は朝食の目玉焼きを美味しそうに頬張ると上機嫌である。仏陀は既に人間界へ帰って行ったので、食卓にはいつもの三人が顔を揃えていた。

 白龍はボウル一杯のサラダを平らげ、今はモバイルで資料を見ながら珈琲を飲んでいる。そしてリュージュは、手のひらの龍をながめ、何やら感慨深げだ。朝食はとっくに食べ終わっている。


「今日は天界に行ってくる。密厳の言っていた『八大夜叉大将』のことを伝えねばならないからな」

「承知しました。お気をつけて」


 白龍がにこやかに返した。ちらっと阿修羅が白龍を見る。その瞳にいつも通りの視線を投げかける白龍。不自然に目をそらした彼女は、何も言わずにまだ熱の残った紅茶を啜った。


 ――――あれは、白龍の作戦だよな? 気にしなくていいんだよな?


 白龍が仏陀のモチベーションアップのために(?)自分にキスをしてきたことを、阿修羅は思い出し、何となく気まずい様子である。だが、当の本人(はくりゅう)は、素知らぬ顔。


 ――――意識してますかね? 可愛い人だ。


 なんて思いながら、満足そうに笑みを浮かべていた。





「俺、思い出した。おまえに言いたいことあったんだ」


 阿修羅が天界に向かった後、留守番の二人は邸内で事務作業をしていた。

 白龍は密厳やショウトラとの戦いから得た情報を分析している。リュージュはその情報を眺めながら、ああでもないこうでもないと口を挟んでいた。


「なんですか、言いたいことって。まだ何かありますか?」


 リュージュの横槍にそろそろうんざりしていた白龍が言った。


「おまえ、阿修羅とキスしただろ」


 え? といった顔を白龍はした。


「なんでご存じなんです?」

「俺があの密厳の部屋に入った時、偶然モニターで見た」

「ああ。そうでしたか」


 白龍は合点がいったように頷き、両手をぽんと合わせた。


「そうでしたかじゃねえよ。どういうことだよ!」

「そうですね。あれはきっかけを作ってさしあげたんですよ。仏陀様も阿修羅王も結界が破れずてこずってましたからね」


 しれっと答える白龍。だが当然リュージュは釈然としない。


「やっぱり、おまえも阿修羅のこと好きなんだろ?」


 リュージュの問いに白龍はやれやれと言った顔をした。


「そんなことは、大したことではないのです。あの方は、仏陀様しか見えてない。私の気持ちなど、どうにもなりませんから。でもね」

「でも、なんだよ」

「たまにはいい想いしたって、罰は当たりませんよ。でしょ?」


 悪だくみを成功させた子供のように白龍は笑う。


「なんだよ! それは」


 リュージュは大声をあげ、そして溜息をつく。


「俺なんか、まるで道化だよな。まあ、前世からずっとそんな感じだけど」

「それは。だから先日、機会を作りましたのに、何もしないで怒られて帰ってくるから……」


 今度は白龍がため息をついて言った。機会と言われて、思い当たることは一つしかなかった。


「え? まさか、あの時起こして来いって言ったのは?」


 リュージュが恐る恐る聞く。


「王はこの館で眠るとき、無防備ですからね」


 ――――ああ! やっぱり躊躇するんじゃなかった!

 

 リュージュは全身で落胆を現した。


「まあ、それでどうなるかは知りませんけど」

 ――――阿修羅王に撥ねつけられるか、固く拒否されるか、有無も言わさず殴り倒されるか。


 全部フラれるのが前提の想定。ふふっと、また悪戯っぽく白龍は笑った。どうやらこいつは確信犯、そして知能犯のようだった。





 華美な装飾が施され、誰の好みか知らないが鼻にツンとくる強い香が、あまり広くない応接の間に充満している。眉をひそめたまま、阿修羅は椅子にかけた。すぐさま目の前のテーブルにはお茶が用意される。


 ――――相変わらず趣味の悪い部屋だ。


 お茶には手も付けず、面会の相手を待つ。その相手は、大きな足音を連れて、部屋の扉を開けた。


「お待たせしました」


 阿修羅の倍は体格がいいだろうか、帝釈天(たいしゃくてん)が入って来た。これまたいつもながら趣味の悪い宝石を、身体中にじゃらじゃら付けている。


 ――――重くないのか。


 とは、阿修羅が毎回思う事である。


「話は報告方から聞きました。梵天様もまもなく到着です」

「ああ。ところで、ピカラはどうしている? もし密厳(みつごん)が術をかけたのなら、もう解けているはずだが」


 ピカラというのは、阿修羅が初めて対峙した夜叉の一味だ。ボスの名を吐かせる途中で、何者かの手によって首を折られた。


「私もそう思って、すぐに確認したのですが。残念ながら何の変化もありませんでした」


 帝釈天がそう答えたところで、梵天(ぼんてん)が入って来た。こちらは、そろそろ食べごろの豚のようにふくよかな体型である。


「遅れました。阿修羅王には、此度もご活躍ということで」

「くだらん前置きはいい」


 阿修羅が言葉を遮る。

 天界広しと言え、統治者の梵天に対してこのような物言いをするのは阿修羅だけである。だが、そのことを梵天自身も帝釈天ですら咎めることはなかった。それは妙と言えば、妙な話だった。


「八大夜叉大将。これについて説明してもらおうか」


 阿修羅は単刀直入に言う。

 今日の天界訪問には二つの目的があった。一つはピカラの様子を知る事。それはさきほどあっという間に答えを得た。そしてもう一つは、本題の『八大夜叉大将』についてだ。


「修羅界に力を持った夜叉族の頭は何人かいるが、そいつらのことなのか?」


 風船のように膨らんだ体を梵天はソファーに沈めた。帝釈天が阿修羅の斜め左、真向いに梵天が位置する。


「それは、まだはっきりとはわかっていないのです」

 

 今日の帝釈天は、おとなしい。いつもなら、阿修羅を小ばかにした言動がぽろっと零れるのだが。

梵天に言い含められたのだろうか。


「阿修羅王、夜叉族は修羅界にだけでも七十万とも百万ともいわれる大きな一族です。天界から堕ちた悪鬼神も二十名を下りません。一応リストを白龍殿に送っておきましたが」


 梵天が続けた。


「ここの分は?」


 腕組みをし、阿修羅は二人の目を代わる代わる射抜いて言った。


「ここ、とは?」

「決まっているだろう。天界にいる奴のことだよ」


 梵天と帝釈天は、ぐっと言葉を飲み込むような仕草をした。これが阿修羅でなければ怒鳴り返していたところなのかもしれない。


「貴様たち。これが修羅界だけで起こっていると、まだ思っているわけではないだろうな」

「それは……」


 梵天が言葉に詰まる。


「前にも言ったはずだ。これには天界もつるんでいると。八大夜叉大将なるものが、確かに修羅界にいようとも、それを束ねるものが必ずいるはずだ。それは強大な力を持っている。違うか?」


 阿修羅の言うことに、二人とも反論できなかった。


「阿修羅王、既に内偵をしております」


 しばらく気まずい沈黙の後、帝釈天が口を開いた。


「ですが、まだはっきりとわかっていないのです。それがわかるまでは、貴方に教えることはできない」


 前方で苦虫を噛み潰したような面持ちで並ぶ二人の様子に阿修羅は鼻で笑う。組んでいた腕と足を外して、体を前に起こした。


「まさか、庇うつもりじゃないだろうな」

「まさか!」


 梵天と帝釈天が同時に叫んだ。


「阿修羅王、仮にも天界に住まうもの、確たる証拠がなければ動けませぬ。そして、確たる証拠が出たら出たで……」

「戦になります」


 梵天の後を継いで、帝釈天が答えた。


「しかも、大きな戦になります」

「それが?」


 涼しい顔をして阿修羅が応じる。


「もたもたしていたら、本当にそうなる。その前に動けるよう、私が出向いているのだろう」


呆れたな、と阿修羅は呟くと席を立つ。


「まあいい。天界のことはおまえたちの仕事だ。せいぜい戦にならぬよう大物を釣るんだな」


 立ち上がった阿修羅に合わせて二人も立ち上がる。


「だが、こちらが先にそいつに辿り着いたら、私は容赦はしない」


 梵天、帝釈天、そして阿修羅の視線が交差する。誰も動かず、誰も声を発しない。


「その時は、阿修羅王に加勢いたしましょう」


 ようやく梵天が答えた。その目は座っているという形容が当てはまるだろうか。平然と受けて立ったように見えた。


「いいだろう。信じておく」


 阿修羅はそう言い残すと部屋を退出した。体に纏わりつくきつい残り香を振り払いながら。


「帝釈天。私に隠し事はないだろうね」


 阿修羅が去ってから、梵天は座り直して帝釈天に問うた。


「何を隠すと。そのようなことは一切ありません。今も怪しい天界人を迅速に調査しております」


 帝釈天は椅子に浅くかけた。内心の居心地の悪さを表すように。


「そうか。私も信じるとしよう。だが、阿修羅王に先に辿られるのは避けねばならない。こちらで見つけて、早々に始末しないと」


 梵天はそう言うと、用意されたハーブの香りのするお茶を口にした。


「承知しております。お任せを」


 内偵の進捗が芳しくないこともあってか、帝釈天は何一つ反論せずに頷いた。だが、


 ――――さあて、どうするかな。


 頷いたその首を垂れたまま、帝釈天の目は不気味な光を宿していた。





つづく




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