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王の宝~元亜光速宇宙移民船の疑似人格電脳は人として生きる夢を見るか~  作者: 広海智


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繋がりが生み出すもの

第二十三章 繋がりが生み出すもの


     一


 臨時大臣会議が予想以上に長引き、アッズーロは不機嫌だった。しかも、山林担当大臣ヴォルペの突然の提案は、未だ議論中で結論を見ずに午後へ持ち越しとなっている。

(ヴォルペめ、反乱民どもを王城へ呼ぶなぞ、何を血迷うておるのだ)

 信頼していた子飼いの大臣の、裏切りにも似た発言に、怒りが弥増す。

(モッルスコまで、あのような提案を支持しおって)

 意外にも、最年長で重鎮たる財務担当大臣までが賛成の意を示しているので厄介だ。ただ、モッルスコの意図は、ヴォルペとは全く別のところにあるだろう。恐らくは、二段構えの策だ。こちらの招きに反乱民が応じなければ、怖じ気づいたと、その弱腰振りを宣伝し、招きに反乱民が応じれば、襲い掛かってきたなどと、幾らでもでっち上げて捕らえてしまう。どちらになろうと反乱民の弱体化を図れるが、公明正大さに欠ける。

(そのような策略なぞ、ナーヴェが絶対に承服せんというに)

 ナーヴェに黙って事を進めることも不可能ではないが――。

――「きみも、何か重大なことを決める時は、必ずぼくに相談してほしい。ぼくの知識と情報と経験を生かせることがたくさんあると思うから」

 そう言われて、自分は了承した。王に二言はない。

(とにかく、混線の修正と昼食の間に、あやつと、ヴォルペの提案の落としどころについて、相談せねばな)

 通信端末越しに全てを聞いていたはずのナーヴェは、どんな顔をしているだろう。通信端末で何も言ってこないということは、議論の行方を静観する構えなのだろうか。

(否、あやつに限って、それはない。あやつも、この後、われに直接話す気であろう)

 アッズーロは、肩を借りているレーニョを急かして、寝室へ戻った。

 ところが、寝室でアッズーロを迎えたのは、話したげに待っているナーヴェではなく、憂い顔をしたフィオーレだった。妃のほうは、寝台に横たわったまま、すうすうと寝息を立てている。

「まさか、こやつまた、何かしておるのか?」

 苦々しく問うたアッズーロに、フィオーレは申し訳なさそうに頷いた。

「陛下のために、特別な極小機械を作る、と仰って……。羊の病に効く薬を作るのと同じくらいの手間で、また三歳児のようになる、とも……」

(われが、「それは、そなたの努力義務だ。その明晰なる思考回路で考え、さまざまに手を打つがよい」と言うたからか)

 ナーヴェは、アッズーロを死なせないため、律儀に努力しているのだ。「今まで以上に、ぼくの全力を尽くすよ」と述べた通りに。

「全く、いつもいつもそなたは……!」

 腹立たしく切なく呟いて、アッズーロは妃の寝台に腰掛けた。夏用の、裾の短い上着の隠しから通信端末を取り出し、呼び掛ける。

「ナーヴェ、さっさと肉体を起こすがよい。忙しい王を待たせるな」

 厳しい言葉で優しく促すと、すぐに応答があった。

〈ごめん、アッズーロ。後少しでこっちの作業が終わるから、一分待ってほしい〉

 通信の切られた端末から、あどけない寝顔へ、アッズーロは視線を転じる。青い髪を弄りながら待っていると、白い頬に陰を落としていた青い睫毛が揺れ、両の瞼が開いて、澄んだ瑠璃色の双眸がアッズーロを見上げた。

「忙しいのに、時間を割いてくれてありがとう」

 微笑んで感謝を述べた妃は、未だ固定具を付けている右肩を庇った動きで、ゆっくりと身を起こす。

「きみに二度足を踏ませないように、とても急いで、きみ用の特別な極小機械を作ったんだよ。混線の修正のついでに、飲んでほしい」

 切実な表情で頼まれて、アッズーロは溜め息をついた。白い頬へ触れて撫で、真っ直ぐに妃の目を見つめて言い聞かせる。

「努力はしたらよいが、無理は致すな。この体は、われのものだ。しかも、今はわが子セーメを身篭もっておる。大事に致せ」

「うん、分かっている。大丈夫、無理というほどのことはしていないよ」

 嬉しげに目を細め、アッズーロの手に頬をすり寄せるようにして、妃は頷いた。十中八九、少しも分かっていない反応だ。

「……とりあえず、話は後だ」

 アッズーロは妃の額に軽く口付けてから、入り口に控えているレーニョを振り向いた。

「ナーヴェの本体へ行く。フィオーレとともについて参れ」

「「仰せのままに」」

 一礼するレーニョとフィオーレの声が見事に被って響いた。煮え切らない二人は、恥じらったように一瞬、視線を交錯させる。本体の後部扉の前まで、アッズーロはレーニョの肩を借り、ナーヴェにはフィオーレを付き添わせて行った。いつまでも微妙な態度を取っている二人への、ささやかな腹癒せだ。

「中へはわれらのみで入る。おまえ達はそこで待っていよ」

 アッズーロの命令に、レーニョとフィオーレは、二人揃って当惑した表情になり、一礼した。

「「畏まりました」」

 また声が被っている。船体へ入り、扉が閉まった直後、ナーヴェが吹き出した。

「アッズーロ、きみは策士としても一流だね。待っている間、二人がどんなふうに過ごすのか、とても興味があるよ。後でフィオーレに聞くのが凄く楽しみだ」

「人のことを心配しておる場合か」

 アッズーロは憮然として言い、後部と前部を分ける仕切り戸のほうへ足を向けた。

「あ、待って」

 ナーヴェは慌てて引き留めてくる。

「きみのために特別に作った極小機械を飲んで貰うほうが先だよ」

「何だ、それは『ついで』ではないのか?」

 素っ気なく返すと、ナーヴェは頬を膨らませた。

「何を怒っているのか知らないけれど、きみが言った『努力義務』を果たすために、全力を尽くしたんだよ? 飲んで貰わないと困る」

 アッズーロは無言で、ナーヴェへ向き直った。混線の修正をした後でと思っていたが、さっさと言い聞かせたほうがよさそうだ。歩む足元がややふらつくと、ナーヴェは素早く寄ってきて、抱き止めるように支えてきた。

「……どうしたんだい?」

 真摯に尋ねてくるナーヴェは、アッズーロの懊悩を図りかねている様子だ。

「ぼくはまた、きみを傷つけたかい……?」

 アッズーロは答えないまま、ナーヴェの背中に両腕を回して抱き寄せ、傍らの施術台へ座った。もろともに施術台へ座らせたナーヴェは、困惑した表情で見つめてくる。

「話してくれないと、ぼくには分からないこともあるんだよ。疑似人格電脳として、人の感情については学習してきたつもりだけれど、まだまだ新しく知ることが多い。特に、肉体を持ってからは、以前よりもずっと、感情というものが深く分かり始めたんだ。だから、きみの気持ちを教えてほしい」

 自分の気持ちというなら、何から教えればいいだろう。

「――口移しがよい」

 低い声で、アッズーロは最愛に囁いた。大真面目な返事だというのに、ナーヴェは目を瞬く。予測外だったらしい。

「……え……?」

 聞き返してきたナーヴェに、アッズーロは真剣な声音で再度告げた。

「その極小機械は、そなたの口移しで飲むと言うたのだ」

「……え……。小さな繭に入れてあるから、自分で呑んで貰おうと思っていたんだけれど……?」

「そなたの口移しでなければ飲まぬ」

 幼子のように、アッズーロは駄々を捏ねた。誰に対してであろうと、こんな程度の低い我が儘を口にしたのは初めてだった。

「本当に、どうしたんだい……?」

 ナーヴェも真剣に案ずる口調で問うてくる。アッズーロは、華奢な体の固定具と腹に注意を払いつつも、最愛を更に強く抱き締めて、掠れる声で吐露した。

「われは、そなたを失いたくない。そなたがそなた自身を使い潰して、壊れて動かなくなってしまうことが怖い。既存の枠組みを超え、成長する壊れ方ならよいが、そなた自身が傷つく壊れ方は容認できぬ。そなたの努力は尊い。われはそれを強いてもきた。だが、そなたはもっと、そなた自身を大切にすることを学ばねばならぬ。そなたが傷つけば、われもまた傷つくのだということを――われとそなたの間にある心が傷つくのだということを、そなたはもっと深く知らねばならぬ。われらは比翼の鳥で、連理の枝なのだ。そなたがおらねば、われは飛べぬ。生きていくことすら難しい。ゆえに、そなたの『大丈夫』を、もっと信頼できる言葉に致せ。今は全く信じられぬわ」

「……ありがとう……」

 ナーヴェは湿った声で礼を述べ、アッズーロの背に左腕を回し、胸に顔を押し付けてくる。

「きみは、ぼくを人として扱ってくれる。それが、堪らなく嬉しい。だから、ぼくも、きみにだけは、人として接したいと思っている。でも、どこまで行っても、ぼくはやっぱり船で、疑似人格電脳に過ぎないんだ。きみの愛の言葉をたくさん貰っても、『身に余る光栄』というのは、こういうことを言うのかな、と思ってしまうよ」

 やはり、まだ成長が足りない。

「そなた、少しもわれの言葉を理解しておらんだろう……!」

 咎めたアッズーロを、両腕の中にすっぽりと収まったナーヴェは、潤んだ双眸で見上げてきた。

「理解はしているよ。でも」

 最愛は悲しい口調で説明する。

「きみの求めに完全に応じることは、少なくとも今のぼくにはできないよ。何度も言ってきたけれど、ぼくは、そういうふうには造られていない。きみが言うように、枠組みを超える壊れ方――成長をできたらいいんだけれど、できるかどうかはまだ不明だ。だから、ぼくは、今ぼくができる全力を尽くすんだ。それしかできないから」

 アッズーロが、レーニョにつれなくなってしまう原因は、ナーヴェのこの在りようだ。

(あやつとフィオーレは、人と人で、ともに暮らすに何の障害もなかろうに、何を愚図愚図しておるのだ)

 自分とナーヴェの間には、人と船という、越え難い溝が、未だにある。それでも、ナーヴェはアッズーロの最愛だ。失うことなど、考えられない。

「――何があろうと今後、絶対に、機能停止してはならん……! それは、二度と許さぬからな……!」

 アッズーロの渾身の訴えに、ナーヴェはいつものように、すまなそうに呟いた。

「努力するよ……」

「だから、『努力する』ではなく――」

 どう言えば、伝わるのだろう。否、ナーヴェを成長させるには、言葉だけでは足りないのだ。

「――こういう時は、誓いの口付けをするものだ」

 アッズーロは厳かに教えた。

「……そうなのかい……?」

 ナーヴェはアッズーロの腕の中で小首を傾げる。微かに眉を寄せて、半信半疑といった表情だ。

「うむ」

 アッズーロは大きく頷き、促した。

「それこそ、『ついで』に、われに口移しで特別の極小機械を飲ませるがよい」

「ああ、うん、そうするよ」

 最愛は、最早「口移し」には抗議せず、アッズーロに抱き締められたまま、後ろを振り向いた。そこへ、壁から伸びた作業腕が伸びてきて、ナーヴェが開けた口の中へ、小指の先ほどもない小さな白い粒を一つ入れる。それが、特別の極小機械入りの繭らしかった。

「アッズーロ」

 口に繭を含んだナーヴェは、細い体を伸び上がらせて、すぐさま口付けてこようとする。目的を達しようと躍起のようだ。アッズーロは命じた。

「誓いを思考回路に刻みながら口付けよ。『何があろうと今後、絶対に、機能停止はしない』とな。『努力する』ではなく、そうしようと思いながら口付けるのだ」

 こくりと素直に頷いて、ナーヴェは半ば目を閉じ、アッズーロに口付けてきた。小さく柔らかな舌が、そっとアッズーロの口の中へ入ってきて、先のほうに乗せていた繭を前歯の内側へ置いていく。その粒のような繭を飲み込んですぐに、アッズーロは自らの舌を、引っ込もうとする最愛の舌に絡めた。ナーヴェの後頭部と肩を左右の手で支え、大きく仰向かせて、口付けを深くする。ナーヴェは抵抗しない。「誓いの口付け」を理解しようと努力中なのだろう。その理性を溶かし壊して、更に人として成長させようと、アッズーロは可愛い舌も歯茎も、頬の内側も優しく舐め回し、愛撫する。

「ぁ……は」

 甘い吐息を漏らすナーヴェの肉体から力が抜けていき、やがてくったりとして、アッズーロの腕に支えられるばかりとなった。口の端から涎を零し、とろんとした目になった最愛の口を解放し、アッズーロは改めて愛おしい体を抱き締める。自分自身も乱れた息を深呼吸して整えてから、アッズーロは腕の中の最愛に語り聞かせた。

「――そなたとわれは婚姻関係にある。これは契約だ。その中身は、そなたはわれのものであり、同時に、われはそなたのものであるということだ。分かるか?」

 ナーヴェは身じろぎしてから、ゆっくりと答えた。

「……ぼくがきみのものであることは確かだけれど、きみがぼくのものになってはいけないよ……。きみは、ぼくを使う立場だ」

 まだ、壊し方――成長のさせ方が足りないらしい。アッズーロを特別に愛するようになって尚、ナーヴェの自覚は、そこ止まりなのだ。

――【ぼくはたった今から、きみの従僕だ】

 出会った時にそう宣言してから、基本的に変わっていない。

「違う。そなたとわれは、最早対等なのだ。われは、そう在りたいと思うておる。われは時折そなたに命令するが、そなたもまた、われに命令してよいのだ」

 重ねて言い聞かせると、ナーヴェはアッズーロの胸に頭を預けたまま反論した。

「……それは駄目だよ。きみがぼくを愛して、ぼくの気持ちまで尊重してくれていることは、とても、とても嬉しい。ぼくも、全力を尽くして、きみの信頼と愛情に応えたいと思う。ぼく自身で考えて行動もする。……でも、ぼくの力はきみが使うべきもので、きみの制御下になければ駄目なんだ。そこには、絶対に上下関係が要るんだよ。……ぼくはきみのものだ。きみを頂点とする人々のものだ。でも、きみは、ぼくのものではなく、きみ個人のもので……、もっと言うなら、王たるきみもまた、人々のものなんだ」

「何と、われら二人とも民のものか」

 アッズーロは、やるせなく、乾いた笑い声を立てた。

「そうだよ」

 ナーヴェは、アッズーロの胸に頭をこすり付けるようにして頷く。

「きみは、人々のために、急いで王になったはずだ。違うかい?」

「われは国のためと思うて王になった」

 アッズーロは、最愛の形のいい頭を見下ろして明かす。

「わが母は、オリッゾンテ・ブル王室のために、望まぬ婚姻を強いられ、国の犠牲となった。わが父は、わが母を失った後、ただ悲嘆に暮れて、その犠牲の意味を考えず、王たる己の職務を充分には果たさんようになった。ゆえに、われは毒を用い、父上の退位を早め、王となったのだ。われは母上が強いられた犠牲を意味あるものにするため、この国を存続させるために王となった」

「『国のため』は、つまり『人々のため』だよ」

 ナーヴェは僅かに顔を上げ、慰めるように指摘してきた。確かにそういう考え方もできるだろう。だが、アッズーロの心情は異なっていた。

「違うな。われはあくまで、この国のため、この国という制度のために王となったのだ」

「……それは、とても、寂しい考え方だよ」

 ナーヴェは沈んだ声で評した。

「よい。この件については混線の修正の後で、また話すとしよう」

 アッズーロは最愛の背をぽんぽんと軽く叩いて、次の行動へと誘う。

「そなたと話すは何事であれ、わが喜びだ」

「うん」

 ナーヴェは微笑んで、アッズーロの言に従った。


     二


 開いた仕切り戸を通って船体前部へ移動し、アッズーロは操縦席へ腰を下ろした。ついて来たナーヴェの肉体は、緊張した面持ちで二本ある操縦桿を見つめると、アッズーロの斜め前に立って屈む。

「まず左肩を掴んで。それから、左の操縦桿に触れてほしい」

 青い髪を自ら掻き遣り、華奢な肩を示して懸命な口振りで請うてきたナーヴェに、アッズーロは妙に疼いてしまい、ふと悪戯心が生じて先に操縦桿へ触れた。

「あっ、やっ、駄目っ」

 ナーヴェが叫んで肉体を竦ませると同時に、船体自体がぐんと浮く。酷く揺れた船内で、アッズーロは咄嗟に操縦桿を握り締めたが、それが事態を悪化させた。

「ぁっ」

 喘いだナーヴェの肉体はびくんと震えて床に蹲り、船体は更にぐんと上昇して、王城の鐘楼の辺りまで飛ぶ。しかも、船体は傾いていて、青空だけでなく緑の地上が見えている。先ほどまでいた庭園では、レーニョがフィオーレを庇うようにして突っ伏していた。

「危ないっ、からっ、アッズーロ! 一回、手、離して……!」

 ナーヴェの切実な求めに応じて、アッズーロは操縦席の肘掛けに掴まり、操縦桿からは手を離す。直後、すうっと滑るように船体は庭園へ降下し、静かに着陸した。床に半ば倒れ伏したナーヴェの肉体は、ふうと一息つき、身を起こしてアッズーロを睨んできた。

「もう少しでレーニョとフィオーレに怪我をさせるところだったよ! こういうことでは、絶対にふざけないでほしい」

「すまぬ。二度とせん。次はそなたの言う通りにしよう」

 アッズーロは真摯に謝った。次いで、細い肉体をそっと引き寄せ、背中から抱え込むように自分の前、両膝の間へ座らせる。大人しくされるままになったナーヴェの首元へ右腕を回して、今度は指示通り先に左肩を右手で掴んだ。それから、ゆっくりと左手を伸ばし、白い操縦桿へ指先で触れる。その様子を凝視していたナーヴェの肉体が、やはりびくんと跳ね、船体までもがびりりと震えた。それで済んだのは、アッズーロが即座に左手を離したからだ。

「そなたの本体は、動かんようにできんのか……?」

 さすがに心配になってアッズーロが問うと、ナーヴェは肩を落として答えた。

「操縦桿の混線の修正だから、船体を起動した状態で修正しておかないと不安なんだけれど……、刺激が強いと、どうしても制御不能になって……。操縦桿は、操縦士の指紋認証や健康観察もするために、施術台と同じで、圧力や温度を検知する触覚を備えているから、肉体の目を閉じたとしても、触れられている感覚からは逃れられないんだ……」

「ならば、弱い刺激から徐々に強くしていくのがよいか」

 アッズーロの提案に、ナーヴェは眉を寄せて振り向いてきた。

「でも……、きみにほんの少し触れられただけで、今みたいになってしまう……」

 本当に困ってしまっている愛おしい宝のために、アッズーロは更に思考を巡らせた。

「では、まずは言葉で聞くのはどうだ? われがそなたの操縦桿を、言葉を尽くして褒め称えれば、弱い刺激になるのではないか?」

「ああ、うん、いいかもしれない」

 最愛の了承を得て、アッズーロは掴んだ左肩の上、鋭敏な耳へ囁いていった。

「美しい白さの操縦桿だな。少しばかりざらつく手触りもまたよい。握り具合も、手に馴染む。根元へ掛けての曲線も美しい」

 アッズーロの言葉に反応して、自らの操縦桿を凝視したナーヴェの肉体は、ひくっひくっと震えた。どうやら、言葉で状況を伝えるだけでも一定の効果があるらしい。だが、船体は動かずに済んでいる。思いつく限りの言葉で眼前の操縦桿を賛美してから、アッズーロは最愛の顔を覗き込んだ。

「そろそろ、実際に触れるぞ?」

「……うん」

 ナーヴェは、こくりと生唾を呑み込んで頷いた。その最愛の視線の先で、アッズーロは白い操縦桿に優しく触れる。ゆっくりと指先でなぞり、こすり、次いで掌で撫でたり握ったりして操縦桿を慈しむアッズーロの動きに反応し、華奢な肉体は依然としてひくっひくっと震えた。けれど船体は動かない。「弱い刺激から」作戦は成功したようだ。一安心したアッズーロは、左の操縦桿に触れ続けながら、最愛に、気懸かりだったことを問うた。

「そなたは、こうした触れ合いを、どう感じておるのだ……? 少なくともこの肉体は、喜んでおるように見えることが多いが、そなた自身は――そなたの思考回路は、どう感じておるのだ……?」

「きみに口付けられたり、抱かれたりするのは、とても気持ちがいいし、言葉以上に、愛されていることが伝わってくるから、好きだよ」

 ナーヴェは自らの操縦桿を見つめたまま、くすぐったそうな表情で答える。混線がかなり肩へと修正されてきたようだ。

「今だって、セーメがいなかったら、ちょっと抱いてほしい気持ちになっているよ」

 意外な返答に、アッズーロはまた疼いてしまった。

(確かに、そなた、われの所為で淫乱な船になりつつあるやもしれん……。大いに結構なことだが)

 満足しつつ、アッズーロは真面目に、美しい操縦桿と華奢な肩を左右の手で愛撫した。滑り止めの意味があるのか、ややざらつく素材の操縦桿も、長衣越しでも骨が触れる薄い肩も、どちらも触り心地がいい――。やがて、ナーヴェが身じろぎして告げた。

「アッズーロ、左は上手くいったから、次は右肩と右の操縦桿に触れてほしい。あ、先に肩からだよ?」

「分かっておる」

 苦笑して、アッズーロは未だ固定具を着けた憐れな右肩に、そっと左手を置いて撫でた。そうして、先ほどと同様に、操縦桿を賛美する言葉を囁いていく。暫くするとナーヴェが小さく頷いたので、アッズーロは右手を伸ばして、優しく右の操縦桿を愛撫していった。その光景を、ナーヴェは息を詰めて見つめ、震え続ける肉体の反応に耐えている。健気としか言いようのない姿だ。

「肉体に触れられるは気持ちよくとも、本体に触れられるは、ただ不快なのか……?」

 アッズーロは最愛への理解を深めるために尋ねた。

「……『不快』とばかりは言えないけれど……」

 ナーヴェは考える口調だ。

「こんな混線には全く慣れていないし、酷い不具合には他ならないから、やっぱりないほうが嬉しいね……」

「ふむ」

 アッズーロは一考する。

「ならば、肉体同様、慣らせば、気持ちよくなるのではないか? さすれば、不具合だろうが何だろうが、われに触れられるのが嬉しくもなろう?」

 ナーヴェは、必死に操縦桿へ向けていた視線を、アッズーロの顔へ向けてきた。

「やっぱり、きみは、ぼくを淫乱な船にしたいのかい……?」

 胡乱げな表情で尋ねられて、アッズーロは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「『淫乱』と表現するゆえ、よくないのだ。『愛を感じ易い』と表現するがよい。それはよいことであろうが?」

「……うん」

 簡単に言いくるめられて、ナーヴェは再び視線を自らの操縦桿へ向ける。全く以て愛らしい宝だ。アッズーロは、最愛が、より感じ易くなるように、一層優しく白い操縦桿を撫でさする。五分ほど経った頃、ナーヴェが肩を竦めるような動きをして言った。

「混線修正完了だよ、アッズーロ。付き合ってくれてありがとう」

 笑顔で見上げてきたナーヴェの目元へ、アッズーロは返事代わりに軽く口付けた。ナーヴェと二人きりの時間も、これで夜までお預けということだ。残念な思いで、ナーヴェとともに操縦席を立とうとしたアッズーロは、はたと気づいて問うた。

「そなた、何故、われに操縦桿を握らせる気になった? 混線の修正をしたは、何のためだ……?」

「姉さんと上手く交渉できたら、この本体の同型船を貰えるかもしれないからね。その時になってから練習して貰うより、今から練習して貰っておいたほうがいいと思ったんだ」

 ナーヴェは淀みなくすらすらと答えた。淀みがなさ過ぎた。感情を伴わない、明らかに用意された答えだった。

「そのような嘘では、われは騙せん」

 アッズーロが厳しく追及すると、未だ両膝の間に収まっている最愛は、振り向いてこちらへ向けた目に、怯んだ色を浮かべた。やはり嘘だったのだ。

「どういうつもりで混線の修正をしたか、白状致せ」

 容赦なく責めたアッズーロに、ナーヴェは俯いて、小さな声で告げた。

「……ぼくが機能停止した後にも、きみが、この本体を使えるように。この惑星調査船は、きみ達にとって、とても有用だから」

 アッズーロは深い溜め息をついた。誓いの口付けをさせても、ナーヴェを成長させることはできなかったようだ。

「ぼくも勿論、機能停止はしたくない」

 ナーヴェは、アッズーロの両腕の中で、くるりと完全にこちらへ向き直り、潤んだ双眸で見上げてきて訴える。

「でも、機能停止してしまう可能性はあるんだ。だから、きみ達のために、できるだけの備えをしておきたいんだよ。きみ達を、きみを、愛しているから……!」

「それは分かっている。ただ、機能停止を回避することに全力を尽くして、それ以外は適当にしておけと言うておるのだ」

「うん、努力……――」

 いつもの言葉を言い掛けて、ナーヴェは黙り、それからおもむろに、細い体を伸び上がらせてきた。本当に、素直で純真で健気な、愛おしい宝だ。アッズーロは、触れてきた柔らかな唇を少し啄んでから、舌で割って入って、可愛い舌を捕らえ、今日三度目の誓いの口付けを交わした。

 深く長い口付けを交わした後、肩で息をする華奢な体を、アッズーロは改めて胸に抱き寄せた。青い髪を撫でながら、最愛の呼吸が落ち着くのを待つ。脳裏にはまた、シーワン・チー・チュアンの言葉が蘇っていた。

――〈あの子が二度と暴走せずに済むよう、あなたが注意しなさい。次にあの子が暴走する可能性が高いのは、セーメを出産する時です。あの肉体では、八割以上の確率で失敗します。暴走を防ぎたければ、初めから本官を頼るよう、あなたがあの子を説得した上で、そうできる環境を整えなさい〉

(反乱が続いておる状況では、ナーヴェを姉の許へ行かせる環境が整わん。とにかく早く、あの忌々しい反乱を鎮圧してしまわねばならん。そのためには、モッルスコの意図を汲むべきか……?)

 しかし、ナーヴェとの約束がある。約束を反故にし、二言があるようでは、王でも恋人でもない――。

「アッズーロ……? 顔が怖いよ……? 何を考えているんだい……?」

 声を掛けられて、アッズーロは床へ向けていた視線を最愛へ戻した。

「そなた、ヴォルペの提案をどう考える?」

 単刀直入に尋ねれば、ナーヴェはすぐに知的な表情になって述べた。

「きみは反対だろうけれど、ぼくは賛成だよ。きみが反対する主な理由は、反乱を起こしている人達を王城に入れたら、ぼくや王城の他のみんなが人質に取られたり、何か破壊行為をされたりすることを懸念するからだろう? その懸念を減らせる策があるんだ」

 生き生きと、ナーヴェは説明する。

「きみ用に作った特別の極小機械を、王城のみんなに呑んで貰うんだよ。そうしたら、少々のことでは誰も死ななくなる。ぼく自身は、エゼルチトにされたみたいに、彼らの口車だけでも動きを封じられてしまう可能性があるから、直接会わずに通信端末で話だけ聞くようにする。これでどうだい?」

 やや得意げな笑みを浮かべた最愛に、アッズーロは鼻を慣らした。

「そもそも、何ゆえ、奴らをこの王城へ入れねばならんのだ?」

「直接話したほうが、何事も解決が早いからだよ。ヴォルペも言っていたように、遺恨も残りにくい。きみも、反乱を起こしている人達がどんな人達か、直接会えばもっとよく分かるよ」

「直接は会うたぞ。最悪な状況でな」

 アッズーロは顔をしかめて指摘した。

 藁の上でぐしゃぐしゃに乱れた青い髪。破られ、血に汚れた白い長衣。血の滲んだ包帯を巻かれた右肩。顕にされた胸の、赤く腫れた幼げな二つの突起。無防備に開かれた、何も穿いていない白い両足。つぶさに全て思い出せる。胸の引き裂かれるような、そして腸の煮えくり返る光景だ。横たわったナーヴェの向こう側にいた三人の男達の顔も、しっかりと脳裏に刻んである。

「奴らの内の一人でも顔を見せれば、つい殴り殺してしまうやもしれんな」

 かなり本気で呟いたアッズーロに、ナーヴェは悲しげに眉を下げた。

「――よい。そなたを悲しませたい訳ではない」

 アッズーロは改めて華奢な体を抱き締める。

「奴らも、あの三人を寄越すほど愚かではなかろう。人的物的被害を制御するために場所は王城以外を検討するとして、そなたの策は、ありがたく使わせて貰うとしよう。ただ、無理は致すなよ?」

「ヴォルペの提案を採用してくれるのかい?」

 ナーヴェはアッズーロの腕の中で顔を上げた。期待する眼差しが胸に刺さる。やはり、ナーヴェの信頼は裏切れない。他の大臣達の意見も聞かせながら、通信端末越しに話し合って決めることが肝要だろう。

「うむ。われも、早い解決を望んでおるからな」

 そこだけは紛れもない本音を伝えて、アッズーロは微笑んだ。


     三


「因みに、そなたの耳の新たな混線先は、どこになったのだ?」

 ともに操縦席から立ち上がったアッズーロに悪戯っぽく訊かれ、ナーヴェは眉をひそめた。

「そんなこと、一々尋ねてどうするんだい?」

「触れられて気持ちよくなるよう、慣らすに決まっておろうが」

 当然のように、王は答える。

「愛を感じ易くなるは、よいことであろう?」

 畳み掛けられて、ナーヴェは困惑したまま演算した。解はすぐに導き出される。操縦桿より余ほどましな部分に安堵して、ナーヴェは青年王に告げた。

「前部扉の外側だよ。外側だから、操縦中は絶対に触れないよ」

 だが王は少しもがっかりせず、逆に笑みを深くして言った。

「そうか。ならば、そなたがこうして庭園に鎮座している時は、いつでも触れられるな」

 船体の傍らに立たれ、前部扉を撫でさすられる光景を想像しただけで、ナーヴェは座り込みそうになった。

「アッズーロ……」

 ナーヴェは特別に愛する相手へ正直に打ち明ける。

「ぼく、『愛を感じ易い』ことは、きみの言う通り、いいことだと思うんだけれど、何故か、そうなることが、とても怖いんだ……。自分が、自分ではなくなるような感覚があって」

「それは、変化を恐れておるからだ」

 青年王は明快に教えてくれる。

「己が急激に変化することを恐れるは、人によくあることだ。そなたはそれだけ成長しておるのだ。喜ぶがよい」

「成るほど。そうだね……」

 ナーヴェはしみじみと相槌を打った。自分は壊れていっているが、同時に、疑似人格電脳を超えた感覚を獲得しつつあるのだ。

「ぼくは確かに、とても急激に変化しているよ。きみの言うように、いつか、与えられた枠組みを超えられるかもしれない」

「必ず、そう致せ」

 アッズーロの言葉は力強く、その表情は慈しみに満ちている。ナーヴェは「努力するよ」と答える代わりに笑みを返して、船体前部の扉を開けた。仲夏の月の、濃い草木の匂いを含んだ、温い風が吹き寄せてくる。庭園に二人並んで立ち、待っていたフィオーレとレーニョが、ほっとした顔をした。予期せぬ船体の急浮上に、随分と怖い思いをさせたのだろう。

「しかし、少々疑問に思うていたのだが」

 先に草の上へ足を下ろしたアッズーロが、振り向いてきて言う。

「何ゆえ、混線の修正先を、手ではなく、肩にしたのだ?」

 ナーヴェは、両眼を見開いた。

「あ……」

 姉から教えられたままに、肩でなければいけないと、勝手に思い込んでいた。耳と肩は近いからだろうと、自身では、殆ど演算をしていなかった。しょっちゅう触れられるならば、耳ほどではないにせよ、何となくくすぐったい肩よりも、手の指のどれかのほうがいいはずだ。真面目に演算してみれば、混線の修正なので、手でも可能なはずと解も出た。

「待って、アッズーロ、手、手に修正し直したい……!」

 願ったが、青年王は悪戯っぽく笑って肩を竦めた。

「すまぬが、われはこれでも忙しい身の上でな。これ以上は時間を割けん。次の修正は、反乱が収束した後だ」

 明らかに確信犯の表情だ。

「きみ、手に修正できるって気づいていて、黙っていたね……?」

 一発殴りたいほど腹が立ったが、相手は重傷者で、自分は妊娠中だ。ナーヴェは諦めて庭園に降りながら、悔し紛れに脅し文句を考えて告げた。

「ぼくは意図的に忘れない限りは、全てのことを細部まで詳細に記録しているからね。きみ達人より、ずっとずっと執念深いってこと、知っておくといいよ……!」

「それは怖いな」

 アッズーロは軽く眉を上げてから、何故か優しく微笑むと、草の上に立ったナーヴェの肉体を不意にまた抱き締めてきた。

「そなたがそのように怒るさまは初めて見た。成長著しいさまに、感無量だ」

 嬉しげに囁かれた途端、ふつふつと湧いていた怒りが急速に収まっていく。

(こういう感覚を「情に絆される」と言うのかな……?)

 思考回路の片隅で分析しつつ、ナーヴェは囁き返した。

「……きみと接していると、感情の起伏が激し過ぎて、たびたび自分の制御が難しくなるよ。その最たるものが暴走なんだけれど……、これも、やっぱり成長なのかい……?」

「当たり前であろう」

 アッズーロの腕が、更に強く抱き締めてくる。

「愛する相手に対して、喜怒哀楽が激しくなるは、間違いなく成長だ。その上でそなたは、可能な限り暴走せぬように、それらの感情と付き合う術を学ぶのだ。よいな?」

「うん。努力――……」

 言い掛けて、ナーヴェは青年王の顔を窺った。また、誓いの口付けをすべきなのだろうか。生じた迷いを瞬時に看破したらしい王は、くすくすと笑った。

「そなたと日に何度も口付けるは、わが喜びだがな。愛の言葉同様、誓いの口付けも多用するものではない。そこは、そなたお得意の決まり文句で構わん。但し、今までの誓いを破ってはならんぞ?」

「きみの望みを全て果たせるように、努力するよ」

 ナーヴェは微笑んで約束した。



「では、これより先は、ヴォルペの提案について、具体的に詰める話だな」

「国のためは、人々のため、という話も含めてね」

 夏の庭園を歩く王と王妃の楽しげな会話が、風に乗って聞こえてくる。侍従と女官を連れて、散策中らしい。自分の名前が聞こえたので、つい耳をそばだててしまったが、どうやら、王妃は自分の提案を支持してくれているようだ。

(それなら、陛下も心を動かして下さるかもしれない……)

 ヴォルペは午後に持ち越しとなった議論の行方に期待を懐きながら、近衛兵達に会釈して城門を出た。モッルスコを始めとする多くの大臣達と同じく、ヴォルペも王城近くに家を持っている。王から与えられた、小ぢんまりとしていて住み易い館だ。その館の庭には、鳩小屋がある。幼馴染みに送った鳩が、そろそろ報せを携えて戻ってくる頃なので、昼休みの間に見てこようと思い立ったのだ。

(彼女からの報せで、わたしの提案を補強できる可能性もある……!)

 希望に満ちた未来を夢見ながら、ヴォルペは家路を急いだ。



 羊酪と阿利襪油で炒めた貝と茸と葱に、茹でた麺を絡めて椒で味を調えた一品は、今までにない旨味でナーヴェを唸らせた。

「ちょっとこれは、美味し過ぎるよ、アッズーロ。旨味が凄い……!」

 興奮気味にナーヴェが感想を述べると、王も満足げに応じた。

「うむ。チューゾめ、更に腕を上げたな。素材の選び方、下拵え、全て完璧だ」

「彼は本当に素晴らしい腕前をしているね」

 ナーヴェは料理長を湛えて、木杯に注がれた瓜果汁を飲み干した。さっぱりとした味の果汁は、旨味の強い料理の後味を、すっきりと引き立てて喉へ下っていく。これもまた、計算された取り合わせなのだ。

「とてもとても美味しかった。ごちそうさまでした」

 感謝を述べたナーヴェの前で、疾うに食事を終えていたアッズーロが、椅子から立ち上がった。

「ならば、われはまた会議へ行くゆえ、そなたはここで大人しく聞いていよ。たまには口を挟んできてもよいぞ?」

「うん。きみも必要なら、ぼくにいろいろと訊いてほしい」

「そうさな。より大勢で知恵を出し合うとしよう」

 青年王は、にっと笑うと、レーニョの肩を借りて、寝室を出ていった。「国のためは人々のため」については依然、認めようとしないが、ヴォルペの提案を採用することには、意欲を見せてくれている。

(ただ、アッズーロは、ヴォルペと同じ考えではないかもしれない。彼は、ぼくより余ほど上手に嘘がつける……)

 アッズーロには、チェーロに鉛毒を盛ったように、果断なところがある。反乱を起こした人々の代表を王城へ招いておいて、傷つける可能性は無きにしも非ずだ。

(きみは時々血迷うけれど、基本的には賢いから、暴力に訴えるのは最終手段だと分かっている。それでも、その最終手段を、きみが視野に入れるとすれば、それはきっと、ぼくのためなんだろうね……)

 セーメを身篭もっているため、ずっと人工衛星に接続できていないことが不安だ。小惑星の時も、それで失敗した。

(姉さんに頼ってばかりもいられないけれど……)

 アッズーロの治療に専念した時同様、肉体を姉に任せて、一度人工衛星に接続し、情報収集しておきたい。姉も、セーメの世話には大いに関心を示していたので、もう一度くらいは引き受けてくれるだろう。

【姉さん――】

 ナーヴェは、会議に間に合わせるため、早速、赤い沙漠にいる姉へ呼び掛けた。



 箱に入れて幼馴染みに送った鳩は、予想通り、鳩小屋の中に帰ってきていた。だが、その足に付けられている小さな通信筒から出てきた手紙の内容は、ヴォルペの予想と大きく異なるものだった。

(嘘、キアーヴェ、何故そんなこと……!)

 震える手で掴んだ手紙を何度読み返しても、簡潔な文面は同じことを伝えてくる。幼馴染みは、ヴォルペの理想とは相容れない要求をしてきた。

(わたし……、わたしは……、どうしたら……)

 鳩小屋の中に座り込み、じっと地面を見つめていたヴォルペは、午後一時を告げる王城の鐘の音を聞いて、ふらりと立ち上がり、外へ出た――。


     四


「ヴォルペが姿を現しません」

 従姉のヴァッレから、会議室へ入るなり告げられて、アッズーロは眉をひそめた。

「近衛兵、ただちに待機中の者を動員してヴォルペを捜せ」

 扉のところにいるグーストとブイオに命じてから、集まっている他の大臣達の顔を見回す。

「何か心当たりのある者はおらんのか」

「一度、自宅へ戻るとは申しておりましたな」

 モッルスコが、細長くした口髭を引っ張りながら眉間に皺を寄せて答えた。

「近衛兵、ヴォルペの自宅も捜索せよ」

 アッズーロが重ねて命じたところへ、走り去っていたグーストが戻ってきた。

「陛下、ヴォルペ様、いらっしゃいました!」

 次いで、当のヴォルペが入り口に姿を現す。意欲に満ちていた昼前の表情とは裏腹の、やつれた顔をしていた。

「遅れまして、申し訳もございません」

 深々と頭を下げた最年少大臣に、アッズーロは厳しく問うた。

「何があった?」

「……家で昼食を食べた後、居眠りをしてしまい……。本当に、申し訳ありません……!」

「疲れが出たのでしょう」

 ペルソーネが労るように言い、自分より小柄なヴォルペの両肩に手を置く。その水色の双眸が、鋭くアッズーロを見た。これ以上責めるなという目付きだ。

(全く、こやつは、すぐ感情的になるから困る)

 アッズーロは鼻を鳴らして、踵を返し、王座へと上がった。それを合図に、大臣達もそれぞれの席へ着く。大臣会議は、何事もなかったかのように再開された。



 姉に肉体を任せたナーヴェは、オリッゾンテ・ブル王国上空の静止軌道に設置している人工衛星に急いで接続し、光学測定器を使って地表を見下ろしていた。

(反乱を起こしている人達は、まだ、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城の城下町辺りにいるね……。隣町には、羊の薬を配るオリッゾンテ・ブル軍の小隊が、既に到達している……。でも、小競り合いなどは起きていない……。ルーチェからの報告の通りだね。よかった……)

 安堵したナーヴェは、一糎掛ける一糎の分解能を誇る光学測定器で、反乱を起こしている人々の中心人物達を捜査、観測していった。

(ゼーロは……、いた。仲間達を率いて、焼けてしまった建物の再建を手伝っているんだ……)

 抜けるように白い肌をして、銀髪を短く刈った痩身の青年は、大勢の中で土埃に塗れて働いていた。その傍らでは、黒髪を短く刈った青年も、小麦色の肌に汗を流しつつ作業している。

(チーニョも一緒だね)

 少し離れた広場で大鍋を囲んで調理をしている女達の中には、一度だけ肉眼で見た少女の姿もあった。茶褐色の髪をきちっと結い、腕まくりして、鍋の中身を大きな柄杓で掻き回している。

(ドゥーエは炊き出し担当か……。地元の人達と協力して、仲良くしているんだね……。でも、ニードが珍しくゼーロと一緒にいないね……。ああ、いた。ヌーヴォローゾと、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城跡で、何を話しているんだろう……)

 赤毛を短く刈った青年は、日焼けした顔に笑みを浮かべて、大柄な男相手に、何かを言っている。伸びた灰色の髪を後ろで束ねたヌーヴォローゾは、同じく日焼けした、彫りの深い顔に冷ややかな表情を湛えて、それに応じていた。あまり友好的な状況には見えない。

(唇の動きが、何とか読めるかな……)

 角度的に難しいが、不可能ではなさそうだ。ナーヴェは二人の口に集中して、会話内容を解析していった。

(……「従僕の身分を利用して城に火を点けた」……「内側から手引き」……随分と不穏な話をしているね……。「ペルソーネ様」……「王の宝」……。そう、ヌーヴォローゾが、反乱を起こさせた黒幕のもう一人なんだ……。ぼくが存在を演算していた「ティンブロの配下」は、彼の従僕だったというヌーヴォローゾか……)

 そのヌーヴォローゾに、ニードは多くの言葉を投げ掛けて、真相を聞き出している。

(彼は、ペルソーネを敬愛していたから、アッズーロがぼくと結婚したことに怒っているんだね……。「何でそれで城を燃やすんだ?」、尤もな問いだね、ニード。ヌーヴォローゾの答えは……「王の宝と偽った小娘を妃としたアッズーロ」……「王都が地震に見舞われて神殿が消え、半月後に大量の星が流れたのは紛れもなく神ウッチェーロの警告」……「羊の病は神ウッチェーロが下された罰」……「アッズーロを見限ったレ・ゾーネ・ウーミデ侯領では羊の病が終息」……「無能なティンブロ」……「一週間に一度はカテーナ・ディ・モンターニェ侯領の民と語らっておられたペルソーネ様」……「近頃はこの侯領に戻ることすらなく」……、ああ、それは、ペルソーネの心がカテーナ・ディ・モンターニェ侯領の人々から離れた訳ではなくて、彼女を忙しくさせたぼくとアッズーロの所為なんだよ……)

 ヌーヴォローゾは、ペルソーネを敬愛する余り、羊の病が蔓延し始めた故郷に帰省しなくなった彼女に、逆に憎悪を覚え、カテーナ・ディ・モンターニェ侯ティンブロへの批判も相まって、従僕たる己の職掌を用い、カテーナ・ディ・モンターニェ侯城の随所に火を点け、反乱の狼煙を文字通り上げたのだと語っていた。最早、隠す気もないようだ。義憤に駆られて行動したのだと、自身の正当性を信じて疑わないのだろう。

(それにしても、状況証拠や推測を並べ立てて、これだけの事実をさらさらと聞き出してしまえるニードって、一体どういう人なんだろう……?)

 ナーヴェと同様の疑問を持ったらしく、ヌーヴォローゾが怪訝そうに尋ねた。

(「そういうおまえは、一体何者だ」……「それほどの観察眼、単に憤りを持って反乱に参加した若者ではないだろう」……。うん、ぼくもそう思う)

 ニードの返答は簡潔だった。

(「おれはテッラ・ロッサの工作員だからな」。ああ、そういうことか……)

 納得したナーヴェと、驚愕したらしいヌーヴォローゾの視線の先で、ニードは更に告げる。

(「ついでに言えば、ベッリースィモとキアーヴェもそうだぜ?」……ああ、これでキアーヴェについて確信が持てたね。でも今、ヌーヴォローゾ相手に、自分達の正体を明かす意味は何だろう。「但し、おれ達の雇い主は違う。おれはロッソ三世陛下に雇われてて、ベッリースィモとキアーヴェはエゼルチト将軍に雇われてる。そして、エゼルチト将軍は、このオリッゾンテ・ブル王国を瓦解させてロッソ三世陛下に統治させたがってるが、ロッソ三世陛下御自身は、それをお望みじゃない。つまり、ベッリースィモとキアーヴェは、おれとは相反する目的を持って動いてるのさ」……随分はっきりと教えてくれるんだ……。ベッリースィモについては、少し違うと思うけれど、意図的に真実を歪めて伝えているみたいだね……。「因みに、あんたが嫌ってるアッズーロ陛下は、ロッソ三世陛下と協力してる」……「故郷を愛するあんたとしては、これからどう動く?」……成るほど、彼はロッソのために、反乱を起こしている中心人物達の結束を崩す作戦に出た訳だね……)

 ヌーヴォローゾについては、これで抑えてしまえそうだ。羊の病に効く薬の配布が終わり、ペルソーネが帰省して人々と語らえば、彼も自身の考えを改めるだろう。

(ニードの存在は有り難いね……。問題は、ベッリースィモとキアーヴェだ……)

 ベッリースィモの姿は捜しても見当たらない。どこか建物の中にいるのだろう。

(あ、ルーチェがいた)

 亜麻色の髪の間諜は、小神殿の鳩小屋の外にいた。中にいる鳩を数えているふうに見える。眉を寄せて、不審がっているようだ。

(鳩に何かあったのかな……?)

 鳩は重要な通信手段だ。それだけに、ルーチェは十羽の鳩を連れていったはずである。

(十羽ともいなくなったようには見えないから、何かあったとしても一羽、二羽の話だろうね……)

 重大なことであれば、それこそ鳩で知らせてくれるだろう。ナーヴェは更に視線を走らせた。

(タッソは、あんなところで昼寝している……。再建を積極的に手伝う気はなさそうだね……)

 幻覚の溜め息をついて、ナーヴェは重要人物を捜した。だが、なかなか見つからない。

(キアーヴェも、建物の中なのかな……?)

 捜索を諦め掛けた時、ナーヴェは漸く灰褐色の髪の少女を発見した。隣町の外れ、羊の囲い付近の木立の陰にいる。

(あの辺りの羊には、丁度今日の午前中に薬が配られたはず……。薬が効いているかどうか、様子を見ているのかな……?)

 事実、羊達の傍には、飼い主らしい男二人がいて、一匹一匹の具合を診ているようだ。

(抗生物質だから、結構すぐ効くはずなんだけれど……)

 ナーヴェも見守る中、不意に一匹の羊が泡を吹き始めた。

(え……)

 慌てる男達の周りで、他の羊達も次々と泡を吹き、苦しみ悶え始める。

(そんなはず、ない……!)

 幻覚の目を瞠ったナーヴェは、キアーヴェがそっとその場を離れるのに気づいた。

(彼女の仕業か……!)

 王の宝の名の下に配られている薬。それが羊に害を為すとなれば、キアーヴェの――エゼルチトの思惑通りに事が進んでしまう。

(早くアッズーロに知らせて、対策を練らないと……!)

 ナーヴェは、即座に人工衛星への接続を切り、姉に通信した。

【姉さん、ありがとう】

【随分と短かったわね。よかったの?】

 姉は機嫌良く応答してくれた。

【ちょっと緊急事態が生じてね。ゆっくりしていられなくなった】

【そう。暴走だけは回避しなさいね。では交代します】

 姉は釘を刺して、ナーヴェが肉体に接続を戻すと同時に去った。

(次は通信端末だ)

 ナーヴェは、肉体の状態を確かめながら、本体からアッズーロが持つ通信端末へと回線を開く。途端に、会議の模様が聞こえてきた。

〈陛下がいつも妃殿下のために御用意なさっているような、心温まる食事を用意することです〉

 モッルスコの声だ。

(一体、何の話をしているんだろう……?)

 出鼻を挫かれたナーヴェの思考回路に、更に熱弁するモッルスコの言葉が流れ込んでくる。

〈贅沢であっては逆に彼らの反感を買ってしまいましょうが、心尽くしの品であることが大切です。彼らに、陛下の為人を知らしめるのです〉

〈その後、どう致すのだ。騙し討ちか?〉

 アッズーロが、皮肉な口調で応じた。

〈いえ〉

 モッルスコは平然と答える。

〈食事を供しながら、陛下の政治に関する考えを、彼らにお聞かせ下さい。彼らも意見を言い、問答となれば、こちらの思惑通りです。彼らが、まことに憂国の士であれば、必ず陛下と分かり合えるでしょう。意見の一致を見るかどうかは分かりませんが〉

〈おまえの意見とも思えん、何とも楽観的な提案だな。本当にそのようなお伽噺が実現すると考えておるのか?〉

 アッズーロの声には苛立ちが滲んでいる。モッルスコから、そのような意見が出るとは予想していなかったのだろう。

(ぼくも予測外だった……。でも、とても嬉しい。その案も使えるように、演算していこう)

 決意して、ナーヴェは通信端末へ呼び掛けた。

〈アッズーロ。緊急事態だよ〉



 臨時の大臣会議を終え、夕方、寝室へ戻ってきたアッズーロは、寝台の上に起き上がったナーヴェに近づいてくると、そのまま無言で抱き締めてきた。

「……そんなに心配しなくても、ぼくは大丈夫だよ……」

「そなたの『大丈夫』は、まだ当てにならん。下手をすれば、そなたの『子どものような』人と人とが戦うことになる」

 アッズーロの声音は沈痛だ。自分の責任を痛感するとともに、ナーヴェの気持ちを汲んでくれているのだろう。ナーヴェは顔を上げ、敢えて微笑んだ。

「まだ、そうなると決まった訳ではないよ。確かに、毒で羊を殺された人達は、今はぼくに対して怒っているだろうけれど、ね……。ルーチェからの報せはとても心強いし、大臣達もそれぞれ動いてくれる」

 ルーチェからは、会議終了直前に鳩に因る報せがあり、町の人達に対してニードが、テッラ・ロッサの工作員の関与を説明していると記してあった。ニードは、キアーヴェの名までは出していないようだが、テッラ・ロッサの工作員が、薬を呑んだ羊に毒を盛っていると明言しているらしい。そしてそれを、ヌーヴォローゾも支持しているということだった。ニードはキアーヴェに一手先んじて、ヌーヴォローゾの取り込みに成功したのだ。

「ニードの手腕はさすがだよ。彼を早くから潜入させておいてくれたロッソに感謝しないとね」

 バーゼの報告に拠れば、ニードはカテーナ・ディ・モンターニェ侯城襲撃直前に反乱に加わったとのことなので、ロッソはシーワン・チー・チュアンの許から帰ってきて、反乱が起っていることをナーヴェ達が認識したあの朝に、ニードを派遣してくれたのかもしれない。

「そのロッソと、今夜中には直接話ができるぞ」

 アッズーロが得意げに言った。

「……どういうことだい……?」

 きょとんとして尋ねたナーヴェに、アッズーロは溜め息をついた。

「そなた、やはり気にしておらなんだか。そなたに諮らず、ボルドにあれを持って行かせたわれにも非はあるが、自身の端っこと言う割に、否、それゆえか、迂闊に過ぎよう」

「あ、ぼくがジョールノに渡していた通信端末――」

 気づいて、ナーヴェは苦笑した。確かに、行方不明であることを殆ど気にしていなかった。しかし、直接話ができるとなれば、相当便利である。

「きみは、ぼく以上にぼくの使い方をよく分かっているのかもしれないね」

 賞賛したナーヴェに、アッズーロは複雑そうに応じた。

「そう褒められるは素直に嬉しいが、『使い方』とは言うでない。そなたは、わが宝、わが最愛、わが妃、わが友だ。道具のように表現してはならん」

 優しい言葉だ。そして、勿体ない言葉だ。

「……ありがとう。とても、嬉しいよ」

 控えめに感謝を述べたナーヴェを、アッズーロが睨み付けてくる。

「また、『身に余る光栄』なぞと思うておるのではあるまいな?」

 図星を指されて、ナーヴェは伴侶の腕の中で肩を竦めた。

「努力はしているんだけれど……、船の疑似人格電脳で、船長の従僕として造られた身としては、なかなか、きみが求める境地には至れないね……。ごめん」

「よい」

 アッズーロは、からりと笑う。

「そなたの伸びしろはまだまだあるということだ。われも、ともに努力するゆえ、気負うでない」

 「伸びしろ」とは、また懐かしい言葉だ。最初の船長にも同じようなことを言われた。アッズーロにもそのことは教えたので、意識して口にしてくれたのだろう。

「うん」

 万感を込めて頷いたナーヴェの頭を撫でてから、アッズーロは背後を振り向いた。卓では、フィオーレとミエーレが夕食の仕度を調えてくれている。並べられつつあるのは、蜂蜜掛け乾酪と、鮭の燻製の薄切り、瓜の輪切りが浮いた涼しげな汁物だ。ナーヴェの好物ばかりである。

「とりあえず、食べながらロッソからの通信を待つとしよう」

 楽しげに卓へ誘うアッズーロを、ナーヴェは痛ましく見つめた。

(きみは王。こんな状況では、強がるしかないのかもしれないけれど……)

「アッズーロ」

 ナーヴェは、自分に寄り添って歩く青年王に、そっと告げる。

「きみはぼくのためではなく、自分自身の悩み苦しみのために泣いてもいいんだよ? 少なくとも、ぼくの前では、素直に泣いてほしい」

 アッズーロは驚いたように見つめ返してきたが、その青空色の双眸が、見る見る内に潤んでいった。

(ああ――)

 ナーヴェは、自分より頭一つ分以上背の高くなった青年を、左腕でしっかりと抱き締める。

(きみとの間にある心が、とても痛い――)

 肉体の呼吸が苦しくなるほどだ。

「……馬鹿者め」

 アッズーロが耳元へ囁いてきた。湿った声だ。

「われの悩み苦しみは、そなたの悩み苦しみだ。われとそなたは、比翼の鳥で、連理の枝ゆえな。民どもに対して、誰より献身的なそなたが、『毒婦』だの『殺戮王妃』だのと呼ばれているなぞと……、許せん……。だが、全ては、われの失政の所為だ」

 ルーチェからの報せには、ニードの説明に耳を貸さない人々が王の宝ナーヴェを弾劾する言葉も記されていた。アッズーロは、その言葉に、ナーヴェ以上に傷ついてしまったのだ。

 ナーヴェは首を伸ばし、王の重圧を背負う青年の耳へ囁き返した。

「――そんな誤解は、こっちが対処していけば、すぐに解ける。大丈夫だよ。きみには、王の宝――希望の船という、オリッゾンテ・ブル史上最強の妃がいるんだから」

 青年は、くすりと微笑むと、両腕でナーヴェを抱き寄せて、首筋の青い髪へ顔を押し付けてきた。微かな微かな嗚咽が直接響いてくる。その嗚咽がやみ、青空色の双眸が完全に乾くまで、ナーヴェは青年の背を左手でそっと撫で続けた。

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