昇化
穴のふちに手をかけのっそりと姿を現したそれは、全身から黒煙を吹き上げこちらを睨みつけている。
「んな馬鹿な・・・。」
あまりの衝撃に呟いたが、果たして俺の口から音は出ていたのだろうか。
いや、もしかしたら口をぱくぱくと動かすだけで声は出ていなかったかもしれない。
それほどの衝撃だった。
壁を裂き地面を溶かし空間を揺らす。
そんな爆発を0距離で受けて、まだ生きているなんて・・・。
その体は決して無傷ではなかった。
皮膚は痛々しく焼け爛れ、全身のあらゆるところから赤黒い血を噴出し、左手にいたっては肘から先がなくなっていた。
だが完全に殺したと思っていたものが今現在、その怒りを具現化するようにその体から黒煙を巻き上げこちらを睨みつけている。
そんな衝撃はいまだ俺の動きをマヌケなアホ面のままピタリと止めるに容易だった。
『あの魔物の強さは我々の予想の遥か上を行っていたようですね。』
ノアがいつも通り冷静な声で呟いた。
こいつには焦りとかはないのだろうか。
「キィィィイイイイイイッ!!」
「うおっ・・・!」
サルが怒り狂ったような奇声を発しながら突っ込んできた。
片腕がなくなってしまったからか、その口を大きく広げ噛み付こうとしてくる。
何回も何回もガチッ!ガチッ!と歯と歯がぶつかり合う音だけが周囲に響く。
あんな化け物に噛み付かれたら腕が持っていかれる。
そんな恐怖を抱えながら避け続けていたがあることに気付く。
「なんで音出してねぇのに俺の場所がわかんだよ!」
あいつはさっきから俺のいた場所を的確に狙って噛み付こうとしてくる。
そんな芸当、さっきまでの猿はできなかったはずだ。
『これは昇化ですね。』
「うおっ・・・と!!・・・なんだ、そのしょうかってのは。」
『非常に珍しい現象です、魔物の中には死を直感したときその力に覚醒するものがいるんです、昇化後の魔物は別個体とのステータスにおける数値差が平均で1.5倍近くになるとか、その上スキルも上位のものに変わる事が多いので昇化した魔物は上位個体と呼ばれています・・・ポ○モンの進化みたいなものですね。』
「やめなさい。」
ノアがさらっと付け足した言葉を注意しながら、ノアの説明を咀嚼する。
ゴキブリは死を直感するとIQが跳ね上がると言う話を聞いたことがある。
人間にも火事場の馬鹿力なんて言葉があるし、つまりはそういうものなのだろう。
ただでさえ、異常な強さをもっているのにそれが1.5倍になったってわけね。
そのうえ、おそらくこいつのもともとのスキルはあの聴覚かなんかだと思うがそれが未知のものに変わった。
これは憶測でしかないが、こいつには音の反響で周りの動きが見えている。
エコロケーションとかなんとかいうあれだ。
重傷をおっているからなんとかなっているものの、もしこの猿が万全の状態だったなら殺されている。
確実に。
今ここで逃がせば体力が回復して、傷も癒えてしまう。
なんとしても今ここで殺さねば。