第九話 覚醒!
リュージュ覚醒!
不毛な戦い。それはまさにこのことを言うのだろう。
ショウトラが率いる夜叉&悪鬼の軍団と修羅王軍は互いの躯を積み重ねていた。しかし、その躯も1時間も経たないうちに甦ってくる。
「確実に首を刎ねろ! そうすれば数日は動けない!」
先頭を行くリュージュが叫ぶ。今やこの修羅王軍の大将代理はリュージュその人だった。
――――畜生! どうにも埒が明かない! 何かいい案はないか。
一つまた一つと夜叉どもの首を狩りながら、リュージュは考える。元より考えるより動く方が性に合う男だ。付け焼刃で考えたところでいい案は浮かばない。
「カルラ! そっちはどうだ?!」
たたき上げの、現状ナンバー2のカルラに声をかける。そのカルラも次々と沸いてくる夜叉共に手を焼いている。
「何とか持ちこたえています! リュージュ殿は密厳邸にお急ぎください!」
密厳夜叉邸。本来、リュージュは仏陀の指示通り、そこへ向かうはずだった。しかし、館を出た直後に、ショウトラの大軍が修羅王軍の本部に押し寄せてきた。
阿修羅邸は亜空間にあるので奴らの手が届くことはないが、カルラ達実働部隊はこの地にいる。そこへ何万とも見える夜叉、悪鬼連合軍が大挙して攻撃をかけてきた。連合軍といっても指揮系統があるわけではない。死なないのを武器にただ猛進してきている。
――――こんなことをやっていても、時間の無駄だ!
時間の無駄? リュージュは自分で言って、はっとする。
「これは何かの時間稼ぎじゃないだろうな。阿修羅をどこかに閉じ込めて、何か別のことを進行させているんじゃ?」
――――阿修羅なら、この窮地をどう乗り越える? 考えろ! 俺だって何度も死線を潜って来たはずだ!
リュージュは戦況を確認するために、天馬で一度上空に飛ぶ。大軍の奥でショウトラがふんぞり返っている。
――――あそこまで行けるか?
「うわ!」
空を飛んでいると、後方の弓隊から容赦なく矢が飛んでくる。天馬を持たない夜叉軍にとって、空中からの敵は最も警戒を要する。
「白龍でもなければ、あの矢をかいくぐるのは難しい。だが、乗り手が良ければ、だよな。おまえも悪い馬じゃない」
リュージュはここに来てからの相棒である天馬の手綱を引くと、戦乱の頭上すれすれを猛スピードで飛ぶ。
「修羅王軍! ついてこれる奴は続け!」
頭を低くして、リュージュは片刃の剣を右手にしっかりと握る。飛び出してくる夜叉共の首を刎ねながら、一直線にショウトラを目指す。
背後に数頭の天馬が続いてきているのを感じる。
――――届け! ここは俺が何とかするんだ!
「リュージュ殿! 援護します。まっすぐ飛んでください!」
左右に修羅王軍の誇る俊足の騎兵が追い付く。二人はリュージュを援護するべく壁を作った。
「助かる!」
矢のごとく、空をつんざく。ショウトラのいる本陣は間近に迫る!
猛スピードで迫る黒髪の戦士の勢いに怯えたか、ショウトラは自らの力の全てを解き放った。
「グワアアオ!」
この世のものと思えぬほどの獣の唸り声が響いた。
「危ない! リュージュ殿!」
リュージュは巨大狼の鋭い爪を避け、大地に転がった。
「くそ! 正体現しやがったな、ショウトラ!」
リュージュ達修羅王軍の精鋭数名が、ショウトラのいる本陣まで辿り着いた。敵の本体と刃を突き付けあったそのとき、ショウトラが巨大な狼に変化した。
「で、でけえ。象ぐらいありやがる!」
リュージュは立ち上がりながら、その大きさと凶暴さに冷や汗を流す。
「ちきしょう! でも負けるわけにはいかない!」
片刃のやや湾曲した剣を正面に構え、ショウトラとの間合いを取る。巨大狼は、グルグルと喉を鳴らしながら、リュージュに襲い掛かるタイミングを計っていた。
――――怖え……。久しぶりに震えが来るぜ。
リュージュは額から顎に向けて、汗が流れるのを感じていた。剣を持つ手も滲んでくる。
『恐れるな。おまえは自分でも気づかない力が眠っているのだ』
師の言葉を思い出す。
『おまえはまだ、戦士としてしか生きていない。だが、おまえの力はそれだけではないのだ』
――――でも、俺はまだ戦うことでしか、力を発揮できません!
「グワアアオオー!」
大きな口からよだれを飛ばし、ショウトラが変化した巨大な狼がリュージュに飛び掛かって来た。
金属が打ち合うような甲高い音が戦場に響く。狼の牙が片刃の剣に食い込む。リュージュの首を狙ったショウトラの牙を寸でのところで剣で防いだ。力の限り押し返すが、向こうも負けてはいない。
「うわあ!」
剣を咥えたままショウトラは首を思い切り振る。かろうじて剣を手放すことはなかったが、数メートル飛ばされた。地面に思い切り体を打ち付け、背中も腰も痛みで悲鳴をあげ、頭はくらくらする。
――――だ、だめだ! 俺はもう……。
戦意を失った獲物を見つけたように、巨大な狼は嬉々として突進してくる。勝利を確信し、自信に溢れている。
『この世界で阿修羅を守って欲しいのだ。あいつはあれで脆いところがあるから』
――――師! ごめんなさい!
リュージュはよろよろと立ち上がる。もう剣を持つのも腕が重い。
「リュージュ殿!」
カルラの声が遠くに聴こえる。
――――ああ、あの時、もっと早く決断しておけばな。俺って肝心な時に意気地がないよな
この期に読んで、リュージュは寝込みを襲えなかったことを悔いる。
『リュージュ! 行くぞ! さっさとついてこい!』
ショウトラの突進が目の前に迫った時、リュージュの脳裏に不意に阿修羅の姿が浮かんだ。
「阿修羅!」
――――そうだよな。いつだって、おまえは俺の前にいた。揺れる後ろ髪と、細い腰、しなやかな肢体を俺はいつも見てた。振り返って俺を見るおまえの瞳は、いつも赤く輝いていた。
「ったく……。どいつもこいつも、俺の純情もてあそびやがって……」
目の前にショウトラがでかい口を開け、今にもリュージュの喉笛を裂こうとした。
「片思いだろうがなんだろうが! 俺の気持ちはまやかしじゃねえー!」
しぼんだ風船のようだったリュージュの体に、信じられないほどのエネルギーが漲った。素早い動きでショウトラの間合いに入ると、その助走の勢いのまま飛び、思い切り剣をねじり上げた!
「くらえー!」
「グウ!」 ――りゅ、龍?!――
ショウトラは目の前に迫るリュージュが喉笛を喰いちぎろうと立ち昇る龍に見えた。それは、周りにいた修羅王軍、夜叉軍の面々も同様だった。
「ギャアア!」
リュージュの刃がショウトラの喉に達する。喉笛に食いつく。
「うおおおお!」
全身の力を剣に乗せて肉を裂き、首の背まで斬り抜ける。龍が咆哮する! 滝のような血しぶきが飛び散り、リュージュは返り血で全身が真っ赤に染まった。
「リュージュ殿! やった!」
巨大狼の首が遠くへ刎ね飛んでいく。残された体の方は、崖が崩れるように倒れた。
「やった……。勝った!」
歓声があがる。リュージュはその光景を興奮と安堵のなかで見つめていた。自らが背負っていた龍の姿には全く気が付かずに。
つづく