初戦闘
「私が今日より君達を補佐する、第二特務連隊隊長アルバート・ライザー中佐だ。」
街の広場。
噴水の前で僕達と向き合うように立つのは昨日の騎士長とは別の人だった。
彼は細身できりっと整った顔をした、ただならぬ雰囲気を身にまとう不思議な人だった。
怖そうな人ではあるが、どこか優しさも感じられる。
補佐役の人はライザー中佐の他にもそれぞれの組を教えられるように四人いて、中佐はその統括といったような立ち位置のようだ。
「我々はこれよりあの迷宮に入り君達をまともに戦えるように育てる、決してうぬぼれるな、出来ないようであれば置いて行く。」
「「「はい!」」」
そそくさと歩き始めてしまった中佐のあとをみんな慌てたようについていく。
「迷宮って街の中にあるんですね~。」
ベロニカが僕の耳元で囁く。
さっき中佐が指差したのはたしかに街の中だった。
この街で一際目立つ、まるでコロッセオのような形をした大きな円盤状の建物。
「そうだね、危なくないのかな。」
「ですよね、私も思いました・・・魔物さんたちは上には出てこないのでしょうか。」
そんな疑問は迷宮の前についたらすぐに晴れた。
「これは・・・。」
建物だと思っていたそれは金属で出来た巨大な・・・。
「蓋・・・ですね。」
「うん・・・。」
二人で唖然とする。
この世界の文字について覚える目的で昨日国からもらった本を参考に石碑に書いてある文字を読むと、どうやら魔物が嫌う性質を持つ金属で蓋を作り、ぽっかりと開いた迷宮の入り口を塞いだらしい。
蓋なのでもちろん中に何か・・・たとえばお店があるというようなこともなくチョコの入った棒状の大人気お菓子、ト○ポなみに中まで金属たっぷりなのだ。
「さあ、さっそくではあるが君達にはそれぞれの教官の指導のもと戦闘を行ってもらう、まずは自らの意思で思うように戦ってもらい、その後教官からの指導が入るという形だ。」
その後のライザー中佐の「散!」の合図で、僕達の元に一人の女性が歩いてきた。
長い金髪のとても綺麗な人だ。
「私が君達四人の教官のエリーナである、よろしく頼む。」
凛としたその姿に見惚れてしまう。
純粋にかっこいい。
「何をもたもたしている、行くぞ。」
「「「はいっ。」」」
他の組はまだ自己紹介なんかをしているみたいだが、僕達はそういうのは抜きですぐに迷宮に入った。
綺麗な人だけどスパルタなのかな~。
怖かったらやだな。
そんなことを考えながら、迷宮の階段を下っていく。
長くどこまでも続いてそうな螺旋状の階段。
ひんやりと冷たい空気が肌を撫でる。
決して心地がいいとは言えない場所。
下に下れば下るほど心がざわめくような嫌な感覚。
階段を下りきると、そこには大きな扉があった。
その前でエリーナさんが止まる。
「・・・さあ、ここから先は一つの判断ミスが命を落とす世界だ・・・お前がクロナだな。」
エリーナさんの顔は4人を見渡して、クロナで止まる。
「はい。」
「私は一番後ろからついていく、さあ時間が惜しい、行け。」
まだ他の組は降りてきてすらいないのに、エリーナさんは僕達のことを急かすように扉を開けた。
「大丈夫?」
「ん。」
僕が小声で聞くと、クロナは小さく頷いた。
そして、深呼吸をしてから歩き出す。
ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・。
洞窟のような迷宮内に足音が幾重にも反響する。
しかし、まだ上の階層であるおかげなのかあちこちに明かりが灯されており、さほど暗いということはない。
「・・・敵さん、いませんね。」
しばらく歩いた頃、ベロニカが周りを警戒しながら言った。
僕達も警戒を怠らないようにあたりを見渡しながら頷く。
しかし、油断はできない。
洞窟のような環境では死角も多く、たとえばその窪みなんかから急に飛び出してくることだ・・・って・・・あり・・・。
「・・・。」
「・・・。」
「ギシシ・・・。」
「うわぁぁああああああ!」
なんかいた!
くすんだ緑色の肌をした小さいおじさんがいた!
ぎょろぎょろした大きな目がこっちを見てた、絶対目合った!!
僕は半ばパニックになりながらとりあえずダガーを引き抜く。
「どうしたっ・・・!」
「な、な、なんかいる!そこ!」
ナルが杖を構えながら僕に駆け寄る。
他のみんなもすでに武器を構えていた。
「うわっ、なんだこいつ!」
「あはぁ!見たこと無い生物!胸が躍ります・・・!!」
「ベロニカ、こーふんしてる場合じゃない。」
クロナが冷静に盾を構えながら僕達と謎の生物の間を遮る。
あれは多分ゴブリンってやつだ。
昨日もらった本に載っていた。
「ここじゃ、私の武器は使えない・・・ユウ!」
「あ、うん!」
確かにこんな狭い場所じゃ、クロナのランスは使いにくそうだ。
この状況にもっとも適してるのは僕のダガーだろう。
「はっ!」
僕はゴブリンに向かってナイフを突き出す。
「キシッ!」
「あぁっ!!・・・っくぅ・・・。」
だが、見事にかわされて持っていた棍棒で右手に一撃くらってしまった・・・恐ろしく痛い。
「我が名を呼ぶは汝、汝が名を呼ぶは我なり・・・我、汝に理の契約を以って命ず、彼のものの傷を癒せ・・・ソウルライト!」
ナルが詠唱をし終えると僕の右手は光に包まれ、みるみるうちに傷が癒えた。
「こりゃすげぇ・・・。」
その力に僕だけでなく、ナル自身も驚いていた。
ガンッ!ガンッ!!
・・・ガンッ!
クロナはゴブリンがこちらにこれないように壁となり、見事に攻撃のことごとくをガードしている。
「ありがとう!」
「おう!」
僕はナルに礼を言うと、クロナに目で合図を送る。
クロナは僕に頷いて見せた。
出来る確証はないが多少無理な動きでやつを倒す道筋を見つける。
僕には勝算があった。
こっちの世界に来てから明らかに身体能力が向上しているのだ。
それに、仲間が勇気をくれるから。
「・・・。」
僕はクロナとゴブリンの動きをじっと観察する。
「ふぅ・・・。」
まだだ・・・。
・・・まだ。
・・・。
「いまっ!」
僕はクロナが盾を左にそらしたことで、攻撃がガードされその衝撃で怯んでいるゴブリンをしっかりとその目に捉えることができた。
全力でダッシュする。
そして右側の壁を蹴りクロナの盾をかわすと、ゴブリンめがけて思いっきりダガーを突き出した。
「キシッ!」
しかしその結果は最悪のものとなった。
ゴブリンの醜悪な笑顔が目に焼きつく。
ゴキッ・・・。
「・・・んぅぅぁぁあぁああああああ!!」
鈍い音とともに激痛が走る。
奥の影に何体ものゴブリンが隠れていたのだ。
そのうちの一体の棍棒が僕の頭を直撃した。
僕は赤黒い軌跡を描いて床に投げ出され、その場でうなることしか出来ないお荷物に成り下がる。
痛みでなにも考えられない。
「回復!」
「お、おう・・・!」
「ユウ君をこちらに・・・やつらを丸ごと吹き飛ばします!」
だんだんと薄れていく意識の中で、遠くなっていく三人の焦ったような声が聞こえていた。