愚王の信念
「よくぞ参った、神選十六騎英雄よ。」
縦長の広い部屋には金の装飾がなされた赤いカーペットが、部屋の入り口の大きな扉から国王の座る過剰なほどに装飾が施された玉座まで一直線に敷かれていた。
天井は高く、そこには16人の英雄と魔王の戦いが描かれている。
壁の窪みに置かれた騎士の像や地面から天上に伸びる柱一つとっても豪華絢爛。
部屋の中にいる兵士の装備でさえ外にいる兵士とは比べ物にならないほどキラキラとしており、ここに立ち入ることの許された人の位の高さがわかる。
そんな広い部屋に、王の威厳ある声が響き渡った。
王はまさに王様といったような感じで、たくさんの髭を蓄えているいかつい顔のおじいちゃんだ。
その王の威圧感といい、目がチカチカするほどの装飾といい・・・はっきり言ってここは落ち着かない。
どうやら王の言う『神選十六騎英雄』とは僕達16人の勇者の総称みたいだ。
「余がシュナイズ王国第二十七代国王アンバルザー・ラルクフォン・シュナイゼンである。」
「名前なげぇ・・・。」
「誰だ!国王陛下に向かって無礼であるぞ!!」
たぶん緊張した様子で皆前を向いていただろうから誰が言ったのか顔は見ていないだろうけど、こんな状況でそんなことを言えるのは彼だけだろうということはおそらく全員わかった。
そう、白髪でムキムキの彼である。
「すんません!」
怒られているのにもかかわらず、物怖じすることなくさわらかな笑顔で言った。
ああいうタイプは苦手だ。
「ははは、よいよい・・・さすが勇者、肝が据わっておる。」
意外なことに、王はそんな彼を見て豪快に笑って見せた。
王様と彼はどことなく似ている。
まったく、肝が冷えるからやめてほしい。
「さあ、騎士長。」
王は「話がそれてしまったな・・・。」と呟くと後ろに控えていた騎士長を呼んだ。
王の後ろでのっそりと影が立ち上がる。
「はっ。」
後ろで跪いていたので気付かなかったが、その騎士長というのは筋肉隆々のものすごい大男だった。
つけている鎧は実用性を留意してか、それほどに装飾はされていない。
いや、この何においても装飾過多な空間のせいでおかしくなっているのかもしれないが、多分控えめだ。
そして何より・・・。
「「「ほぇ・・・。」」」
顔が怖い。
というのも騎士長の顔には大小いくつもの傷がついており、そんな顔がこちらを睨むように見下げているのだからなおの事。
もうこれは防衛本能といってもいいかもしれない、ちびりそうだ。
あ、ちびっt・・・。
「ここからの話は私からさせてもらう。」
あまりの威圧感に無言で頷く。
「これからあなた方にはくじを引いてもらう・・・。そして・・・。」
まあ、騎士長さんの話を要約するとこうだ。
勇者は四人行動が原則とされている。
その理由というのは、この世界に存在する強さの基準『レベル』を上げるために経験値を得る必要があるらしいのだが、たとえば十人でパーティを組み経験値が十もらえる敵を倒すと経験値は均等に配分、つまり一人あたり経験値が一もらえるということになる。
それの倒す効率や時間、配分などの観点からもっとも効率がいい人数を導き出したとき、その答えが四人なのだそうだ。
ゲームみたいな話だなと笑ってしまう。
そのほかにも四人四組にわけて別行動したほうがより多くの人々を助けられるなど、まあいろいろな理由があるらしい。
そして僕達にはクラス、職業、ジョブなんかといわれる簡単に言うと役割みたいなものが割り振られているらしい。
そしてそれは十六人が呼ばれる前からすでに決まっていることらしく、攻撃魔法四人、回復魔法四人、近接攻撃四人、近接防御四人の計十六人となっているそうだ。
「なので各役割に分かれてくじを引いてもらい、近接防御、近接攻撃、回復魔法、攻撃魔法の四人でパーティを組んでもらうことになる。」
「なるほど・・・誰と組むかはわからないってことね~。」
その言葉に十六人全員が周りを見渡した。
まあどんな能力の武器かは見ただけではわからないので、正直誰でもいい。
こんな武器だし、怒らない人なら誰でも・・・可愛い女の子ならなおよし。
「ん・・・?」
奥から小さい箱を持った兵士四人が出てくる。
「それでは各役割の場所にいってもらいたい。」
僕は・・・たぶん近接攻撃だろう。
自分のがわからないという人は騎士長に聞きに言っているが僕にはそんな勇気ない。
あの騎士長と一対一で話すなんて考えただけで・・・あ、ちびっt。
「さあ、順番に引いていってくれ。」
木でできた棒状のくじを一つ取る。
その先端にはひし形の中にちょんと点が書いてあるような見たことのない文字があった。
「おい、これ・・・なんて書いてあるんだ?」
「ほぉほぉ、言葉は通じるのに文字はわからないんですか・・・興味深いですねぇ!」
「えーと、俺こんなのだ、ひし形の真ん中に点書いてあるやつ。」
皆が口々に言う中、僕と同じマークの人がくじをあげながら言った。
「あ、僕も。」
くじをあげながらその人のところへ歩いて行く。
「おうっ、よろしくな、俺はどうやら回復魔法らしい・・・お前は?」
杖のようなものを見せながら言ってきた。
その人はムキムキの人と同じような日に焼けたような肌と白髪をした気さくな細マッチョの男の子だった。
歳は僕と同じくらいだろう。
「僕は近接攻撃、こんなちっちゃいダガーだけど・・・。」
「ははは、まあこんなわけわかんないことになっちまったけどお互いがんばろーぜ、俺はナル・・・お前ら変わった見た目してるよな~。」
恥ずかしそうにしている僕に笑いながらそういってくれる。
よかった、いい人そうだ。
ほっと胸をなでおろす。
「僕は宮代悠馬、そう?普通だと思うけど・・・。」
「俺の世界じゃみんな肌は黒いし髪は白だ、まっ、俺は空を渡る空賊だったからな!戦いなら任せとけっつの!」
僕の背中を叩きながらニカッと爽やかに笑う。
細マッチョだからか若干痛いが、この人となら仲良くやっていけそうだ。
そこに二人の女の子が歩いてくる。
「すいませ~ん!あなた方もこの印であってますよね?」
女の子がこちらに向けたくじには確かに僕達と同じマークが刻まれている。
「ああ、あってるよ、俺はナル・・・回復さっ。」
「僕は宮代悠馬、近接攻撃だよ。」
皆は派手な武器を持っているので、この地味なダガーを見せるのはなんとなく恥ずかしい。
「私は攻撃魔法のベロニカでーす!この銃で狙いを定めて・・・どか~ん!!」
「うわっ!」
急に大声を出すから驚いてしまった。
ベロニカが「あはははは!君おもしろいね!」と大笑いしながらバンバン叩いてくるのが地味に痛い。
今、恥ずかしさで僕の顔が赤くなっていることだろう。
「私はクロナ、役割は盾であなた達を守ることね・・・出身、というか元いた世界はたぶんナルと同じかな。」
彼女も例に漏れず浅黒い肌と白髪をしている。
そしてなにより、一際目立つ大きな神器を持っていた。
ゲームなんかによく出てくるいわゆるランスと、その小さな体がすっぽり収まるようなタワーシールド。
その華奢な体からは、使っているところが想像もできないような無骨な武器だ。
「元いた世界で言えば私はユウ君と一緒だよ!君日本人でしょ?カタナが見れると思ったのになぁ、あ、ちなみに私はイタリア人でーす!」
「あはは、そうなんだ・・・。」
かなりグイグイ来るベロニカに、人見知りを発動してしまう。
だが、「にほん?いたりあ?それが国の名前なのか?・・・もっとこう、ニホン王国とかイタリア帝国とかないのか?」とナルが話し相手を引き継いでくれたので助かった。
「・・・うるさい子ね。」
スッと僕の横に来たクロナが気だるそうな顔で呟いた。
「あなたとは仲良く出来そうだわ・・・うるさい人苦手なの、頭が痛くなる。」
「ああ、よろしく。」
僕のほうを見てにこっと軽く笑いながらクロナが手を差し出してきたので握手をする。
うん・・・かわいい。
にやけないよう必死に耐えながら、なんとかよろしくとは言えた・・・大丈夫だよな・・・な!
「・・・皆、一通り自己紹介は出来たようなので今日は我々が用意した宿に戻りこの世界のことについて学んでいただきたい、覚えることがたくさんあり苦労をかけるとは思うg・・・。」
「待ってください!」
騎士長が話しているのを遮るように一人の女の子が前へと歩み出た。
今まであまり話しに口を出したりなどしなかった人なので、どんな子なのかまではわからないが、とりあえず可愛いので顔は覚えていた。
召喚された人たちはなぜか皆容姿のレベルが高い。
そこも僕だけ地味だ。
「・・・いかがした?」
国王がその少女に尋ねる。
少女は何度か遠慮したように俯いたが、顔をあげると話し始めた。
「わ、私は・・・困ります!家に帰らせてください!」
まあ・・・当たり前だよな、そういう主張が出るのも。
よく考えたら逆になぜ皆そういう考えが出なかったのか・・・これが集団心理ってやつか?
おー、怖い怖い。
「たしかに・・・よく考えたら私達は関係ないものね。」
「目の前に困っている人がいて自分にはそれを解決する力がある、ならば助けるべきだと俺は思うが」
「だが、そのために命かけて戦うのはさすがに・・・。」
そうか・・・。
そこが抜け落ちていたんだ。
僕はどこかゲーム感覚で楽しんでいたが、これは現実。
それはつまり命をかけて戦うということなんだ。
「汝等の主張はもっともであるな・・・だが、それは出来ぬ。」
「なぜですか!」
「汝等を帰せるほどの魔力がもうないのだ・・・。」
国王が溜息混じりに答えた。
その顔は悲しみに歪んでいた。
「魔王出現の影響により他の世界に干渉するのには絶大な魔力が必要となる・・・魔王を倒せばそれもなくなり、汝等全員を帰すことも叶うのだ、わかってくれ。」
「そんな・・・。」
「帰せないとわかっていて呼んだのか!」
国王に向けられた非難の声を止めるものがいないのは、止めたところで国王にいなされるのがわかっているからだろう。
「・・・ああ。」
搾り出すように零れたその言葉に非難の声は強まる。
「酷すぎる!」
「人の気持ちを考えろ!」
「これだから王族は・・・。」
ダンッ!
しばらく浴びせられる罵声をただ聞いていた国王だったがその罵声を遮るように椅子を叩き立ち上がる。
その目は、僕達を召喚した彼らと同じような悲しみと決意の色をしていた。
「余はこの国の王である!自らの犯した罪の重さはわかっている・・・。だが、たとえ外道と罵られようと、愚王の烙印を押されようと、余には守らねばならぬ民がいる!果たさねばならぬ使命がある!余が・・・余、一人が!その罪を背負い自国の民を救えるのならば、余は罪人となり神の裁きを受けよう!」
その威厳に口を出せるものはいなかった。
・・・いや、これは王の威厳なんかではなく一人の人間の信念によるものなのだろう。
王は一呼吸置くと右手を大きく右に広げマントを翻した。
「今一度言う、余はシュナイズ王国第二十七代国王アンバルザー・ラルクフォン・シュナイゼンである!その名を以って命ずる!いや、その名を以ってここに頼む!神選十六騎英雄よ!魔王を撃ち滅ぼし、世界を救え!!」
「「「・・・。」」」
不思議なものだ。
たった一人の人間の信念にこれほどまでに人間の心が動かされるとは。
そういう人が王と呼ばれるのだろう。
気付けば誰もがその前に跪いてしまうような・・・そう、ちょうど彼のような人のことを。
「「「はっ。」」」