第十二話 龍王ナーガの印
バトルの回です。
白龍は仏陀を乗せて、上空に避難していた。空中戦ではなさそうなので、あまり役には立たない。仏陀も基本、戦いには参加しない。
「白龍、おまえさっきはよくも」
「まあまあ、あれで吹っ切れましたでしょ?」
「それは、そうだが」
白龍が阿修羅にキスしたことを仏陀はまだ許せない面持ちである。仏陀があと少しのところで結界を破れないのを見て、白龍は荒療治をしたというわけだ。
結果、仏陀の怒りと嫉妬が爆発して、結界を突破した。
「それに私は馬ですから。馬の時も阿修羅王によくキスしてましたよ」
「え? いや、それは違うだろ」
仏陀と白龍がそんな呑気な会話をしていた時、下では乱闘が繰り広げられていた。
「雑魚は引っ込んでいろ!」
阿修羅とリュージュはまとわりつく夜叉共を、片っ端から片付けている。やはり阿修羅は強い。こんな雑魚夜叉なら、何百人かかったって敵わない。
目にもとまらぬ速さで右の敵を薙ぎ払ったかと思うと、その返す剣で前方の敵を真っ二つにし、背後から来る敵には振り返りもせず、後ろ手で剣を突き刺した。
目がいくつあるのか、腕も何本あるのか。人間界で戦っていたときも、『三面六臂の軍神』と譬えられたことがあったが、今まさにそのように見える。なおかつ、その所作は美しい舞のようだ。
だが、リュージュも負けてはいない。 密厳夜叉の前方へ守るべく飛び込んでくる夜叉を、容赦なく斬り捨てる。痛めたはずの体も今は軽く感じ、右に左に剣がよく動いてくれた。もう、密厳に届くまでわずかだ。
「あれ?」
上空と地上、その両方で声があがった。
「リュージュめ。一気に上げてきたな」
「そのようですね。」
上空では仏陀と白龍が彼の戦いぶりをみて話している。
「リュージュ、各段に上げたな!」
地上では、阿修羅が敵を粉砕しながらリュージュに声をかけた。
「え? 何?」
「よおし! 密厳をやるぞ! おまえは右から行け!」
ぽかんとするリュージュを置いて、阿修羅は密厳夜叉に斬りかかる。もう向かってくる雑魚兵はいない。密厳が逃げる間も与えず、二人でこの場に集まった全ての夜叉を撃破した。
「くそう、役に立たない奴らめ!」
盾を失った密厳がその長い矛を振りかざす。
「遅い!」
迫る矛の隙間を狙って跳びあがった阿修羅が頭上を取る。短く振りかざした剣を密厳の首に落とした。
「あ!」
やったと思ったその瞬間、阿修羅は弾き飛ばされた。瞬時に結界を張ったようだ。結界を応用した盾とでも言うのか。
「阿修羅!」
一瞬よそ見をしたリュージュに、密厳の矛が迫る!
「く!」
寸でのところで剣で応戦する。冷や冷やな展開だ。
「リュージュ!」
飛ばされた体を空中で回転させ、地に降りる。その勢いをバネにして、阿修羅は再び密厳に向かう。リュージュを抑え込んでいる矛を持つ両腕に剣を振り落とす。
「くわ!」
剣が右腕に触れる直前、密厳は再び結界を張り、阿修羅の刃を防いだ。しかし、同時に右手の力が抜け、リュージュが矛を押し返すことができた。
「おい!」
走りながら阿修羅がリュージュに目配せする。頷くリュージュ、後を追う。二人は同時に密厳に飛び掛かった。
「二人でなら勝てると思うな!」
密厳は矛をぶんぶんと振り回し、二人が同時に繰り出す刃を結界の盾と矛で防いだ。刃の突き付けあう高い金属音が高原に響く。
二人はもう一度、同時に飛び、密厳の頭上を取った。密厳は結界の盾を張る。
「間抜けが!」
頭上で二人が重なった時、密厳は躊躇なく矛を突き立てる。
「串刺しにしてやる!」
勢いよく突いたつもりだった。だが……。
「え?」
頭上に見えていた影が遠くなる。矛が届かない。
「うげえ!!!」
激烈な痛みが密厳夜叉を襲った。阿修羅が密厳の腰から下を切断していた。
リュージュの背後を飛んだとみせた阿修羅は、空中でバク転すると地上に降り、間髪入れず密厳の腰下を輪切りにした。
矛を持ったまま前傾姿勢になり崩れ落ちていく密厳。片刃の剣を下段に持ち替えたリュージュは、首を掬うように刎ね上げた。
腰下、胴体、頭、と三分割された密厳の体は、大きな音をたてて大地に倒れこんだ。
――――見えなかった……。
密厳は飛ばされた頭で、自分の体が倒れていくのを眺めていた。
――――ここまでか、しゅ……r。
胴体から随分離れた草原に密厳の頭は転がり落ちた。
その様子を見届けると、阿修羅とリュージュは顔を見合わせ自然にハイタッチする。パチンと明るい音がすると、二人とも笑い出した。
「いや、楽しかったな。連携技も悪くない」
頬を紅潮させた阿修羅が上機嫌で言う。
「ああ! 気持ちいい!」
そんな彼女の様子を見て、リュージュの気分が上がらないわけがない。いつもより声のトーンを高くして張り上げた。
「おまえ、ショウトラとの闘いで覚醒したのか?」
「さっきから何を言ってるんだ? 確かになんか強くなった気はしたが」
阿修羅の反応が理解できず、リュージュは首を傾げた。
「リュージュ。おまえは本来の力を呼び覚ましたのだよ」
聞き慣れた声に顔を上げると、白龍と共に上空から降りてきた仏陀がリュージュの前に立っていた。
「お師匠様……。え? 本来の力?」
「気付いていなかったのか。急激な覚醒だったのだろうな」
仏の笑みを投げかける仏陀。弟子であるリュージュの成長が心底嬉しいようだった。
「おまえのオーラって青いのだな。綺麗だ。密厳をやった時、それが龍の形をしていた。かっこいいのな!」
無邪気な顔をして、阿修羅が興奮気味に言う。キラキラとした瞳でリュージュを見つめている。
――――こんな目で阿修羅に見られたの。俺、初めてかも?!
その瞳にドギマギするリュージュ。
「あ、ああ、そうなんだ? 気が付かなかった」
「手のひらを見せてください」
すっかり舞い上がって、声も言葉遣いも変になっているリュージュに白龍が冷静な声を浴びせる。リュージュは言われるままに手のひらを広げた。
「え? なんだこれは?」
そこには蛇のような、いや龍なのだろうか、模様がくっきりと浮かんでいた。
「こんなもの、今までなかった」
「それはお前の守護である龍王ナーガの印だろう。おまえを守ってくれるはずだ」
不思議がるリュージュに仏陀が答える。自分に起こったことが理解できないリュージュは手のひらを見つめる。にわかには信じられないことだったが、これがいつか偉い僧になる者を加護してくれるのだろうか。
「すごいなぁリュージュ。これでナンチャラ黒龍波とか打てるのかな?」
珍しそうに龍の痣を覗いていた阿修羅がはしゃぐ。
――――阿修羅、それは無理だ。
三人が三人とも心の中で突っ込んだ。
「さあ、ではこの分割された密厳を天界に運んでもらいましょう」
事の次第にオチがついて、白龍がようやくまともな提案を示す。密厳の首が胴体から離れたことで、ここに張られていた結界が解けた。驚くことに、そこは密厳邸のすぐ横の高原だった。密厳邸にいたカルラ達が既に気付いて、ここに向かっていた。
つづく




