腕デカ猿との遭遇
「・・・。」
額を冷や汗が流れる。
俺の視線の先には魔物がいた。
この階層ではじめて見る魔物だ。
それは腕だけが以上に肥大化したサルのような生き物で、頭から足まではおよそ1メートルとさほど大きくはないが腕は2メートル近くあり、腕を使って移動しているため胴体は常に宙ぶらりんの状態だ。
足は使わないからか非常に小さく退化している。
かなり奇妙・・・というか異様な見た目だ。
「おい、どうする。」
『どうするとは?』
ダガーに向かって話しかけている俺は、傍から見れば完全に異常者だ。
しかし幸か不幸か、周りには俺を訝しげな目で見る人すらいない。
「だから、なんかあいつを一発でしとめられる必殺技とかないのか?」
『そのようなものはまだ備わっていません、私の切れ味は抜群ですがご主人様の筋力と技量ではあの魔物の体毛すら切ることは叶わぬかもしれません。』
なにぃ!?
無理ゲーじゃねぇか・・・。
『あの魔物の情報はまだありませんが階層などから推定するに、我が主とあの魔物が戦い主が勝つ確率は5パーセントにも満たないでしょう。』
「どうすんだよ!」
あ、しまった。
思わず・・・大きな声を。
恐る恐るダガーに向けられていた視線をゆっくりと上げる。
そこにはピタリと動きを止めた猿の姿が。
『我が主、あなたがすべき最善の行動は今すぐ立ち上がり踵を返して全力で走ることです、ご安心ください、捕まったとしても即死じゃなければコクーンモードに以降できますので。』
「くそがぁぁああああ!!」
うおぉぉぉおおおお!!
こっちの世界に来てから毎日やってた特訓の成果を見せてやる!!!
ドガァンッ!!!
後ろでダイナマイトでも爆発したのかというような轟音と砕けた壁の破片が飛んでくる。
振り返らずともわかる。
俺がさっきまでいたところが跡形もなく消し飛んだのだろう。
いぃぃいいやぁぁあああああ!!
ドッ・・・ドッ・・・ドッ、ドッ、ドッドッドッ。
だんだんと足音が近づいてくる。
いやあいつは手で走ってるんだろうけど。
『盾起動します。』
「盾?なんじゃそりゃ!」
ノアがわけのわからないことを言っている。
しかしすぐに言葉の意味がわかった。
「これは・・・盾・・・だな。」
手に握りしめていたダガーがみるみるうちに盾に姿を変えたのだ。
円形の小さい盾は見た目からすると防御力は少なそうだが。
『心外です、これはコクーンモードの外殻と同じ素材で出来ていますから竜の爪だって通しません・・・まあもしこれで今のご主人様が竜の攻撃を防御したとしたら、盾は無事でもご主人様は死ぬでしょうけど、HAHA。』
「こんのぉ!!」
むかつくノアジョークは適当に聞き流して振り返りブレーキをかける。
慣性の法則でザァと少し後ろに下がり砂埃が巻き上がった。
大丈夫なんだろうなぁ!
俺は脇をしめ盾を前方に構えた。
左手で盾を持っている右手を支える。
「・・・!!」
ザァァアアアア・・・!
ドガッ!!
猿は左手で地面を掴むと宙に浮いた右手を振りかぶり走ってきた勢いのまま俺に殴りかかった。
俺は後方に吹き飛ばされ壁に激突する。
確かに盾は無傷なのかもしれないが・・・俺の腕は使い物にならなくなったぞ。
完全に骨が折れた。
壁際に倒れだらんとした俺の元へ猿が走ってくる。
終わった・・・。
俺は腕に走る激痛に耐えながらそっと目を閉じた。
・・・。
ガンガンガンガン!!
・・・。
ガンガンガン!!
・・・。
ガンガン!!
・・・そう思ったがなかなか攻撃が来ない。
何をしているのかとそっと目を開けた。
目の前には確かに猿の姿が。
しかし、攻撃しているのは俺ではなく壁。
さっき俺がぶつかった壁を執拗に殴り続けている。
ガタン!
「!」
ガンガンガン!!
わかったかもしれない。
おそらくだがこいつには俺が見えていない。
今こいつは壁を殴り続けていた。
そして壁から大きめの破片が落ちたら今度はそっちに標的をうつした。
たぶん・・・いいや間違いなくこいつは音のしたほうを攻撃している。
かなりの速度で壁に当たったからな・・・それなりの音はした。
だからこいつは壁を殴り続けていたんだ。
さらに言うならこの猿はある一定以上の大きさの音にしか反応しない。
その証拠に壁から飛び散った小さな破片が何度も音を出しているがそっちには見向きもしていない。
おそらく暗闇に適応した進化なのだろう。
たしかにこの階層には光る鉱石が所々にあって周りが見えないというわけではないが、暗いことに変わりはない。
俺でもなんとか行動は出来るが音で判断しているとなるとこの地形では俺よりも明らかに有利だ。
まともに戦えばの話だが。
『素晴らしい推理です、我が主、感服いたしました。』
ノアが頭の中で嬉しそうに言った。
ガン!
・・・ガン!
・・・・・・ガン!
攻撃が、止んだ?
しかし腕も折れているしそれがわかったところでどうしたものかと考えていると、猿の攻撃は段々とその威力をなくし、ついには攻撃の手を止める。
『どうやら疲れて帰っていくようですね。』
ノアの言葉通り、猿はのっそのっそと迷宮の奥へ歩いていった。
・・・。
・・・。
・・・よし。
完全に姿が見えなくなったのを確認してほっと一息つく。
「いってぇ・・・。」
『右手左手ともに骨折、肋骨も折れてますね・・・それと全身の骨の至るところにひびが。』
最悪だ・・・。
痛みで叫びたいが叫べばまたあいつが来るかもしれない。
そうなれば今度こそ逃げられないだろう。
『ひとまず少しでも安全な場所に行きましょう、そこで1日ほど休憩すれば傷も癒えます。』
何を言ってるんだこのお馬鹿ちゃんは。
「全身の骨がバキバキなんだろ?治るわけ・・・。」
『私と契約して本当によかったですね、治癒力も上がっているのでコクーンモードのときほどとは言いませんが傷も早く癒えます。』
「チートじゃねぇか・・・いっつつ。」
俺はふらふらと立ち上がると、安全なところを探してゆっくりと歩き始めた。