猿との決戦
一撃当たれば死ぬ。
そしてこちらの攻撃がまともに通るかもわからない。
ならばさっさと少しでも安全な上の階層に上がりたいところだが、この階層で腕デカ猿以外の未知の魔物に出くわした場合、対処法がわからないので怖い。
腕デカ猿のときだって生き残れたのは奇跡に近いのだ。
そんなことを繰り返していたら確実に死ぬ。
となれば戦ってレベルを上げたいところだが正面から戦えば傷一つ付けられず死ぬ。
俺が今置かれているのはこんな感じの無理ゲー状態ではあるが、運よく生き残ったんだ・・・やれることはやってみよう。
と、いうわけでー・・・。
「作ってみました、罠。」
まあ、罠と呼べるほどのものでもないが。
迷宮の硬い地面を撃水結晶と水の反応を利用して掘って掘って掘りまくった穴。
途中、4、5回魔物の気配を感じて隠れたが、結局姿を現したのはあの猿だった。
この階層には猿しかいないのか?
そんな疑問が頭をよぎる。
もしそうなら嬉しいのだが。
「さあ、来い来い。」
そんなことを呟く俺の手元にはいくつかのアイテムがあった。
まず一つ。
金属製の水筒を改造して作った超簡易音バクダン。
この水筒は国からの至急品でいつも腰のベルトからぶら下げていたものだが、落ちた衝撃で酷く歪んでしまっている。
でもまあ、穴はあいてないから中に5分の1くらいまで水を入れた。
構造としては蓋の部分に紐がくくりつけてあってその紐は中に繋がっている。
そして紐の先のほうには撃水結晶の欠片がいくつもくくりつけてあって、投げると欠片が中に入っている水に触れて弾け、中で何度もぶつかり合うためカンカンドンドンと音が鳴るというものだ。
欠点としては常に上向きに持っていないと反応して音が鳴ってしまうことだろうか。
だが今の状況ではこれが精一杯だ。
この紐だって俺の服の一部を裂いて作ったのだから。
次に水。
昨日習得したスキルの水鉄砲だ。
そして最後にたくさんの撃水結晶の欠片。
「いっつつ・・・。」
正直作業し続けていたせいで腕も腰も痛い。
しかし命がかかっているというだけあって今までにないくらいの集中力だった。
あとは猿が来るのを待つだけだ。
猿が来たら音バクダンを穴の中に投げ入れる。
音に反応した猿が穴の中に飛び込む。
そして実はあの穴の中には大量の撃水結晶の欠片が・・・。
なおかつ上からもさらに追い撃水結晶を浴びせて、最後に水をかけてやれば。
「くくく・・・。」
むかしよく友達と悪戯をしたのを思い出す。
そう・・・こんな感じだ。
自分の考えた仕掛けがどこまで上手く行くのかと心躍らせる。
「おっ・・・。」
ぼーっとしているうちにいつの間にか落ちかけていた瞼を開く。
時計もなければ日もないこの状況ではあれからどれくらい経ったかを知ることは出来ないが、たぶん2、3時間くらいだろう。
『来ましたね、我が主。』
ああ、きたな。
腕デカ猿がその小さな体をぷらんぷらんと揺らしながら姿を現した。
相変わらずブサイクな顔をしてやがる。
「ふぅ・・・。」
呼吸を整える。
素早く・・・静かに行動しなくてはいけない。
音バクダンを構え、穴を見据える。
「よしっ・・・。」
聞こえない程度の声でそう呟くのと同時に俺は音バクダンを穴に投げ込んだ。
猿との距離はまだ結構あるがあいつの運動能力を考えたらこれくらい一瞬で来れるだろう。
・・・パチッ。
カンカンカンッ!!!
ドン!パリン!カキンッ!!
うお・・・。
予想以上の音だ。
俺は自分で作った音バクダンの音の大きさに驚いて若干姿勢を仰け反らせたが、特に作戦に支障はなく結晶を外に運び出す。
「キィィイイイイイイイイイッ!!」
あまりの騒々しさに腕デカ猿は怒り狂ったような咆哮をあげて穴の中に飛び込む。
それからいつものように音のするほうをひたすらに殴っている。
あほだ。
俺の今の感想を述べるならこの一言に尽きるだろう。
誰もいやしない穴の中を殴り続ける猿にニヤニヤ・・・いや、ニタニタとほくそ笑んでみせる。
もしこいつの目がよく見えていたら俺の顔を見てさらに怒り狂ったことだろう。
まあもっとも、そんな目がついていたらこんなことにはなっていないのだが。
『そのきたな・・・容赦のない性格、さすがです。』
おい、今俺の性格汚いっていいそうになったろ。
まあ、否定はしないが。
ガンガンガン!!
しかしすごい・・・。
俺がこの穴を掘るのにどれだけ苦労したか・・・。
だがこいつは一回殴るごとにどんどん掘れる。
というか削れる。
『撃水結晶が粉末にされる前に作戦を決行することをお勧めします。』
俺がそんな様をうらやまs・・・いや、感心したように眺めているとノアがそんなことを言った。
・・・羨ましくなんて・・・ないんだかんね//////
「よしっ、やるか・・・!」
需要のないツンデレを発動したところで、俺は作業に取り掛かる。
用意していた撃水結晶を上から浴びせてやるのだ。
「よいしょっと・・・。」
撃水結晶の乗った石の板を持ち上げる。
中央に行くほど若干へこんでいて、大きなお皿のような形をしている。
いい感じの石があったからカリカリと削って整形したものだ。
そいやっさ!
祭りで太鼓を打つむさくるしい男達が出すような声を心の中で叫びながら穴の中に結晶を入れる。
「キィッ!!」
突如頭上から降り注いだ大量の硬い石には、警戒心を限界まで引き上げた猿のパンチが飛んでいく。
その拳に当たった撃水結晶がことごとく粉砕されているのを見ると、改めて恐ろしく思・・・・・・ったりはしなぁい!!
俺はあらかじめ変形させておいたナイフ(水鉄砲)を手に取り構えた。
その銃口から威力全開で水が噴射される。
「ふははははっ!どうd・・・!!」
パチパチッ・・・ドガァンッ!!!!!
反応が始まったことにより凄まじい爆発が起こる。
少し威力を強くしすぎたかもしれない。
せっかく気持ちよくマウントを取っていたのに吹き飛ばされてしまった。
爆風に軽く撫でられただけで俺の体は宙に浮き、熱風で息が出来ないまま4、5メートル吹き飛ばされた後にさらに4、5メートル地面を転がった。
その回転が横ではなく縦に、逆でんぐり返しの状態でというのもこの爆発の威力を伝えるうえでは重要な情報だろう。
というか、ダンジョンが崩れないかが心配だ。
「・・・・・・いってぇ・・・てかあっつ。」
その場で天井や壁を少しの間眺めていたが崩れる気配はない。
俺は悪態をつきながらふらふらと立ち上がった。
「うへぇ・・・。」
穴の周りは黒く焼け焦げ、さらに穴付近は熱せられた鉄のように赤くなっていた。
心なしか・・・いや、絶対穴の直径も広がった。
他の魔物が来ていないかと周りを警戒しながらも、俺の顔はやりすぎたと言う気持ちで苦笑いを浮かべていた。
改良が必要だ。
そんなことを考えながら、いまだもうもうと煙を噴き出す穴の中を確認しに行く。
もちろん、お猿さんは跡形もなく消し飛んでしまっただろう。
ズサッ・・・。
「な・・・。」
そんな誰もが想像する・・・いわば、そうなって然るべきのこの状況において、俺の目に映ったのは予想外の光景だった。